130.リオの過去3
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リオの昔話が終わり現実に目を向けると、途端に戦場の光景が蘇る。鉄と血の匂い、耳をつんざくような悲鳴、散乱した手足、川で流れる大量の死体。うんざりだ。死ぬまで、死と隣り合わせ。いっそ死んでしまった方がましかもしれない。
リオは戦場が嫌いだった。
「大人達ってほんと、アホだよね。種族が違うってだけで何を争う事があるんだろ」
ぽつりとフィンがつぶやいた。気づけば他の子供達も眉根を寄せて下を見ていた。
「ほんと。もしこの世から大人達がいなくなって僕らだけの世界になったらこんな風にならないのにね」
今日は戦に勝利した。だが、子供達にとっての喜びは、勝利でなく生き延びられた事にある。しかし、また明日にはどこかの戦場に連れてかれる。病気や怪我をしてもまともな治療は施されない。逃げればチームの皆が殺される。そもそも大人達の目を掻い潜って逃げられた子供はいない。永遠に前線から逃れられない。死ぬまで強制的に戦わされるのだ。
リオは今まで、何度も色々なチームに入り、そして、何度もチームの全滅を経験した。リオは、子供兵になってから剣の腕も戦略も大人顔負けの才能を発揮した。おかげで、リオが所属したチームはどのチームも長命だった。それでも、前線で戦わされ続ける子供兵の環境は酷く、周りの仲間達は次々と命を落としていく。チームが全滅しても、リオだけは命からがら生き延びてきた。
リオは何度も仲間と別れる悲しみと自分だけ生き残る罪悪感、そして戦の恐怖を経験した。
その内に、リオは慣れていった。少しずつ心が冷たくなるのを感じた。そんな自分が一番怖かった。
(もしあの時、母さんと一緒に野垂れ死ぬ事を選んでいたら、俺はこの地獄を味わわずにさっさと死ねたんだろうな。......俺は、あの時の選択を後悔しているのか?)
リオは目の前の少年少女を見渡した。彼らの不安気な表情を見る。
今のチームは今までのチームとどこか違っている。このチームは色々な種族がいるにも関わらず強い絆があった。皆が皆互いを思いやり、リオを中心に一丸となっていた。子供兵史上最も長く生き残った最強のチームとして尊敬を集めていた。
それでも皆、リオより子供兵歴が少ない。彼らの表情を見ると、リオは自然と表情を和らげた。
リオは立ち上がった。
「ねえ、皆、王子様と妖精のおとぎ話って知ってる? 母さんが聞かせてくれた話。妖精の国は誰も想像できない程美しい場所なんだ。だからさ、ほら、見て。きっとあそこに妖精の国があるんだよ」
リオの言葉に子供たちは顔を上げる。リオの指さす方向は夜空だった。夜空はまるで宝石のように月も星も煌めいている。子供達はその美しさにまるで今初めて気づいたように、あっと口を開けた。
「きっといつか、この国も、世界も、妖精の国みたいに美しい場所になるよ」
リオは自分の言葉に違和感を感じた。
――「きっと、なる」。なんだか、全てを誰かに頼っている気分だった。その誰かはこの世のどこかにいるのだろうか?
......いいや、違う。きっと、自分だ。自分がそう願ったのなら、最初に動くのは自分だ。全ては自分の選択なのだ。母を捨てたのも、盗みをして食いつないだのも、最終的には子供兵になったのも、全て自分の選択だ。母の元から走り去ったあの日から、リオは人生を選んできたのだ。
「俺が、この世界を、『妖精の国』にする」
少年少女が目を見開いて、リオを見た。
「俺は生きづらい世の中が嫌いだ。醜く非合理的で理不尽な世の中が大嫌いだ。戦のない世界。このチームみたいに、異種族に壁はない。皆がお互いにお互いの違いを認め合って平和に過ごせる世の中にするんだ」
リオの言葉は、戦場の闇を切り裂くように響いた。ゼフが目を輝かせた。その目には、久しく忘れていた希望の光が宿っていた。
「リオならきっとできるよ!」
「そうよ!」と呼応するように、ナヤが立ち上がる。
「私、思ったんだけど、リオは本当は王子様なんじゃないかな」
「え?」
「リオは王子様! だから、この世界を本当に変えられる!」
リオの驚きの声に、ナヤはさらに熱を込めて話し始めた。
「だって、お父さんの顔わかんないんでしょ?」
「いや、それは......」
「なんかお母さんが色々理由言ってたのかもしれないけど、本当に本当は、マリア様の王子様は生きていて、それがリオだったのかも! だってリオと王子様って瓜二つなんでしょ? 王子様が死んだって事にすれば、お城のけんりょくあらそい? とかで都合よくなるから、こっそり使用人が育てる事にしたとか!」
ナヤの想像力豊かな物語に、他の子供たちも引き込まれていった。彼らの暗い現実に一筋の光を投げかけるようだった。
「それか、本当にリオのお母さんの言う通り、王子様の生まれ変わりなのかも!」
「ありえないよ」
リオは慌てて首を振った。
「でも、そういうおとぎ話があってもいいでしょ。リオはきっと本物の王子様。だから、この世界を平和な世界に変えて、皆が幸せになる国にしてくれるんだよ」
リオは一瞬、言葉を失った。
が、やがて少女の純粋な瞳を見る内に、柔らかく微笑んだ。
「......ああ、そうだね。うん、ありがとう」
その時、ふとフィンが何か思い出したように顔を上げた。
「あ、そういえば、明日ってリオの誕生日じゃない?」
「え! そうなの!?」
「おーよく覚えてたな」
「いくつ?」
「13」
「ははっ、見えねー!」
「リオ、大人びてるからなあ」
リオの誕生日の話題になり、子供たちの声がにわかに活気づいた。
「お祝いしなきゃっ」
「別に良いよ。適当で」
リオはさらりと答える。母の元から去ってからずっと一人で生きてきた。そんな人間が今更誕生日を誰かに祝ってほしいとは思わない。
「なーに言ってんだよ。ここにいる皆、最低一回はリオに命救われてんだぜ? 誕生日くらい盛大に祝わせてくれよ」
「そうよ! 私達何も持ってないけど、うーん、なんかダンスとか歌とか......なにかしてあげる!」
「僕は......えっとええと......い、一発芸とか......?」
「ははっ期待して待ってるよ」
リオは自然と弾むような笑みを浮かべた。