悠久、空が結ぶ
いつからだろうか、不思議な夢を見るようになった。最初はその夢をうろ覚えで、嫌な夢だと思っていた。それがある日から少しずつ、見えて覚えるようになった。透明な傘を広げ持っている長い髪の女の子が一人、こちらに背を向け立っているそんな夢。いつか振り向いて欲しいと願っていたそんなある日、学校から家に帰る途中、通り雨に打たれ走っていた僕の横を通り過ぎていったその女の日との後ろ姿が夢に見たその人にとても似ていた
「悠、いつまで寝ているの?さっさと起きないと遅刻するわよ!」
部屋の扉の向こうから叫ぶ母親の声が聞こえてくる。その声を聞きながら悠がベッドの上で横に何度もゴロゴロと動いた
「今日も見れなかったな……」
はぁ。とため息つきながらゆっくりと体を起こす。寝癖でグシャグシャになっている髪をかき大きくアクビをして制服に着替えをする。気だるそうに階段を降りると、リビングのテーブルに朝ごはんを置いている母親の姿が見えた
「悠、朝ごはん食べるの?」
「いや、今日はいい……」
返事をしながら玄関に向かう。昨日、脱ぎっぱなしにして置いた靴を履き、玄関の扉を開けると、リビングの入り口から母親が少し顔を出した
「もー、早く起きないから食べれないのよ」
ため息混じりの声が後ろから聞こえてきて、少し振り向きつつ玄関の扉を閉めた
「今日は晴れか」
空を見上げながら一人呟く。晴れたことを教えるように、空を飛ぶ鳥の鳴き声や時々足元にバシャンと水溜まりを踏んだ音が聞こえてくる
「悠、なにボーッとしてんだ?」
今度は隣から聞き覚えのある声が突然聞こえてきた。ポンッと肩を叩かれ少し振り向くとクラスメイトの怜がニコリと笑って手をヒラヒラと揺らし挨拶をした
「ボーッとしてない。今日も雨が降るかなって思ってたんだ」
「おいおい、昨日びしょ濡れで帰ったんだから、朝からそんなこと言うなよ」
悠の言葉を聞いた怜が、はぁ。とため息つきながら返事をする。悠の少し前を歩きながら愚痴を話す怜の言葉を片隅に聞きながら、ふと歩いている道路の向こうにある公園に目を向けた
「あの人、晴れているのに傘さしている」
公園の入り口に一人立っている女の人を見つけた悠が足を止め呟く。その声に気づいた怜が少し振り向き、またため息混じりに悠に返事をした
「日傘だろ、今時別に変じゃないぞ」
「ああ、そうか……」
「そんなことより、早く行かないと二人とも遅刻するぞ」
そう言うと足元に溜まった雨水を弾きながら走り出した怜。その時、バシャンと跳ねた水溜まりの水が悠のズボンに少し付いた
「今日は、雨が降らないのでしょうか……」
悠が見た女性が悲しげに空を見上げる。時々見える鳥達の飛び立つ姿を追いかけて見てみる。少し先に見える空も明るく、今度はうつ向いて少ししょんぼりとした
「夢で見たあの人に会える気がするのに」
そう一人呟くと、傘の持ち手をクルクルと回しながら悠が歩いていった方とは逆の道を歩きはじめた