101.濡れ衣を着せられるルーナ(3)
遡る事少し前。
アーサーが計画の成功を喜んでいた時、こんこんとノックの音がした。使用人が入ってきた。
「アーサー様。急ぎ、面会をさせていただきたいと、オルレアン公爵のご令嬢セーラ様が訪問されています」
「......ちっ」
さっきまで、口端を吊り上げていたアーサーの表情が曇る。オルレアン公爵から今回の騒動を聞き急ぎ駆けつけたのだろう。残念ながら幼馴染であるアーサーの体調を案じてではなく、リオの無実を訴えに来たに違いない。
「今は気分が優れないから面会できないと伝えろ」
「かしこまりました」
セーラと直接対面しなくても、彼女の焦る表情がまざまざと想像できる。
「......セーラ。今は辛いかもしれないが、俺と結婚すれば、直あんな男のことなんか忘れてしまうさ」
「――レオナルド様を解放しなさい! アーサー!」
バンッと勢いよくドアを開いた。アーサーはぎょっとして振り返る。中に入ってきたのは、セーラではない。アーサーと同じ赤い髪に青い瞳を持つ中年の女性だった。
「......は、母上?」
アーサの母親__エリザベス王妃だった。
「今回の件、どうせお前の策略なのでしょう? こんな小賢しい方法を使って、恥ずかしいと思わないのですか? 今すぐ、レオナルド様__レオナルドを解放しなさい!」
ピシャリとエリザベスが言い放つ。
アーサーは困惑した。会って早々、息子の具合も聞かず、突然リオの解放を求める母親の意図が理解できなかった。
「は、母上には関係ないでしょう?」
「やはり、お前の策略だったのですね」
「......否定はしません」
その言葉に、エリザベスは非難がましい目でアーサーを見た。
「母上もお聞きになったでしょう、第3の試練の内容を。一般教養のない愚民を含めた人気投票なんて馬鹿げている!」
「それが今回の件と何の関係があるというのです!」
「だから、これでは馬鹿な民衆が『なんとなく』やった投票のせいで私が『王選び』から落とされかねません。私はマーティンやレオナルドと比べれば、若く、この醜い左目がありますから。母上とて念願の王太后にはなれません。そうなる前に手を打ったのです」
「......」
アーサーの説得に、エリザベスの青い瞳が揺らいだ。
「......だからってレオナルドでなくとも良いではありませんか。マーティンを標的に据えれば......」
「何を仰っているのです。レオナルドの方が強敵なのですよ? 奴は人望が厚く、脅威的な頭脳と実力の持ち主です。マーティンのような小物より余程後に残しておきたくない相手です」
「でも、このようなやり方ではレオナルドの立場がなくなってしまいます!」
「......さっきから母上は何をそうご心配なさっているのですか? レオナルドは敵ですよ......?」
「良いからレオナルド様を解放しなさい。母親の言うことが聞けないのですか?」
ここで、ようやくアーサーはある事に気づいた。
――エリザベスはリオを庇っているのだ。
「......母上? なぜそんなにレオナルドを庇うのですか?」
「お黙りなさい! この母のいう事が聞けないのですか!」
「――――っ」
とうとう、エリザベスは声を張り上げて怒鳴った。アーサーは思わず絶句する。
アーサーの知る限り、母とリオは接点がない。
強いて挙げるならば、先日のダンスパーティーの時だ。その時はアーサーとエリザベスとで遠目にリオを見ただけだった。あの時アーサーはリオへの敵対心に囚われていて母の様子に気づかなかった。だが__
《母上、あれが平民にも関わらず王を目指す不届き者のレオナルドです。ですが、ご安心ください。今は目の上のたんこぶですが、所詮ただの平民。今後の王選びでいずれ排除いたします》
《......》
《母上......?》
《あ、ああ......。そうですね......あれが......レオナルド......》
《......?》
今思えば、あの時のエリザベスは頬が紅潮し、何かまばゆい物を見る目でぼうっとリオを見つめていたように思えた。
アーサーは嫌な予感がした。そういえば、最近、やけにエリザベスの化粧のノリが良い......というか、濃く派手になった気がする。ドレスも華やかな物をよく着るようになった。赤髪も艶やかに輝き、表情も明るい日が多くなった。10歳くらい若返ったようだ。
まるで、別人。
女がこれ程変わるのは、どんな時か?
――――恋......
アーサーはぶるりと身体を震わせた。
一国の王の妃が別の男に恋をするなどあまりにも恐れ多い。だが、あり得ない話ではない。年の差がある王とエリザベスの結婚に愛はなかった。おまけに今の王は、病を持ち痴呆症だ。そこに、金髪の美青年が目の前に現れれば簡単に心を奪われる事もある......かもしれない。
「母上......まさか、本気ですか......? 本気でレオナルドの事を......?」
「......何が言いたいのです」
「.....あいつは......セーラに迫っているのですよ?」
「......それは政略のためでしょう。心までは捧げていないはずです」
エリザベスの言葉は、ほぼ反射的に出た。まるで自分に言い聞かせるようだった。
そしてそれは、アーサーの疑問に対する答えだった。
「......」
アーサーは頭が真っ白になった。自分が殺したい程憎い相手に母親が恋をするなんて馬鹿げている。