第Ⅰ譚「ネモフィラの雌蕊」
『プロローグ』
雪は魔法だと信じていた。小学生の頃の私は、口から出る白い息も、魔法だと思っていた。
あの日も、雪が綺麗に降っていた。今日もそうだ。
もし魔法が実在するのなら、もう少しだけ希望を持てたかもしれないけれど。
疲れた。
『ネモフィラの雌蕊・序』
うるさいな。
「昨日のPeepのインスタ見た〜?まーじかっこいいんだけど。」
「見た〜。てかPeepさ、次の月9出るんでしょ。久々に見よっかな。」
うるさい。誰だよペーぷ。いや、休み時間だからお喋りするのは何も悪くないのだけれど。むしろ独りで机に突っ伏している私の方が異端である。うるさいという発言は撤回しよう。
仙台市立八島高校に入学してから約2週間が経ったが、人間関係構築ラッシュを怠慢でサボり、見事孤立した。中学校の時もみんながスタートダッシュをしているところ、とことこ歩いていたため孤立した。反省が全く活きていない。いや、そもそも反省などしていないと言っても過言ではない。つまり何が言いたいかというと、私は独りでいることを嫌っていない。
そんな頭の中では騒がしく喋っている私だが、愚かにも少し気になっている人物がいる。現クラスの中心人物である、一条氷里だ。容姿端麗、あざとさのない笑顔、演技っぽさがなく、本当に楽しんでいると思わせる一挙手一投足。私は人を惹きつける魅力に溢れた彼女という蜜に寄せられた憐れな虫の一匹なのである。
元々私は惚れっぽいのだ。中学の時も学級委員を押し付けられそうになったのを庇ってくれた男の子を意識していた。名前は確か、たいき君。しかし、恋ともわからぬその感情を表に出したことはない。
それに、同性を意識したのは初めてである。蜜に寄る有象無象の一人、それに同性。仮にこの感情を表に出したとして、その先にあるのは社会的磔地獄、その果ては存在の否定と排斥であろう。ジェンダーフリーが謳われる時代だから、みんながそれを受け入れられるかといえばそうではないだろうし、クラスの底辺が中心人物に、となれば快く受け入れる人はどれだけいるか。意外といるのだろうか。いずれにしても一寸先は闇。この感情が冷めるまで静かに暮らせば、特に問題はない。