72.数ヶ月の日々(4)
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第・・章:・・
恋に焦がれる少女達が好むのは、美しい王子様が平凡な女に恋をする物語である。だが、現実は王子様の隣にはお姫様がいるものだ。
リオが王子であることが発覚して数日後、彼はいつのまにかオルレアン公爵の令嬢セーラと仲が良くなっていた。遠征から帰ってくる度に彼らは頻繁に会うようになっていった。リオの姿を見つけると、セーラは決まって嬉しそうに微笑んで頬を染める。誰がどう見てもセーラはリオに恋しているようだった。
ある時、2人の仲睦まじい姿を、ルーナが遠目に見つめていた。
――2人のことを彼女はどう思っているのか?
アランはルーナの表情を見る勇気がなかった。
金獅子の団が戦に勝利し、王都に帰るたびに国民の支持はますます厚くなっていった。
そして、ある時から国民の間にとある噂が流れるようになった。
リオは実は王子である、と。
次第に、国民の間では事実を明らかに、という声が高まっていくようになった。国民だけが騒いでいるのならまだ貴族たちは無視していたことだろう。だが、オルレアン公爵までリオを王選びに参加させるべきだ、と主張するようになった。この国有数の大貴族オルレアン公爵の発言だ。貴族や王族たちは彼の発言を無視することはできなかった。だが、やはりリオが本物の王子であるという決定的な証拠はない。耄碌の王は相変わらず言っている事が支離滅裂だ。そこで、貴族達が話し合った結果、第2の試練から王選びの試練を受ける権利を与えようという話になった。
第一の試練はとっくの昔に終わっており、丁度今は全ての王子が第2の試練を終えたばかりだった。どんな内容だったのかは、関わった者にしかわからない。だが、第二の試練を終えた時、第2王子エドモンドが帰ってこなかったという。それだけで厳しい内容であったことが伺える。
勿論、他の王子達はリオの途中参加を容認できない。そこで最終的には神の意向を確認することにした。
大司教はデア大樹の元へと赴いた。すると、半刻もしない内に帰ってきた。
結果は、良い、とのことだった。
「ふざけるな! 平民を王子と認めるなど言語道断だ!」
片目の第4王子__アーサーが怒鳴り散らした。城の広間で大勢の貴族が見てる前にも関わらず、大司教に憤慨する。
「ですから、レオナルド様を本物の王子として認めたわけではございません。ただ、王選びの試練を受ける権利を与えるだけです」
「同じ事だろう! しかも、途中から参加させるだと!? 俺達の第一の試練の辛苦はなんだったというのだ!」
「随分前に終えてしまった試練を今から準備し直すのは至難の業です。ここは特例ということで第2の試練から参加していただきたく存じます」
「貴様ら何の権利があってそのような戯言を言っているのだ!」
「もともと、レオナルド様の王選び参入は陛下の望みでもあります。それに、主も既に容認なさったのですよ?」
「大司教はオルレアン公爵の権力に迎合しているのだ! デア大樹が返事したなど本当は虚言なのだろう!」
「私の発言をお疑いになるということは王選びそのものをお疑いになるという事。すなわち先代、先先代__これまでの全ての王様を侮辱することになりますぞ」
「先に侮辱したのは奴だろう!」
アーサーはリオを指差した。
「平民の分際で、王子を名乗り皆を誑かしているのだ! ......悪魔だ! 奴はきっと悪魔に違いない! 今に怪しい力でこの国を乗っ取る気なのだ!」
――バチンッ
一瞬、その場の誰もが何が起きたかわからなかった。
「口を慎んでください、アーサー王子。あの方は貴方のお兄様なのよ?」
「......セー......ラ」
セーラが叩いたアーサーの頬が赤く腫れていた。その後、広間ではアーサー始め反対の声がなくなった。議論が決着したのである。
*
テントの外で、ルーナ達の喧騒がいつのまにか収束していた。
後で聞いた話だが、商人が鼻の下を伸ばして、ルーナを好きにしていいなら今回の非礼を許すと言ってきたそうだ。結局、ルーナの倍以上にキレた副隊長のジョエルが商人をボコボコにして追い払ったらしい。
アランはペンを止めて物思いにふけった。
いよいよ明日、王都に帰ったら、すぐにリオは第二の試練を受けに行く。金獅子の団にとって大きな分岐点となるだろう。
だが、アラン......いや、アランだけじゃなく、金獅子の団全員が心配していなかった。
たとえどんなに厳しい試練だったとしてもリオは試練を突破するだろう。それどころかあの平凡な他の王子達を負かして王になることなど、リオにとっては容易い事だろう。
(そうなったら、本当にルーナはどうなっちゃうんだろうな)
アランは ふと思いついてペンを走らせる。
――団長への恋に敗れた赤い鎧の戦士は、自らを心の底から愛してくれる部下に気づく。やがて、2人は結ばれて__
(や、やっぱ今のなし! こんなの最低だ!)
急いで取り消し線をひいた。
ルーナが求めてるのはリオだ。そんなのわかっている。......わかっている。
「青春だなあ」
純エルフのヘンリーの声に、一瞬ビクッと体を震わせた。
「某達は小さな事にいがみ合っていたでござる!」
「ああ! おら達は仲間だ!」
隣でデニスとケンが泣きながら抱き合っていた。それを見ながらヘンリーが、
「青春だなあ!」
と、片方しかない手で涙を拭っていた。




