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131.リオの過去4

 昨日まで最強だと言われていたチームが、今日は全滅した。


 獣公国に攻められたタリクの街を救出しにきたはずが、既に負け戦だった。大人兵に置き去りにされた。リオは死に物狂いで戦った。だが、必死で剣を振るっても振るっても、敵が襲いかかってくる。目の前で仲間たちが次々と倒れていく光景は、リオにとって既に見慣れたものだった。リオは奥歯を噛み締め、剣を振り続けた。


 気づいた時には、敵が占拠した街をリオは一人で転がるように走っていた。ある時、広場に出た。そこは、文字通り地獄絵図だった。兵士も住民も人間も獣人もそれ以外も、無数の死体が無造作に転がり血の海が広がっていた。リオは一かバチか、その中に紛れて死体のふりをした。


 それからの時間は永遠に感じられた。


 じっと動かずに待ち続ける中、やがて敵兵達がやってきた。

 生き残りを殺すために、槍で一つ一つの死体を刺す。リオは緊張で胃の中の物を全て吐き出しそうだった。


(あいつ......)


 リオはふと、目線の先にあるものを見つける。銀髪を三つ編みで一つに縛っていて、耳が尖っている(が、片耳は欠けているようだ)。エルフの少女のようだ。子供兵には他国から拐われてきた色々な種族の子供達がいたが、リオはエルフを初めて見た。体中深い傷だらけで、一見すると死体のようだ。


(だけど、まだ生きている)


 よく目をこらせば胸が上下している。気絶しているだけのようだ。


 その時、敵兵の一人が近づいてきた。兵は槍を握りしめ、エルフの少女目掛けて槍を振り下ろした。


「う、うわああああああ!」


 悲鳴と共に、エルフ少女のすぐ隣で子供が飛び起きた。彼も死体のふりをしていたようだ。


「やっぱ、いやがったな」


 獣公国の獣人兵は子供の襟首を簡単に掴み上げ、奇怪な笑みを浮かべた。槍の代わりにナイフを掴み、恐怖で顔面蒼白になった子供の目の前に突き付けた。


「なあ、怖いか? 怖いか?」

「ひ、ひぃ......な、なんでもします! なんでもしますから許してくださいいい」

「なんにもしなくていいんだ。ただ、痛がれば、いいんだ。それだけで、楽しんだ」

「ひいいいい、嫌だああああッッッッ」


 敵兵はすぐには殺さず、子供を残酷に痛めつけ始めた。子供の「部位」が削れる毎に悲鳴が弱まっていく。リオは必死に感情を押し殺そうとした。子供の悲鳴を頭から追い出そうとする。だが、消し去る事はできない。それどころか徐々にリオの精神を蝕んでいった。

 しかし、リオが耐えられなくなる前に、別の二人の死体が更に立ち上がった。一人は子供を助けようとし、一人は狂ったように叫んで逃げ出した。二人とも瞬く間に捕まり、敵兵に串刺しにされた。

 敵兵は最後に子供を殺した。


 子供は殺される寸前、『あの言葉』を口にした。


「母さん......」


 リオは戦で何度も何度も聞いてきた。仲間達でさえも、最後には皆同じ言葉を言う。


(俺の最後は誰を思い出すんだろう)


 リオは再びエルフの少女に目を向ける。周りはこんな地獄になっているとも知らず、少女は眠っている。リオは少女が羨ましくて仕方がなかった。いっそ少女のように何も知らずに眠れたらどんなに良かったことか。


 敵兵はまた、死体を刺し始めた。リオは何度も真横を刺されて気がおかしくなりそうだった。


 いっそ、一か八かで走ろうか? いや、さっきの人達みたいに簡単に捕まるだけだ。


(このまま、じわじわと殺されるのを待つくらいなら、いっそさっさと気づかせて殺された方が良い)


 そんな考えが頭をよぎる。


(皆、死んだ。エリカもグロックも、ナヤもゼフもリリスもフィンも他の子供兵もみんな......。俺だけ生き残ったって何になるんだ)


 しかしその時、ふと耳に声が聞こえてきた。


《リオはきっと本物の王子様。だから、この世界を平和な世界に変えて、皆が幸せになる国にしてくれるんだよ》


 それはもう決して会う事ができない、死んだ仲間の声だった。リオは走馬灯のように昨日の『自分の事を話す日』を思い出していた。皆と語り笑った大切な時間だった。


 その時、リオは、信じられない光景を目にした。


 金色に光る粉が舞い、虹色に輝く花々が咲き誇る景色が目の前に広がっていた。


 ――妖精の国だ。


 水晶のような清らかな滝が、ダイヤモンドの岩肌を流れ落ちる。その周りには金や銀の葉を持つ木々が幻想的に柔らかな光を放っている。小さな妖精達が皆笑いながら、花から花へと軽やかに飛び交っている。

