127.夢のように甘くて臭い場所
孤独の中で途方に暮れた王子様は、やっと妖精の姿を見つけることができました。
「こんなところにいたんだね」
王子様はとても喜びました。しかし、妖精が振り返ると、妖精は大粒の涙を流しました。
王子様は驚きました。妖精が何故泣いているのか分かりません。
妖精の涙は次第に川になって、王子様を流してしまいました。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
王子様は遠くへ遠くへ流れていきます。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。臭い。甘い。痛い。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。臭い。甘い。痛い。
暗闇の中、問いだけが、まるで川の流れのように王子様の心を流れていく。
――夢とは何か?
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
――美しさとは何か?
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
――それは永遠に届かない。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
――永遠に恋焦がれてしまう。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
――死とは何か?
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
――それもまた永遠に届かない。
深い闇の中、漂う意識の中で、第四王子アーサーの声が王子様の耳に届く。
「第3の試練は、『投票』だったんだ」
アーサーの声が、闇の中で反響する。その言葉は、王子様の心に冷たい刃物のように突き刺さっていく。
「平民を含めた国民全員が誰が王位にふさわしいか投票するんだ。王都に俺達がいる必要がない理由がわかったろ? 俺達はこれまでの行いを評価され、結果をただ待っていれば良いだけだったのだから」
見えているわけではないが、アーサーの勝ち誇った表情が頭に浮かぶ。
「――結果は、お前の惨敗だったよ。第3の試練では一番票の少なかった者を脱落させる。つまり、レオナルド殿......いや、レオナルド、お前は『王選び』から脱落したんだ。お前も金獅子の団も全員、今日限りで平民になる。王子の俺が平民のお前達をどうこうしようと誰も止められない。素敵なショーの始まりだ。......ひひッ馬鹿な愚民共だ。あれだけ支持していた金獅子の団がこの所敗戦が続いたというだけで批判する。更には俺が根拠もない証言で一時的にお前達を拘束した事で、瞬く間に悪い噂が広まっていった。おかげでレオナルド殿の評判は地に落ちた。皆、金獅子の団の悪口を言いたくてたまらない、期待を裏切られたと嘆きたくてたまらない。本当に馬鹿な愚民どもだ」
王子様は何も答えない。ただ黙って少年の冷たい笑い声を聞いている。
「そうだ、最後にひとつだけ。あの修道女だがな。俺はあの女に虚言を強制させてないぞ。証言に対する謝礼もしていない」
その言葉とともに、王子様の脳裏に修道女の姿が浮かび上がる。彼女の声が、まるで幻聴のように聞こえてくる。
《本物の王子様は、澄んだ青い瞳のお方でした! アーサー殿下や陛下と同じ青。あのような、悍ましい血のような赤色ではございません! あの方は本物のレオナルド王子ではございません!》
「いるんだよな、ああいう輩は。無為な自分の人生に辟易とし、ある事ない事言いふらして周りから注目を浴びようとするんだ。あの女でなくとも、誰かはなりたかったはずだ。『あの金獅子の団を蹴落とした英雄』っていう奴にな。俺はそんな馬鹿な平民の一人を利用しただけだ。これでわかっただろう? 馬鹿な平民は王族が管理しなければならない。お前のような半端な存在の出る幕はないんだ。......じゃあな、負け犬。次に会う時はお前は死体だろうな」
少年の言葉はそれを最後にどこか暗闇の中へ消えていく。
暗闇は再び静寂に包まれる。次第に、王子様の頭に再び、修道女の言葉が蘇る。
《本物の王子様は、澄んだ青い瞳のお方でした! アーサー殿下や陛下と同じ青。あのような、悍ましい血のような赤色ではございません! あの方は本物のレオナルド王子ではございません!》
《あ、あの女が? とんでもない!》
《たしかにマリア様はとても心優しい素晴らしい方でした。一度しかお会いしませんでしたが、あのように素晴らしい方がこの世にいるのかと感激したものです。それに引き換え、使用人の女......メアリーでしたっけ? あの女はなんと容量の悪いことか。彼女のせいで何度お産に失敗しそうになったかわかりません。更には女だと言うのに血を見ただけで卒倒する意気地のない使用人でした。あの女が一人で産婆なんて務まるわけがありません! だからこそ、私が呼ばれたのです。レオナルド王子がこの手で無事お生まれになって、そしてマリア様と同じ美しく澄んだ青い瞳である事に気づいたとき私は大きく胸を打たれました。今でもよく覚えています!》
(......そうか)
暗闇の中、王子様は静かに口端を吊り上げた。
(......本物のレオナルド王子は、青い瞳だったのか)
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。
(いつから、俺は自分の嘘に騙されていたのだろう)
問いかけとともに、王子様の意識は更に深い闇の中へと沈んでいく。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。臭い。甘い。痛い。
どんぶらこっこ。どんぶらこっこ。臭い。甘い。痛い。
......
............