132.リオの過去5
「......私......エルフじゃない。ハーフエルフ」
そう言ってハーフエルフの少女は、苦しそうに身を起こした。馬車の後ろ端に座っているリオの隣に、寄り添うように座った。
「エルフと人間の?」
「......たぶん、そう」
「ふーん。君、名前は?」
ふと二人が見た空には、月がぼんやりと浮かんでいた。月は端っこが欠けていた。
「ルーナ。......あんたは?」
「俺はレオナルド。皆からはリオって呼ばれてるんだ」
「皆?」
「......あー、ははっ......。『呼ばれてた』だね。今は俺もルーナと同じ、一人ぼっちだよ」
一通り自己紹介が終わると、やがてルーナは泣き出した。
「......う、ううええぇ......」
リオは最初は傷が痛いのかと思ったが、どうやら街が攻め入られる直前、彼女は父親ともめた事をずっと引きずっているようだった。父親じゃないと言われたらしい。
リオはルーナを慰めようと、思いついた言葉を口にした。
「親父さんが親じゃないって言うなら、俺達は兄妹だな」
「……!?」
赤い目を大きく見開くルーナに、リオが笑った。
「......え、あ、でも......」
「赤い目だから親子じゃないって言うなら、同じ赤い目の俺達は兄妹だ。だろ?」
ルーナの目には驚きが浮かんでいたが、やがて彼女は小さく頷いた。
「......っ。........................うん......!」
「よし、決まりだな。お前歳いくつ?」
「わかんない」
「え?自分の年齢だよ?わかんないって事ある?」
「親父も、周りの大人達も私が何歳かわかんないって」
「なんだよそれ。酷いなあ。ちなみに俺は13ね」
「じゃあ、リオが兄貴だね」
「え、でも、ルーナの年齢わかんないんじゃないの」
「リオの方が年上っぽいもん」
「ははっ、なんだそれ」
「あ、あ、兄貴......!」
「おっ」
「兄貴......兄貴!兄貴!」
「おうおう!」
リオは右手の血がこびりついたガントレットを外して、ルーナの頭をわしゃわしゃとなでた。
「ははっ、......俺さ、いつか妖精の国に行くんだ」
「......妖精の国?」
「知らない? 王子様と妖精の御伽話」
ルーナは無言で首を横にふった。
「......昔々ある所に......」
リオはルーナに王子様と妖精の御伽話を聞かせた。
リオは自分の話に夢中になるルーナを見ながら、仲間たちと共に過ごした記憶が蘇ってきた。つい昨日の事なのに、今はもう彼らはいない。
《リオはきっと本物の王子様。だから、この世界を平和な世界に変えて、皆が幸せになる国にしてくれるんだよ。そういうおとぎ話があってもいいでしょ》
そう言って輝く目を向けてくれた仲間達はもういない。リオは荷馬車いっぱいに積まれた死体を見た。この死体と同じように、仲間達の体もどこかで無造作に捨てられているのだろうか。
(王様は何をしているんだろうな。もし俺だったら、もっとこの世界をよくするのに)
物語を聞かせ終わると、リオは言った。
「ほら、見て。月も星も皆宝石のようにキラキラ光ってる。きっとあそこに妖精の国があるんだよ。俺はいつか妖精の国に行くんだ。だって、俺は――王子だから」
それが当然であるかのようにリオの口から出た。リオは不思議な気持ちになった。
嘘のはずなのに、嘘じゃないように感じた。
嘘をついた罪悪感も、驚きもなかった。
リオの信じられない発言に対し、ルーナは一言呟いた。
「す、すごぉ......」
――こいつ馬鹿だな。
リオは確信した。
馬鹿なハーフエルフは、簡単にリオの発言を信じ、簡単にリオの子分になった。
悪い気はしなかった。ルーナが自分の事を王子様だと信じる限り、リオは王子様だった。
平凡なただの少年でなく、本当に世界を変えられる存在だと思う事ができた。
(不思議だな......)
他に頼れる者がいないせいか、ルーナは会ったばかりのリオに簡単に懐いてきた。そしてリオ自身も、ルーナが愛おしくなっていた。怪我の治療をしてやったらその内別れるだろうと思っていたのに、今はもうルーナと離れたくないと感じている。
「実は、俺、今日が誕生日なんだ」
「!」
「だからさ、ルーナは多分誕生日プレゼントなんだと思う」
「誕生日プレゼント? 兄貴への? ......誰からの?」
「さあな。......」
『神様』から、なんてリオは絶対に言いたくなかった。ふいに、辺りが明るくなった。ルーナは目をしばたたかせる。
「......夜明けだ」
死体の山の向こう__荷馬車の向かう先の先から白い光が差し込んだ。
*
それから日がすっかり昇った頃、二人は死体を積んだ荷馬車から降りた。空は鈍い灰色に覆われ、風は冷たく肌を刺す。独立都市ウロデイルまで距離があり、徒歩で長い間歩き続ける。雪がしんしんと降り、リオは今まで経験した事がないくらいの寒さに襲われた。ルーナは元から大きな怪我を負っていて、寒さでぶるぶると震え、弱りきっていた。腹も空かせているようだった。
ウロデイルに着いた後は、乞食の死体から藁を奪ってルーナに巻いてやった。
ルーナを一旦置いて市場に行って身に着けていた装備を売り払ってなんとかパン一つ手に入れた。
リオが戻った時、ルーナの体は異常なほど熱く、彼女の顔は汗でびっしょり濡れていた。頬は赤く染まり、息は浅く速い。リオはルーナが死に近づいているのを直感した。
心臓が締め付けられるような気持ちになった。
「......っ、おい......おい。ルーナ。眠っちゃだめだ。目を覚ませ。......」
目を瞑ったままのルーナをリオは何度もゆする。
「......俺を......一人にしないで」
孤独感がリオを襲った。リオは人知れずこぶしをぎゅっと握りしめる。
「......君、大丈夫かい?」
その時、知らない男が声をかけてきた。