71.数ヶ月の日々(3)
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第十三章:聖獣バロンの宴
森の王との激しい戦いに勝利した晩。
傭兵達は、やはりいつものように戦勝祝いの宴をした。野営地で焚き火を作る。その周りで縦笛、ハーモニカ、リュート。楽し気に楽器を演奏し始める。それに合わせて踊る傭兵たちと聖獣バロン。
不意にその場にパトリシアが現れる。酒に酔った傭兵達はパトリシアを平然と酒の席に誘う。
この数ヶ月パトリシアは英傑に負けず劣らず数々の戦功をあげてきた。先の戦では当然のようにパトリシアも大活躍した。今となってはもうほとんどの傭兵達がパトリシアのことを認めている。だが、相変わらずパトリシアは傭兵達の誘いは冷淡に無視した。ふらりと1人テントの方へ向かっていくのをアランは遠目に確認した。
アランは未だにパトリシアを警戒していた。
彼女が面と向かってルーナを殺せなくても、食事に毒を持ったり寝込みを襲ったりするなど、殺す方法はいくらでもあるはずだ。だが、他の皆は心配しすぎだと笑い飛ばしていた。
その時のパトリシアはどこか異様な雰囲気があった。アランはいよいよ何かあると感じパトリシアの後をつける。
彼女が向かった先は、ルーナのテントだった。
ルーナは、もう既に酒に酔って熟睡していた。パトリシアはそっとテントの入り口をそっと開ける。ルーナは大口を開けていびきでもかいていそうだが、実際は意外にも寝相は良い。 横になってスースーと可愛らしく寝息を立てている。美しいハーフエルフの寝姿はまるで妖精の姫のようだ。きめ細かな銀髪がキラキラと月の光を反射する。眠りの呪いをかけられているかのように起きる様子はない。そんなに寒くないのに、何故か長い耳をすっぽり覆う毛糸の耳当てをつけているせいで余計周りの音が聞こえなさそうだ。
パトリシアは自身のダガーを片手に握った。
「......っ、あ......!」
アランが止めに入ろうとした。その時、誰かに口を強く塞がれてた。
「――――!」
ヘンリーだ。ヘンリーは、人差し指にを口に当て、静かに、とジェスチャーした。
パトリシアの刃が今まさにルーナの喉元に振り下ろされる。
アランは咄嗟に目をつぶった。
だが、......
......カラン、カラン
ダガーが音を立てて地に転がった。
「......うっ......うう......」
パトリシアが両手を地についた。歯を思いっきり食いしばりながら小さく嗚咽を漏らした。
「......!」
アランは初めてパトリシアの無表情以外の表情を見た。
「うう......うううっ......」
パトリシアは必死で嗚咽を堪える。だが小さく声が漏れている。ルーナの耳がピクピクと微動し、ついに目を覚ました。
「......パトリシア......? 泣いてんの......?」
「......」
「......一緒に寝る......?」
パトリシアは何も言わずにルーナの布団の中に入っていった。やがて二人は静かに寝息を立て始めた。アランとヘンリーはそれを見届けると、そっとその場を後にした。
次の朝には布団の中にパトリシアの姿はなかった。またいつものように早朝の鍛錬に励んでいた。
*
パトリシアとルーナの関係が目に見えて変わったわけではない。相変わらずパトリシアは傭兵達に心を閉ざしているし、おそらくまだルーナを恨んでいる。
だがアランはもう、二人の事を心配する必要はないんじゃないか、と思うようになった。
(辛い過去があったせいで殻に閉じこもってるけど、傭兵の仲間達と旅を繰り返す中で少しずつ心を開いてくれてる気がする。いつか彼女の胸の内を教えてくれる日が来ると良いな)
ちなみにルーナはと言うと、多分、というかおそらくパトリシアのことをかなり気に入っている。ルーナはどこかパトリシアと自分を重ねる節があったし、何より金獅子の団2人目の女であり、おまけに強い。たまに「パティ」なんて愛称で呼んだりしている。
その時、アラン達のテントの外で足音が聞こえた。 副隊長のジョエルとルーナがテントの外で喋っている。
「ルーナ、今回の相手は商会の大物です。粗相のないように」
「わかってんわよ」
行商人らしき人物がやってくる。どうやら、武器の取引話をしているようだ。
声しか聞こえないが、商人が取引に関する書物をルーナに渡したみたいだ。
「これは......!」
「どうしたんですか!」
「この私が文字を読める訳ないじゃない」
「えなんで偉そうなんですか......はいはい読みます。......ふむふむ、めぼしい部分は、長槍30本が銀貨96枚の売り値になっている所ですかね」
「......なんですって......、......。......。............??」
「一本あたり銀貨3.2枚分です」
「ああん!? なんですって!? 前は3枚分だったじゃない! てか何よ! .2って! 難しい事すんじゃないわよ!」
「うわー! ちょちょちょルーナやめっやめてください。すみません、うちの隊長が!言って聞かせますので!」
外が何やら賑やかだった。
――相変わらず、平和だ。
アランは、ほのぼのと冒険譚の続きを執筆する。
「ずるしただか!」
「してないでござる!」
隣ではデニスがケンの首を絞めている。
「喧嘩はよしなよ」
はわわとヘンリーが口を抑える。
平和だ。
だが、一方で物語は佳境に入る。




