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137.醜い顔の王子様

「王子様の左目はもう......」

「お可哀想に......」


 少年は目を覚ました。久々に苦痛のない朝だった。だが、爽快感も束の間、すぐに左目の違和感に気づいた。皮膚が硬くなった感覚、つっぱるような不快感、まぶたが開かない。


 少年があたりを見回すと、従者も母も皆ハッとした表情を見せて黙り込んだ。その時、少年__アーサーは幼いながらに自分の人生が変わった事を確信した。


 それからのアーサーの人生は孤独と苦悩に満ちていた。


 ――4番目の王子様は天然痘にかかり、左目に瘢痕(はんこん)が残ってしまった。


 皆がアーサーの醜い左目の事を噂した。


「見て、あの左目」

「まるで呪いみたいね」


 皆、好奇の目で遠巻きに眺めるか、あるいは忌避した。まるで、見世物小屋の怪物になったような気分だった。前髪を伸ばし、左目を隠すようになったが、それでも周囲の冷たい視線から逃れる事はできなかった。


(王子が醜いと、そんなに面白いのかよ)


 周りに心を閉ざし、人目を避ける生活を送るようになるのは、時間の問題だった。


 母親である王妃エリザベスもアーサーの事で相当気苦労が多かったのだろう。自分たち親子を馬鹿にする『敵』を見返そうと躍起になった。特にもう一人の王妃である妹のアリッサとの権力争いは激化した。

 この国では長男でなく、『王選び』で勝ち残った王子が王になる。エリザベスはなんとしても自分の息子アーサーを王位につけたかった。


「しかし王選びは過酷な試練です。片目を失った王子様には危険がすぎるかもしれません」


 昔、配下がアーサーの王位継承権を諦めるようエリザベス王妃に進言した事があった。


 配下の言葉に、エリザベスは首を横に振った。


「構いません。王にならなければ産んだ意味がありません」


 母の期待に応えるべく、アーサーは王になるための勉強に没頭するようになった。王としての統治、戦略、外交__すべての分野で完璧を求め、誰よりも努力を重ねた。おかげで、アーサーは同年代の貴族の子供達と比べると勉強も剣の腕も秀でていた。実際、アーサーは器用な人間だった。片目のことさえなければ、他の王子達よりも才能があった。遊ぶ事なくひたすら勉学に励む日々は孤独そのものだったが、アーサーは心を奮い立たせていた。


 だが、努力するアーサーに対し、周囲の冷たい視線や、陰口もあった。


「見ろよ、片目の王子がまた勉強してるぞ」

「どうせ無駄だよ。片目じゃ王にはなれない」

「エリザベス様も滑稽だよな。あんな欠陥品を王にしようとするなんて」


 書庫の外から自分を嘲笑う声が聞こえてくる。アーサーは羽ペンを握る手をぐっと握りしめた。


 ――何故努力する俺を笑うんだ。


 ――皆が俺を見る。


 ――王になったら見返してやる。


 ――王になったら? 俺は本当に王になりたいのか?


 ――別に、王になりたいわけじゃない。


 ――母上が勝手に言ってるだけだ。


「ねえ、気にしないでいいのよ」


 ふと声がして振り向くと、そこには内気そうな少女が立っていた。カールがかった茶色の巻き毛と白い肌にそばかすのある可愛らしい顔立ちで、緊張した面持ちだ。アーサーに声をかけるのに相当勇気を振り絞ったのが伝わる。温かな瞳がアーサーをじっと見つめていた。


「誰でも人と違う部分を持っているものだし、同じ部分もたくさんある。そんなことも知らないなんてあの子達ってバカね」

 

 少女__セーラはそう言い放ち、アーサーの隣に座った。彼女の存在が、まるで暖かな日差しのようにアーサーの心に差し込んできた。普段、周囲からは冷ややかな目で見られるばかりのアーサーにとって、セーラの言葉は信じられないほど優しかった。


「……どうして、そんなことを言うんだ?」


 アーサーは戸惑いながらも尋ねた。


「......どうしてって?」


 セーラはアーサーが何を言いたいのかわからず小首をかしげる。


「俺が......王子だから、取り入ろうとしてるのか?」

「まさか......! 私は別に......思った事、言っただけよ」


 セーラは瞳をアーサーに向ける。おずおずとぎこちなかったが眼差しは誠実だった。アーサーは胸の奥が温かくなるのを感じた。彼女は他の誰とも違う、特別な存在に見えた。


「……ありがとう」


 アーサーが感謝すると、少女はやっとにこりと笑顔を作った。

 アーサーはこの日初めて友達ができた。


 それからというもの、アーサーはセーラのことが頭から離れなくなり、次第に彼女に惹かれていった。最初こそ知らなかった事だが、セーラは大貴族オルレアン公爵の一人娘で、王妃候補の人になっているらしい。


 もし、兄達の内、誰かが王になったら。


 アーサーは想像した。

 セーラはきっと王になった者と結婚するだろう。王にならなかった王家の爪弾き者の自分を、しかも醜い左目をもつ自分を、彼女は受け入れないだろう。

 

 彼女に並び立つには、王にならなければならない――アーサーは決意を固めた。


 ある日、アーサーは勉学の頑張りを認められ、誕生日に王から剣を賜った。エクスカリバーという聖剣らしい。

 初代王がその剣を引き抜き大いなる力を操ったとされている。選ばれし王以外は鞘から引き抜く事ができないため、宝物庫の奥底で眠っていた。しかし、皆、この話は御伽話で鞘の抜けないただのガラクタだと思っている。だからこそ、アーサーが欲しいと言ったら簡単に贈られた。


 それからというもの、毎日剣の鍛錬の後、聖剣を鞘から引き抜こうと密かに挑むようになった。

 ある日、偶然遊びにきたセーラにその姿を見られた。


「何をしているの?」

「聖剣を鞘から出そうとしているんだ」

「なぜ?」

「......俺は王になるからだ」


 アーサーは一瞬ためらって口を開いた。


「俺が王になったら......俺と......結婚......」


 心臓が激しく鼓動し、アーサーの身体は緊張で固まっていた。視線をセーラに向けることができないまま、アーサーは沈黙の中に身を置いた。


「なに?」


 セーラの声が柔らかく響く。

 セーラの瞳にアーサーは息をのみ、とうとう想いを口にする事ができなかった。










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すみません、作者です。前の投稿から長くなってすみません汗汗

完全に迷走していました。あと、もう一つの趣味の方が忙しくなってしまって、投稿頻度が下がる気がします。週1目指して頑張ろうと思います。よろしくお願いします汗汗

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