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89.満点の星々(1)

 それからしばらく泣き続けると、ルーナはようやく気がおさまり始めたのか、しゃっくりをしつつ泣き止み始めた。アランが「ひとまず服を着てください」と言っても、着ようとしなかったので、仕方なく、彼が着ていた上着を羽織らせた。

 アランは人目が気になったが、それ以上にこんな寒空の中でいつまでも裸のままじゃ流石に体に悪い。とにかくどこかルーナを屋内に連れて行きたかったが、彼女は断固として動こうとしない。


「本当は......本当は、兄貴を祝福したかった」


 しゃっくりをあげながら、ルーナはつぶやくように言った。


「家族として、兄貴の結婚を祝福したかった。仲間として、兄貴が夢に近づくのを喜びたかった。なのに、なのに、ううう......」

「......」


 アランは息をはいてルーナの横に座った。ルーナを宥めるように背中をなでてやる。今は、ルーナの気がおさまるまで話を聴く事にした。


「......わかってる。私なんかより、余程あのセーラって子の方が兄貴の隣に相応しい。ちゃんと人間で、大貴族のお嬢様で、教養があって、平和を愛する優しい子で......本当に兄貴の隣にぴったりな子。......分かっているから......悔しくてしょうがなかった」

「......」

「昔ね。あるシスターに言われたの。『大事な人とずっと一緒にいたいのなら与えられるだけではだめ。与える人間にならないといけない』って。私はその通りだと思った。だから、兄貴の夢を手伝い続けた。兄貴が夢に近づくにつれて嬉しい気持ち、誇らしい気持ちでいっぱいになった。でも......今はもうどうすればいいのかわからない。兄貴を応援したいとは思えない。皆、喜んでるのに、私は......私だけは手放しで喜んだりできない」

「......皆、リオ団長を祝っているわけじゃないですよ。リオ団長がセーラ様と結婚すれば、自分達がまた上に上がれるから喜んでるんです。ただの......自分勝手ですよ」

「それで良いのよ。皆それぞれの目的のために…まあ大抵は地位や名声、金のために団に入っているわ。私達は元々騎士じゃない。皆それぞれ夢があって、それと、兄貴の本気で上を目指す志が合っていた。だから、皆兄貴についていくの」

「......」

「......私ね。時々、どんなに馬鹿みたいな夢でも......男共がうらやましくてどうしようもなくなるわ。兄貴も他の皆も、......皆、皆、キラキラとした夢を持っている。そして、確実に自分の夢に向かって進んでいる。文化も考え方も違う異種族の野郎どもが、兄貴の目指す方向に足並み揃えて進んでる。あんただって、そうよ。あんたがうちの隊に入りたいって言ってきたあの日だって、目ん玉キラキラだったわ。今まで入団申請してきた、何百何千の男共とおんなじよ」


 ルーナは空を見上げた。真っ暗闇の空には満点の星々がまるで宝物のように輝いていた。


「......あんたさあ、さっき、自分は落ちこぼれだって言ってたけど、そんな事ないわよ」

「......!」

「あんたの剣技、時々私でもハッとする時があるわ。大丈夫、着実に強くなってきてるわよ。流石にもうミミズ呼ばわりできなくなった。......たしかに、金獅子の団は皆レベル高いし、パトリシアみたいな天才だっているから、劣等感感じるのも仕方ないけど、あんたはあんたのペースで伸ばしていけば良い」

「......ルーナ......」


 アランは顔をほころばせた。彼が入団してからもう随分経ったが、目の輝きはあの頃と変わっていない。ルーナがうんざりする程見てきた、輝きだった。そして、それはルーナには無い物だった。


「......私は......、......結局、自分の居場所が欲しかっただけなのかもしれないわね。親父が......だめだったから、今度は兄貴にぶら下がっていた。兄貴がだめになったら......私は......」

「......」

「......兄貴にさあ、昨日言われたわ。『これからも今までと変わらない』って。私はそれを聞いて、安心した。......安心してしまった。......そんな自分が憎くて憎くてしょうがない」


 最後は掠れ声になって、ルーナは再び黙り込んだ。


 気の遠くなるような、重い沈黙が流れた。


 アランはとにかく、何か言わねばと口を開く。

 直接ルーナの今の気持ちをリオに伝えてみてはどうか、と言おうとした。だが、すぐにやめた。それをしてしまえば、ルーナが今まで積み上げてきた事はなんだったのか、わからなくなる。


 アランは思考をめぐらせた。元より自分がリオの代わりに、など考えていない。リオ程の男の代わりなど務められない。ましてや、ルーナにとってリオの代わりになる存在などいないだろう。今の状況は変えられない。それでも、どうにかルーナを慰める言葉を言えないだろうか。必死に考えて、ふと思いついた事を口にした。


「――きっと、リオ団長はルーナに嫉妬して欲しいんですよ! ほらよくあるじゃないですか。こう、好きな女の前で他の女との仲を見せつけてやきもきさせたい、みたいなの。存外、嫉妬させるだけさせておいて、実はプロポーズ本気じゃなかったんだーって言い出すんじゃないですか?」


 ――しんっ......


 空気が、変わった。


「――――あ?」


 ルーナの耳が徐々にピンッと横に立ち始め、イカ耳になる。酒に酔って赤くなっていた顔が、ますます真っ赤に染まる。


 しまった。アランは取り返しのつかない言葉を吐いてしまった事に気づき、顔面蒼白になった。

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