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134.リオの過去7


 ――――


 ――――――――



......


 どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。


 リオの意識は霧の中をさまよっているかのようだった。

 目を凝らしても、何も見えない完全な闇の中。そもそも自分にはまだ目があるのだろうか?


(そのあと......は、どうなったん......だっけ......ああ......)


 そのとき、闇の中から幼き日の自分の声が響いてきた。


《まだそんなクソ親父の事なんか気にしてるのかよ。いいか、親なんて物は、自分の欲求を満たすために子供を利用してるだけの生き物だ。ルーナの親父はその中でも最悪な方だよ。お前もそれがわかってたから、親父さんを殺したんじゃないのか?》


 記憶が蘇る。貧民街で生活を送っていた二人。ある日、二人は大喧嘩した。まだ父親を盲信しているルーナにリオは過去の自分を重ね合わせて苛立ち、良くない事を言ってしまった。多分、嫉妬もしていたのだろう。自分だけのものであるはずのルーナがまだ父親の事を想っていた事に。


(それから......色々あって......)


 断片的な記憶が次々と浮かぶ。最後には二人は仲直りした。


(そうだ......俺がペンダントを買ってやったんだ......)


 『選ばれし者』がつけるというドラゴンのペンダント。石に紐をくくりつけただけのただのおもちゃをルーナは欲しがった。リオはルーナと仲直りをするために全財産をはたいた。


 ふと、リオの胸にペンダントの重みが伝わる。買った日から肌身離さずずっとつけていた。


《リオはきっと本物の王子様。だから、この世界を平和な世界に変えて、皆が幸せになる国にしてくれるんだよ》


 『自分の事を話す日』の仲間の声が鮮明に蘇る。

 いつだって思い出されるのは戦場の恐怖。種族や考え方が違うだけでいがみあう世界の醜さ。長引く戦争で疲弊する国々。孤児となり、病と飢餓に苦しむ子供達。盗みや人攫い、詐欺をしなければ生きていけない現実。


 異種族同士手を取り合う道が絶対にあるはずだ。子供兵時代の仲間達や、ルーナのように。


 ――自分自身の手で、生きやすく美しい平和な世の中にする


 平凡な平民の少年が抱えるにはあまりにも壮大な夢だった。

 だが、リオは自分が特別であると心のどこかで確信していた。


(......でも。ああ、そうか......。......()()()()()()()()()()は、青い瞳だったのか)


 暗闇の中、リオは静かに口端を吊り上げた。


 幼い頃に母に聞かされていた話では、母は一人で王子様のお産を手伝ったと言っていた。そして、容姿も髪も肌も、瞳の色も何もかもがレオナルド王子とリオは生まれ変わりのように瓜二つだったと言っていた。それを聞いて子供兵時代の仲間はリオが王子様ではないかと言い出した。そしてそれをリオは本気で信じるようになった。


 だが、母の物語はおそらく事実と異なっていたのだろう。


 母は要領が悪く、他人の血を見るだけで卒倒するような人だった。一人でお産など手伝えるはずなどなかったのだ。リオはずっと違和感を感じていたが、あの見知らぬ修道女の話を聞いたときやっと合点がいった。母は誰か他に手伝ってくれる人を呼んだのだ。でも、母の物語には必要がない登場人物だった。だから「一人で」と得意げに話していたのだ。母からすれば嘘をついたつもりはないのだろう。ただ、自分の物語を脚色しただけだ。


 そして、母と修道女は本物の王子様の姿を目にした。金髪に、王妃様と同じ澄んだ青い瞳を持つ赤子の姿を。


 だが、母にとっては自分の息子が王子様の生まれ変わりである方が感動的だ。そういう筋書きにするために、母は王子様の瞳の色を青ではなく、リオと同じ赤だと偽った_いや、「脚色」した。


(いつから、俺は自分の嘘に騙されていたのだろう)


 リオはルーナに出会い、自分が王子であると嘘をついた。その日から自分が王子だと信じるようになった。

 馬鹿みたいだ。本物の王子様は青い瞳......それを知っただけで、一気に夢から覚めた心地だった。


(ルーナは赤い瞳だったから父親の子供じゃなかった)


(ルーナは赤い瞳だったから俺と兄妹になった)


(俺は赤い瞳だったから王子じゃなかった)


 どんなに才能に恵まれても、身分がないと世界は変えられない。


 才能にあふれたリオを王子(特別)であると誰もが信じた。


 本気で自分が世界を変えられると思った。


 ルーナがいたから信じ続ける事ができた。

 ルーナがリオを王子だと信じ続ける限り、リオは王子であり続けられた。


(......俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない)


 死んでいった仲間が、敵が、人々がリオを責め立てる。夢を諦めるには人が死に過ぎた。


(......俺は、こんなところで......)


 眼前には決して届かない夢が広がる。妖精達が、生き物達が、幸せな世界でこちらに向けて手を伸ばしている。


(俺はまた夢を見続ける。いつまでも覚める事はない)


 体を蝕む痛み。徐々に思考を失っていく。それでも彼が最期まで想い続けるのは――――


(ルーナ......。傷つけてごめん......。ごめん......)


 彼の最期の想いは、ルーナへの切ない愛おしさだった。

 一緒にいるのが当たり前だった。当たり前だと思っていた。


(ああ......)


 今は無性に会いたい。会いたくてたまらない。




 人間でもエルフでも女でも男でもない。哀れで、孤独な、俺の、俺だけの、欠けた月(ルーナ)......

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