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136.リオの死 <前編終>

 すみません、今回エグい描写注意です。苦手な方は本当にお気をつけ下さい!!

======================




「それなら、()()()()()()()()()()()()()()()

「......は?」


 ルーナは一瞬時が止まったように感じた。


「......嘘......」

「嘘なもんか。中央広場に行ってみるといい。こっから城に向かう途中にあるよ。あれからもう何日も経ってるっていうのに、お偉いさんはずっと死体さらしてんだ」

「......」


 まるで日常の些細な噂話を伝えているかのように店主が言う。冗談だと言って欲しい。ルーナは心の中で必死に願った。だが、店主は淡々と次の客の対応をし始めた。


 現実感がまるで失われ、足元がふらつく。歩いているのか、それともただ浮遊しているのかさえ分からなかった。ただ、一歩一歩、よたよたとした足取りで中央広場へと向かっていった。


「そんなはずがない......嘘よ......兄貴達が、死ぬはずなんてない......」


 広場が近づくにつれ、胸の奥が冷たく硬くなり、恐怖が彼女を押し潰そうとする。

 中央広場に出た。


「......」


 そしてルーナは、立ち止まった。


「......あ............」


 ルーナは赤い瞳を大きく見開いた。戦場で幾度となく目にしてきた物。


 ――――死体だ。


 広間にはおびただしい死体の山が並べられていた。酷い異臭だ。

 それらは広場の中心に無造作に晒されていた。身体は酷く傷つき血と泥にまみれて横たわっていた。


 既に何人かの見物人が集まり、死体を指差して噂話を交わしていた。


「ああ、見た見た。すごかったよ。全員レオナルド団長の目の前で一人ずつ首を斬っていくんだ。助けを求めたり、逃げようとしたり、悪態をついたり、大暴れしたり色々だった」

「ほら見てよ、あの死体。皆体がずたぼろ。骨もすごい事になってんだろうな。皆首を切り落とされまいと必死にあがいたんだ。いっそ、さくってやってしまえば、楽だったんだろうにな」

「特に『戦場の鬼ヴィクター』と『破壊の執行者ベン』の死刑は壮絶だったな。執行人を何人もぶっ飛ばすんだ」


 見物人たちの声が、まるで遠くから聞こえてくるかのようだった。

 見物人たちは、興味本位でその場に集まっているだけで、彼らがどれほどの苦しみを味わったのかを思いやる様子は見られなかった。むしろ、その残酷な光景を見て、何かを楽しんでいるような口調で話し続けていた。


 ルーナはその言葉を聞きながら、まるで足元が崩れ落ちるような感覚を覚えた。


 間違いない。あれが......あの死体の山が、金獅子の団だ。


 目の前に広がる現実は、あまりにも残酷で、彼女の心はそれを受け入れることができなかった。


 死体は赤黒く腐っていて、誰が誰なのか判別がつかない。皮膚は剥がれ、筋肉が露出し、無数の刃跡が刻まれている。もはや勇敢な戦士の面影を感じない。彼らの顔には痛みと苦しみのみが刻まれている。


(でも、兄貴だけは......兄貴だけは無事......よね......? )


 目の前に広がる無惨な光景を受け入れることができず、心の中でただ一つの希望に縋りついた。


(だ、だって、少し前まで王候補の一人だったのよ......? そうでしょ......?)


 喧嘩して、傷つけてもなお、ルーナにとってリオは特別な存在だった。人生の全てと言っていい。彼が無事でいる限り、何か奇跡が起こるかもしれないと、ルーナは信じられた。


 しかし、その時、近くにいた見物客の一人が、ふと上の方を指差した。


「それで、あれが......」


 ルーナはそれにつられるように上を向いた。


「......え?」


 ルーナの心臓が一瞬止まったように感じた。指の示す方向に確かに何かがある。茶色い何かの塊のようなもの。木の枝に吊るされ、ゆっくりと揺れていた。


「信じられない。あの美しい姿がこんな事になるなんて」

「ああ、まあ王族に身分を偽ったっていうんだから、ここまでするんだろ」

「でも、それって一部の人のでっちあげなんじゃないかって......」

「しっ、滅多な事いうもんじゃねえ」

「あ、ああ。でもすごいよなあ、あれ。スカフィズムっていう古い拷問らしい。蜂蜜とミルクと排泄物にまみれて、虫に食われ続けるんだ。生と死の狭間で甘い夢に苦しみながらゆっくりと死ぬんだよ」


 ルーナは()()から目が離せなかった。


 その姿はもはや人間のものとは思えなかった。


 腐敗が進んだ皮膚は、蜂蜜と糞尿の混合物で覆われ、黒ずんだ茶色の塊と化していた。至る所に蟻や蛆虫が這い回り、その姿はまるで生きているかのように蠢いていた。顔は膨れ上がり、目や鼻、口の形跡はほとんど残っていない。代わりに、無数の穴が開き、そこから虫たちが出入りしていた。腹部は異様に膨張し、手足は歪んで曲がっている。異臭は耐え難いほどで、近づく者の胃を激しく刺激した。腐敗と排泄物、そして甘い蜂蜜の匂いが混ざり合い、独特の吐き気を催す臭いを放っていた。


 一体、受刑者は死ぬまでにどれ程時間がかかったのだろう?

 一体、どれ程の苦しみを味わったのだろう?

 それほどの刑を受けるなんて、一体、あれはだれなのだろう?


「やっぱり信じ難いなあ。あれが、――()()()()()()()()()


 ......



 ............


 ......今、なんと言った......?



 見物人の言葉に、ルーナは膝をつき力無く地面に倒れ込みそうになった。


(そ......んな......あれが......()()()()()、兄貴......?)


 かつての誇り高い騎士、王候補にまで上りつめたあのリオが、死んだ。挙句、このような最期を迎えたという現実。


 あまりにも重く、残酷すぎた。


 ルーナの心の中で何かが決定的に壊れた。目の前の現実があまりにも凄惨で、彼女の精神は耐えきれなかった。


「ひ、ひいいいいいい」


 思わず奇声をあげ、その場から逃げ出した。自分でも抑えられないほどの恐怖と絶望が、彼女を駆り立てた。周囲の人々が驚いて振り返る中、彼女は目もくれずに広場を後にした。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 足元がふらつき、何度もつまずきそうになりながらも、ルーナはただ本能的にその場所から遠ざかろうと必死だった。背後に広がる光景が脳裏に焼き付いて離れない。頭の中でリオの叫び声が響いているような気がして、彼女はさらに速く走った。周囲の街並みも、人々の顔も、何もかもがぼやけて見えた。ただ恐怖と混乱が彼女を突き動かした。



 その年の夏、ベルモントの街にネクロガという虫が大量発生した。淡い灰色の羽を不気味に羽ばたかせる彼らの存在は災厄の象徴として恐れられてきた。ネクロガ達は晒される金獅子の団の死体に群がる。卵を産みつけ、やがて死んだ。秋にはまるで枯葉のようにネクロガの死骸が落ちていた。


 その頃には、かつての勇敢な戦士達の骸は食い尽くされていた。


 だが、一つだけ。

 絶対にリオの死体だけはなくならなかった。


 一際強く異臭を放ってるはずなのに、ネクロガ達は一切彼の死体に近づかなかった。


 彼の死体は永遠に異臭を放ち醜い姿を晒し続けた。

 まるでまだ彼だけは死ぬつもりがないかのように。










<前編終>

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