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133.リオの過去6

 リオとルーナを救った商人は小児性愛者だった。


「ウロデイルの冬は寒いんだ。こんな所に居ては死んでしまうよ」


 彼は羽振りの良い商人で、屋敷に住んでいた。商人は人間だが、ハーフエルフのルーナに偏見はなく、リオとルーナを迎え入れてくれた。偏見どころか珍しい赤い瞳を持つハーフエルフの姿を酷く気に入ったようだった。そして、リオの現実離れした美しさにも、欲望をにじませていた。


 商人はリオとルーナを屋敷に招き入れた。

 屋敷では十分な食事をとり、暖かいベッドで寝る事ができた。ルーナの怪我を治すには申し分ない環境だった。


 しかし、商人は十分な環境を条件に、リオに『要求』してきた。

 本来であれば、商人の本命はルーナだ。だが、ルーナは大怪我をしているのでリオは()()()となった。

 

 リオは商人の要求を受け入れた。ルーナはこの事実を知らない。表向きは使用人として、ルーナと共に屋敷に住む事になっている。


(母さんだけじゃない。結局この世は欲求に溢れていたんだ)


 リオは被害者面などする気はない。彼は商人の欲求を満たし、商人はリオの欲求を満たした。


(むしろ取引に感謝したいくらいだ)


 リオはふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


 リオがルーナの部屋に足を踏み入れると、ルーナはいつもの通りベッドで寝ていた。自分にも、おそらくルーナにも縁がなかったであろう大きくてふかふかのベッド。この屋敷に来てからはルーナはほぼベッドの上で生活している。本人は退屈そうだが、怪我を治すためには仕方がない。


 リオはベッドの傍らにある丸椅子に腰掛け、ルーナの頭をなでてやる。と、彼女はにへらと笑い、長い耳が可愛らしく揺れた。


 ルーナはまさに欲求の塊だった。


 彼女と出会ってから、リオは彼女の求める物を与え続けた。出会った時は彼女は怪我だらけで飢えていた。リオはルーナの怪我の治療をしてやり、食べ物を与えた。今は、ルーナを安全な場所で治療させるためリオが商人の言いなりになっている。

 ルーナは足りていない物だらけだ。与えてやらねば死んでしまう、か弱い存在だった。

 リオがルーナの為にここまでする必要はない。自分は荷馬車の上で助けた責任を果たそうとしているのだろうか?


 いや、違う。リオは、ルーナに『与える』事が嫌いじゃない。むしろ喜びを感じているのかもしれない。


(なんだろう、この感覚。ああ、そうか、あれだ、犬のペロだ)


 リオは昔母と共に使用人をやってた頃、世話をしていた犬の事を思い出した。


 きっと、ルーナは純粋無垢に自分を愛してくれている。リオもまた目の前のハーフエルフを愛している。かつての戦場の仲間たちと同じように。結局、血のつながりも種族も何も関係なかったのだ。


 ある朝、ルーナは怪我が治っている事をアピールするために、こっそり朝食を作った。商人は満面の笑みで言った。


「流石()()ルーナだ。君は本当に良い子だね」


 その言葉に、リオは思わず歯を噛みしめた。


(ルーナはお前のものなんかじゃない)


 リオの怒りに商人は気づかない。

 商人はルーナを舐めるような視線で見つめ、言った。


「私の部屋、今晩はルーナが掃除するように、ね」


 とうとう商人はルーナにも『要求』を突きつけた。


 そもそも、商人の目当てはルーナだ。ルーナが怪我をしているから、リオが代わりになっていただけだ。いずれこの日が来る事はわかっていた。

 だが、気づけばリオの中で商人への怒りは抑え難い程に膨れ上がっていた。リオにとって、商人が単なる『取引相手』から『敵』に変わった。


「ルーナ、今日ここを出ていこう。すぐに用意するんだ」

「え、兄貴......何を言ってるの......? ここを出ていくって......?」

「屋敷を離れようって言ってるんだよ。お前、もう怪我治ったんだろ? それにもう厳しい冬は過ぎたんだ。だったら、こんな所にいる必要がないよ。金になりそうな物ありったけ袋に詰めていくんだ」

「あ、兄貴、待ってよ......! な、なんで急に......! 急に出ていったらおじさんに申し訳ないし、それに盗むなんて......」

「あんなクズ野郎の事なんか知った事じゃないよ」

「酷い......兄貴......おじさんの事をそんな風に言うなんて......」

「嫌ならお前一人で残れよ」


 リオの言葉は冷たくルーナを突き放した。


「な、......なんでそんな言い方すんのよ......。私が兄貴から離れないの分かってるくせにそんな言い方酷いじゃない......!もう兄貴、意味わかんないよぉ......っ......」


 ルーナの目から涙がこぼれ落ちる。リオはハッと冷静さを取り戻す。


 何故、自分はルーナに選択肢を与えないのか?


 つまり、ルーナも商人と『取引』する権利があるはずだ。


 ここにいれば、暖かい食事と寝床がある。きっと教育もしてくれるし、安定した将来を送れるかもしれない。逆にここを出ていけば、また路頭に迷い最悪野垂れ死ぬかもしれない。そうでなくとも、最低の生活を送る事になるかもしれない。もし、そうなった時リオはルーナの人生に責任が取れるのか?

 

 リオからしてみれば、戦場と比べたら商人との行為は単純だった。なんのことはない。ただ、痛みと嫌悪感と恥辱を我慢すれば良いだけだ。


 だが、リオはルーナに選択肢を与えず、ただ自分の言う事を聞かせようとしていた。まるで、あの母親のようだった。


 リオはそれに気づいてもなお、ルーナには何も言いたくなかった。ただ黙って自分のいう事を聞いて欲しかった。ルーナに『取引』する道を選んで欲しくない。自分がやるのは良い。だが、ルーナがやるのが耐えられない。


 ルーナを傷つけたくないから?

 いや、もっと単純な思考だ。


 ――リオはルーナを誰にも渡したくなかった。この欲求の塊のようなハーフエルフはリオだけのものであって欲しかった。


(これは俺のエゴだ)


 リオは少しだけ戸惑った後、ルーナを抱き寄せた。


「......ごめん、何も説明しなくて。でも、俺はルーナが大事なんだ。......だから、今はとにかく俺に従ってくれないか?」

「......」

「......ごめん、ここでの良い暮らしを突然投げ出すなんて、嫌だよな......ごめん......」

「......私、兄貴と一緒なら......どこでもいい」

「......ああ」


 そして、二人は荷物を持って屋敷を出た。

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