 そこでは、戦いや、いがみあいなどない。おこりんぼの妖精も恥ずかしがり屋の妖精も皆仲良く過ごしている。ユニコーンが小川で優雅に水を飲み、フェニックスが炎の巣で休んでいる。小さなドラゴンは妖精達と一緒に遊び、湖の岸辺に人魚が集まって歌を歌っている。皆が皆、互いの違いを愛していた。とても美しく、整った世界だった。


 リオは思わず手を伸ばした。手を伸ばしたら届きそう。でも届かない。いくら頑張っても指先は空を切るだけ。


 ふっと、妖精の国の幻影は消え去った。そして、また、目の前には無惨な死体の山が広がっていた。


 リオは胸がきゅっとつかまれたように感じてどうしようもなくなった。ただ、あの景色の美しさが恋しかった。この現実があまりにも醜い故に、なおさら恋しかった。


(俺は......ここで死ぬわけにいかない)


 リオはぐっと堪えて、死体のふりを続けた。


 やがて、敵兵達は去っていった。リオはほっとし、一筋の涙を流した。



(もう、いいかな......?)


 リオは、恐る恐る目を開けて首をわずかに動かす。あれから、死体回収の荷馬車に乗せられて、ここまで死体のふりを貫いてきた。上につまれた大人達の死体に押しつぶされそうになりながらも、なんとか耐えた。


(下手したらこれで死んでたかも)


 リオの周りには生きている者は見当たらない。操縦席に誰かはいるだろうが、荷馬車は大きく、死体の山でこちら側が隠れている。リオは慎重に死体をどけて、荷馬車の一番後ろの端に移った。荷馬車の前方の方に同じように死体を乗せた馬車が何台も連なっているようで、この荷馬車が最後尾だった。他の馬車からリオが見える心配はなさそうだ。更に、徐々に気づいた事だが、馬車の操縦者は耳が遠いようだった。従って、後ろの方で動いていても問題ないようだった。


 しばらくの間、リオは解放感に頭がぼうっとなる。新鮮な空気を腹いっぱいに吸った。死体の馬車は臭かったが、戦場とあまり変わらなく、慣れたものだった。


 思えば、あれだけ逃げたかった子供兵の戦場からついに脱出できたのだ。自分がこうして生き延びて逃げ出せる日が来るとは思ってもみなかった。子供兵を置いていった大人達はリオ達が全滅したと思っているはず。まさか自分を追ってくる事はないだろう。


 リオは今日、自由を手に入れたのだ。


 この後何をすればいいのか全く思いつかない。とりあえず、死ぬ程空腹な腹をどうにかしよう。でもその後は......?


(ん? ......あれ)


 リオは瞬きをした。偶然、さっきの少女エルフを見つけたのだ。リオは死体に押しつぶされそうになっていたが、エルフの少女は死体の山の天辺に横たわっていた。


(っていうか、眠ってるのか。まだ生きてたんだな、この子)


 少女の怪我の具合を見ると、何度も身体中を刺されたようだ。身体中血だらけで顔面蒼白だ。この小さな体でよく今までもったものだ。


(あれ......)


 リオは気付けば、彼女を手当てしていた。他の死体の服を破き、止血をした。


 リオは自分で自分の行動に驚愕した。


 別にリオに少女を助ける理由はない。助けた所で彼女は恐らく家族を失っているし、身体中酷い怪我を負っている。彼女を生かそうとする方が酷かもしれない。見ず知らずの少女の人生にリオは責任をもてない。それでも、リオは彼女に目覚めて欲しいと感じた。なんでもいい。目を合わせて、会話したい。呼吸を確認し、汗と汚れと血を拭ってやる。


(ああ、そっか)


 リオは心の中でぽつりとつぶやく。


(俺、寂しんだ)


 リオは死んでいった仲間の顔を思い出し、ズキリと胸が痛んだ。


(仲間の死を、俺はまだ悲しめたんだな)


 子供兵として過酷な環境を生き抜く中で、仲間との別れには慣れたつもりだった。子供兵から逃れられた喜びばかり感じているものと思っていた。だが、実際は仲間達を想い、傷ついている自分がいた。今は、異様なほどに人恋しくてたまらなかった。


 やがて、エルフの少女は目を覚ました。


「よっ」


 リオは澄ました顔を作り、軽快に手を振った。

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