78 もう一度
ユリウスからは、時間の魔法に関する様々なことを教わった。
それによって、クロエの操る魔法は更に磨きがかかった。
彼女は聖女の務めと並行して、貪り食うように時間の魔法の研究と修行を進めていったのだった。
彼女が特に興味を持ったのは、時間軸の移動だった。
ユリウスの話によると、時を司るアストラ家の末裔は時間を移動できるらしいのだが、その原理は未だに不明だと言う。過去の文献をあたっても、はっきりとしたことは分かっていなかった。
確かなのは、過去へ遡った人物は、なにかしらの「強い想い」があったこと。
それにプラスして、一族の中でも高い魔力と、他になんらかの外部からの力が奇跡的に重なって、時間の逆行が可能になるようだった。
クロエの母親は、おそらく一度、過去へと遡っている。
それは彼女の記憶にある母の瞳が証明していた。
アストラ家の血を引く者は、片方の瞳の色素が若干薄くなる。彼らは生まれたときから左目が薄色のオッドアイで、時間軸を移動した際に位置が入れ替わるそうだ。
クロエが時を巻き戻したことにより、ユリウスの瞳の色は位置が変わっていた。
そして母は、物心つく頃には既に逆位置になっていたのだ。
これは、きっと母は既に一度逆行したに違いない。
だが、その理由や方法も、まるで見当がつかなかった。
母は、父との政略結婚によって、かなり不遇な目に遭っていた。
子を産むだけの道具にされ、生んだ子供に魔力がないと分かると、途端に冷遇された。
夫は外に女を作って、本妻と実子はずっと放置されていたのだ。
それはとても辛い境遇だと、クロエは思った。
こんなの、自分なら耐えられない。
しかし、それでも母はパリステラ家にいて、いつも自分に微笑みかけてくれていた。
仮に逆行したとして、もう一度こんな辛い生活を味わいたいと思うだろうか。自分だったら絶対に嫌だ。
(もし私がお母様で、もし時を遡れるのなら、再びお父様と結婚の道は選ばないでしょうね……)
そうなると、母はパリステラ家の境遇以上に過去に辛い目に遭ってきた経験がある……と考えるのが妥当だろう。
きっと、あの薄遇以上の出来事が、母に起きたのだ。
それで時間軸を戻って、やり直して、
(また父と結婚した……?)
考えれば考えるほど不可解だった。
母の意図が、全く見えない。
そこでクロエは、母の実家について調べることにした。
だが、既に生家は断絶。母の両親も嫡男である弟も、事故で死亡。屋敷も潰されて、なにも残っていなかった。
それは帝国の皇子が調査しても、少しの手掛かりも見つからなかったのだった。
しかし、一つだけ残ったものがあることにクロエは気付いた。
それは、母から娘に託されたペンデュラムのペンダントだ。
母は「代々伝わる宝石」だと言っていた。そして、母の家門の人々の魔力が詰まっている、とも。
早速ユリウスに調べてもらったら、太古の魔石に時の魔導士たちの魔力が蓄積されているものだと分かった。
彼も、母から託された同じような指輪を持っているらしい。しかし、それはクロエの持つペンデュラムほどの大きな魔力は内包されていないようだった。
やはり母は、このペンデュラムを利用して、時を逆行したのだと確信した。
その条件を見つけようと、クロエは必死になって研究を続けた。
全てを終わらせて……母に今度こそ幸せになってもらうために。
あの日以来、クロエとユリウスは会っていない。
彼は何度かパリステラ家に赴いたのだが、彼女は面会を拒否していた。
きっと、彼の顔を見たら気持ちが揺らぐかもしれない。そう思うと、会うのが怖かった。
彼女は聖女の仕事のときも、過剰に護衛を付けて彼を近付けさせないようにしていた。
帝国の皇子の権力を行使したら、小国の侯爵家の脆い盾なんて簡単に破壊できるだろうが、ユリウスは無理に動こうとしなかった。
彼は、クロエの気持ちを優先したかったからだ。
復讐はまだ残っている。それを強引に止めるのは、却って彼女のささくれ立った心をもっと荒らすのではないかと危惧したのだ。
なにより、これ以上彼女を刺激して、苦しめたくなかった。
そして……怖かった。
◆◆◆
「お父様、具合はいかがですか?」
「おぉ、クロエか。済まないな……」
「いいえ。早く元気になってください。お食事をお持ちしましたわ」
ロバートは、クリスとコートニーの脱走以来、日に日に心が荒んでいっていて、最近は健康を害して床に臥すことが多くなった。
もはや王都にはパリステラ家の居場所なんてどこにもなかった。
魔法大会の不正、闇魔法の使用……そして、脱獄。王家からの家門の信頼は地に堕ちて、今では下級貴族以下だ。
なによりも魔力を重んじる彼にとって、家門から出た魔法に関する醜聞は屈辱だった。
「……まだ、挽回はできます」
クロエは、そんな苦悶する父を励ますように、力を込めて言う。
「挽回なんて……」と、ロバートは自嘲する。
もう全てが後の祭りだった。いずれ来る家門の降格や……最悪、取り潰しの話を待つだけだ。
娘はすっと姿勢を正してから、
「お父様、私たちはまだ侯爵家の身分です。高位貴族なのです。ですので、半月後の建国祭の儀式への出席が叶いますわ。そこで、見せ付けてやるのです。パリステラ家の国家への忠誠と……魔力を!」
凛とした声で言った。




