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35.純エルフのヘンリー

 王子様は、とても長い間旅を続けました。

 しかし、妖精の国には一向に辿りつきません。


 妖精を追いかけて、宝石の丘を上り、氷の砂漠を抜け、炎の広野を突き進みました。それでも、妖精の国には辿りつきません、......それでも、妖精の国には辿りつきません。


……


............


「俺は、辿り着いてみせるさ」


 リオは一人、拳を強く握りしめた。



 ブチブチッ......


 グチャッ......


 裸の女が、戦死体の腹部にかじりつき、内臓ごと引きちぎる。中からネバネバとした赤黒い物体や大量の蛆虫と羽虫が出てくる。女は手も使わず獣のように死体を貪る。


 死体は山のように荒野に無造作に放置されていて、酷い死臭を放っていた。まるで蝶が花の匂いに群がるように女達が死体に集まってくる。


「キシャアアアアァッッ」


 女達は()を向けて、獲物をとられないように互いに威嚇しあっていた。口の周りにはベッタリと血がついていてまさに鬼の形相だった。


「なん......ですか......あれ......」


 目の前の光景に頭がついてこないアランが呟くように言った。


「セイレーンよ」

 

 アランの前で馬に跨ったルーナが答えた。ルーナは今は、あの、赤い鎧を身に纏っている。直の『赤い鎧』は存在感が段違いだ。


 ルーナやアラン達金獅子の団は今、次なる戦地(__アランにとっては入団して初めての戦地)へ向けて移動していた。

 その道中、荒野に放置された大量の戦死体とそれに群がる女の化け物を目撃したのである。


 ルーナは顎で女達の方を指した。

 女達は一見、ただの人間のように見えた。しかし、背中には大きな翼があった。


「あれ? アランは見た事ないっぺ? この辺りは海が近いから沢山いるだよ」


 牛型の獣人__デニスが不思議そうに聞いた。


 アランはセイレーン達の悍ましい姿に鳥肌がたった。アランは故郷ブルガン領から一歩も外に出た事がない。セイレーンなんて見た事がなかった。


「危ないから一人で小便行ったりしちゃダメでござるよっ。アラン殿のように()()()()()は狙われやすいでござるっ」

「......は、はい」

 

 異国風の鎧を身に纏ったミニサイズのケンタウロス__ケンが、おそらくは悪気がない様子で注意喚起した。


 何故か、少しルーナは不快そうな顔をしていた。


「......正直、セイレーンなんかより厄介なのがいそうな気すんのよね」


 長い耳が若干垂れ下がっていた。


「――やあ、アラン君」


 その時、アランは後ろから声をかけられた。振り返ると、


「......え?」


 アランは思わず、目を見張った。

 そこには、銀髪のハーフエルフ__()()()()()()()()()()()


(いや、違う)


 ルーナは長い銀髪を編み込んでいるが、目の前のハーフエルフ(?)は銀髪を短く切っていた。声は声変わりしたての少年のようだ。少しルーナよりも若そうに見えた。瞳の色は銀色。だが、やはり、それらを抜きにすれば、ルーナと瓜二つだった。


「あの......ルーナの弟さん......とかですか?」

「ふふっ、エルフは初めてかな?」


 ハーフエルフはにっこり微笑んだ。いや、......耳は、ルーナと比べて少し長い。


「ハーフエルフじゃない、本物のエルフ......!」


 エルフは老若男女問わず皆同じ顔であるというのをどこかで聞いたのをアランは思い出した。ハーフエルフであるルーナも、細かい差異はあれど、いわゆる『エルフ美人』なのだ。


「......ん? 金獅子の団の純エルフってまさか『炎の死神ヘンリー』......!? 金獅子の団7大英傑の一人の!?」

「あはは......。その名前で呼ばれるとちょっと恥ずかしいな。前に酒場で会ったよね?」


 ヘンリーは恥ずかしそうに頬をかく。ヘンリーが言っているのは、ゲイリーやルーナ、リオ達と初めて会った酒場の事だ。


(いたような、いなかったような......)


 正直他の面々の強キャラ臭が凄すぎて、アランはよく覚えていなかった。


「まさかあのゲイリーに入団申請するなんて、君って結構すごいんだね。しかも断られても諦めなかったとか。団内は今その噂で持ちきりだよ」

「い、いや......その時はあの人があんなに怖い人だとは思わなかったというか......。ところで、ヘンリーさんはルーナ隊なんですか? もしかして副隊長ですか?」

「いや、僕は隊長でも副隊長でもないんだよ。ただのルーナ隊の一員」

「『炎の死神ヘンリー』なのに?」

「あはは、人前に出るタイプじゃないんだ」


 ヘンリーは困ったように笑った。他の英傑達のような怖さや、プライドの高さは感じられなかった。物腰が柔らかく、穏やかでよく笑ってくれる。


(ヘンリーさんが笑うとなんだかルーナが笑ってるみたいだなぁ)


 思わず、ぼーっと見惚れる。


「あの、一応言っておくけど、僕、男だし、同性や異種族には興味がないんだ......」

「わ、わかってますよ......!」


 アランは慌てて目をそらした。


 その時、バサバサバサッと羽音がした。

 セイレーンの一人が不意に羽を伸ばし飛び上がった。


「......ひいっ......」


 セイレーン達からは距離があったが、思わずアランは短い悲鳴をあげた。


「心配しなくても、こっちには来ないよ。あれだけ肉が大量に転がってるし、こっちはもっと大人数だから、連中も襲おうとは思わないよ」


 怯えるアランをヘンリーがなだめた。

 すると、ヘンリーの足元から、ひょこっと小さな影が出てきた。


「ぷっ、だっせー」


 アランと同じ猫型の獣人の子供だった。ただし、かなり獣度が高く、ほぼ人間の子供サイズの猫が四足歩行で歩いていた。短い手足を一生懸命動かす愛らしい姿に反して、アランをバカにしたように嘲笑った。子猫はそのまま優雅な四足歩行でどこかへ行ってしまった。


(そういえば......)


 あの子猫のように、獣度の高い他の獣人達も四足歩行になっている者がちらほらいる。こんなに堂々とその歩き方をしている人がいるのは街中ではありえない事だ。


「おいっ! デニス! これで何回目だっ! 気をつけろ!」

「ごめんん」


 人の指程の大きさの小人族が怒鳴る。大柄なデニスに踏まれそうになったようだった。

 アランは周りを見渡した。

 人間だけでも、白、黄、黒、様々な肌や髪の人々がいる。


(本当に色々な種族を受け入れてるんだなぁ)


 噂通りの多種多様さに、アランは内心感嘆した。

 その時、


「――――これはこれは、動物園の団の皆さんじゃありませんか」


 不意に嘲笑う声が聞こえた。


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