73.第二の試練:迷いの森
王都の北側には、広大な森林が広がっている。その名は『迷いの森』。一度奥まで入ってしまえばたちまち道に迷ってしまい、森から抜け出ることはできないと言われる死の森だ。森中が濃い霧に包まれている上に、聖地ヴゴの森以上に濃い魔力が迷い人の方向感覚を狂わせるのだ。おまけに魔獣たちの巣窟でもある。書物に記されていない未知の魔獣たちが身を潜めている。地図などは作られておらずその地形の全貌は明らかにされていない。もし、王都に敵国が攻めてきても、まず北側は進路に選ばない自然の壁でもあった。
その迷いの森の末端に今、リオやルーナそして大司教、元老長ら『王選び』を取り仕切る貴族たちが集っていた。
いよいよ、リオの王選びが始まろうとしていた。
リオは、いつもの鎧ではなく、まるで冒険者のように、平民服と皮のグローブと靴、それから胴当てを身につけてマントを羽織っていた。いつもの剣を腰に下げる。
見送りとして、1人身内を連れてきていいというのでルーナも来ていた。また、大勢の貴族の中には大貴族オルレアン公爵の令嬢セーラや、第四王子アーサーの姿もそこにあった。
貴族達の中で、子供のような頭身のホビットの老人がリオの前に進み出た。元老会の貴族達の中から選ばれた第二の試練の主催者だ。王選びの試練の内容は、デア大樹からお告げを受ける。ただ、そのお告げはいくつもの言葉が羅列されたような文言で、そのままでは具体的な試練がわからない。そのため、それを解釈して試練の内容を定義する者を試練ごとに一人選抜する。それが試練の主催者なのだ。
主催者は手に握った物をリオの前に差し出した。
それは、花だった。月のように白く輝く、 美しい花だ。太陽に反射しているのではなく本当に光り輝いていた。
「これは『白銀の花』。迷いの森で白銀の花を探し1週間以内に取って帰ってくる事。それが今回の試練でございます。この花は特別なマナが宿っておりまして、花があるところでは森の水晶がわずかに他の場所よりも強く輝きます。それを頼りに探すと良いでしょう。1週間を過ぎてしまったり、花を取らずに帰ってきてしまえばその時点で失格となります」
その後、リオは荷造りをした。
持って行っていい荷物は与えられた小袋と剣を1本。袋には自分で決めたものを入れて良いが、容量が片手で持てる程に小さく、入れられる物が限られている。リオはそこに、小さな水筒とひとかけらの固形の栄養食を詰めた。
最後に小さな石を入れる。
「それはなんですか?」
セーラが不思議そうに首を傾げた。
「これは一見ただの石のようですが、『獣避けの石』という魔法石です。聖地ヴゴの森の戦の折、ダイヤモンドがなる木の下で見つけた物ですよ。魔獣だらけの迷いの森では役に立つと思います」
リオが小袋を詰め終わると、主催者が袋の中身を見て、確認をする。
準備が整うと、リオは迷いの森に目を向けた。ここはまだ森の端で、霧は薄く獣の気配がない。
その時、ぎゅっとセーラがリオの背中に抱きついた。
「――――っ」
貴族たちはざわめいた。
「どうか......どうかご無事で......」
彼女の瞳は揺れ、酷く悲しげだった。
「お覚悟召されよ、レオナルド殿」
主催者が言った。
「第二王子エドモン殿下はこの試練を突破できませんでした。あれから1ヶ月、あの方は結局帰ってきませんでした。本日来られていない第一王子のアドルフ殿下は元々体がお強くなく試練後今もなお寝たきりの状態が続いております」
ホビットの主催者は、第四王子アーサーに目を向けた。
「最短記録はアーサー殿下の3日間です。少なくともそのくらいの期間は常に安全な食料の確保と強い魔獣への対処に気をつけねばなりません」
「分かりました。セーラ様もお見送り下さりありがとうございます。必ず帰ってきます」
リオはいつものようににっこりと微笑んだ。すると今度はオルレアン公爵やその周りの貴族達がリオを取り囲んで激励の言葉をかけた。彼らもまたセーラをきっかけにこれまで交流を深めてきた貴族達だ。特にオルレアン公爵はかなりリオのことを気に入っている。リオは着実に貴族とのつながりを強めていっていた。
「......」
ルーナはその輪の中には入って行かず、リオが発つまでずっと黙って見守っていた。
*
一刻後、ルーナは森の野営地のテントにいた。
野営地は試練の管理者達が交代で滞在する場所で、ルーナ達見送り人も利用して良い事になっている。中央に大きなテントがありその周りにも個人が滞在する用の小さなテントがいくつか立っている。
テントはどれも豪華で特に中央の大型テントは小さなお屋敷のようだった。大規模なサーカスのテントのイメージに近い。高さのある美しい装飾のある柱で支えられていて彩り豊かな布で覆われている。金箔や銀糸が緻密に織り交ぜられていて、美しい色彩を放っている。内部は豪華絢爛な調度品が置いてあり、柔らかな絨毯が敷かれ、豪奢な家具が配置されている。透き通るような水晶のテーブルと高級生地のクッションで満たされたソファーが並べられており、華やかな香りの花々が飾られている。テントの一角には貴族達がくつろぐための快適な寝室エリアがあり、それぞれに大きなベッドが置いてある。
ルーナはその内の一室で小休憩を取っていた。ベッドで寝転がって目を開けたり閉じたりしている。高い天井には優雅なシャンデリアが揺れている。
(信じらんない。テントにシャンデリアがついてるなんて。流石、貴族はお金かけるところ違うわ。こんなの試練ごとに毎回用意してたら、そりゃあ準備に時間かかるわ。......それにしても......)
ふわあ〜と大きな口をあけてあくびした。いつもの赤い鎧は着ておらず、街女の格好をしている。それでも護身用に愛剣だけは持ってきている。
(最短記録は3日って聞いたから、せめてそのぐらいはここで待ってよって思ってたけど......)
一刻も昼寝して、だんだんと目が冴えてきた。それに伴ってじっとしていられない性分がうずうずと沸き起こってくる。
(3日もこんなところで待ってるなんて耐えられないわ。もう後はヘイグと交代しようかしら)
ルーナはどっこいしょとベッドから立ち上がった。
万が一リオが帰ってこなければ、などということは、ルーナは考えていない。だから見送りの時もセーラのように抱きついたり激励の言葉を送ったりするのではなく、ただ軽く手を振っただけだった。それだけ、リオのことを信頼していた。
丁度その時、テント中央の広間の方から声が聞こえた。
「セーラ様、もう帰りましょうよ」
「でも、もうちょっと......」




