76 二人をどうしても許せませんでした……!
※人権無視の不快な描写あり※
「継母と異母妹が逃げただって?」
信じ難い情報に、ユリウスは目を白黒させた。
「そのようです」側近のリチャードは深刻そうな顔で頷く。「間諜によると、メイドが今朝がた牢に食事を運びに行ったら、忽然と消えていたとか」
「王がお怒りで厳重に警備をしていたのに……脱走なんて可能なのか?」
パリステラ家の次女の二度目の不祥事、おまけに高位貴族の闇魔法の使用という国家への裏切り行為で、国王の怒りは凄まじいものだった。
見せしめとして、王都の広場で大々的に処刑を行えと命令を出したのも王自身だ。
だから、逃がすことなど絶対にあり得ないと思うのだが……。
「警備兵も全く気付かず、脱走の痕跡も残っていないようです。彼らは口を揃えて『まるで時が止まったようだ』と……」と、リチャードは戸惑った様子で言った。
「時が、止まっただと…………まさか!」
ユリウスはがたりと勢いよく立ち上がる。心当たりはあった。
おそらく……いや、ほぼ確実にクロエだ。彼女が裏で糸を引いているのは明白だった。
一体、なんのために?
嫌な予感が頭をよぎる。
きっと彼女は……処刑などという生ぬるい罰では許さないからだろう。それほど継母と異母妹を憎んでいるのだ。
彼女の胸の中の憎悪の炎は……今もまだ燃え続けている。
「出掛けるぞ」
「ど、どちらへ!? もう夜になりますよ」
「伯爵家の邸宅だ!」
ユリウスは急いで執務室を出る。
なにか胸の中で引っかかっているものはあった。しかし、復讐においての手札の一つなのだと深く考えないようにしていたのだ。
己の予測が正しければ、脱走した二人も……そしてクロエも、レイン伯爵令息と一緒にいるはずだ。
以前、二人一緒に伯爵家に赴いたことがあった。
あのときは、てっきり闇魔法組織を壊滅するために向かったのだと思っていた。だから、帝国側としても状況を把握しておきたいと、彼女の護衛も兼ねて同行したのだ。
しかし、彼女は「闇魔法を暴露されたくなければ自分に従うように」と、令息を脅し付けていた。
不可解に思って理由を訊いたら「継母を陥れるカードとして残しておきたい。だから少しだけ待って欲しい」と、彼女は答えた。
それならばと彼も承諾して、この件はクロエに一任していた。
きっと、継母と組織を一網打尽にする計画を立てているのだろう、と。そして、確実に処刑へと向かわせるように。
それに無事に処理できたら、彼女の功績にもなるので、家門の恥も少しは相殺できるかもしれない。
……そんな風に楽観的に考えていた。
だが、
もしそれが、自分の思い違いだったら?
「っ……」
胸騒ぎが、彼の心にとぐろを巻いて、急き立てた。
◆◆◆
「素晴らしい……! まさに生ける芸術品!」
新しい作品を前にして、レイン伯爵令息は興奮を隠せなかった。このような素晴らしい品は見たことがない。
人間の剥製は、その製法から、どうしても人形のように硬質になってしまう。これは、永遠の美しい姿を保つために、仕方のないことだった。
しかし、新たにコレクションに加わる眼前の二体の剥製は、どうだろうか。
まるで生を受けているかのように血色が良く、肌も弾力があって、しかも体温を感じる。
さながら眠りについている人間そのものだ。
「……まだ術は完成していないので、扱いには気を付けてくださいね」
「もちろんです」伯爵令息は満面の笑みを浮かべて「……しかし、まさか聖女様も闇魔法を嗜んでいるだなんて、とても驚きましたよ」
聖女が屋敷に訪ねて来たときは、心臓が止まるかと思った。
なぜなら、彼女には魔法大会で自分が闇魔法を使用していることを知られてしまったから。
このまま騎士に突き出されるのかと戦々恐々としていたら、彼女は意外な取引を持ちかけて来たのだ。
「この秘密を口外しない代わりに私の計画に協力をして欲しい」……と。
彼は二つ返事で快諾した。
闇魔法や人間のコレクションの事実が露見すれば、自分や家門はどうなるか分からない。犯罪が白日の下に晒された貴族の第一号として、見せしめに苛烈な罰が待ち受けているのは間違いない。
それだけは、なんとしてでも回避したかった。
それに、彼女はどうやら自分のことを悪いようにはしないようだったから。
……おまけに、聖女も闇魔法を扱うという衝撃の事実。
いざとなったら、先にこの件を暴露して、彼女のほうを国に売ればいい。
そんな水面下の打算で、彼らは協力関係になったのだ。
クロエはにっこりと微笑んで、
「聖女として光を司るには、反対側も知っておかないとなりませんの」
「それは研究熱心だ。それにしても、素晴らしい……」
伯爵令息は再び目の前の作品を眺めた。
見れば見るほど吸い込まれるようだ。本当に生き生きとしている。微かに感じさせる鼓動が艶めかしい。
願わくば、己も聖女の操る魔法を習得したいところだ。
これは、剥製を超えている。まるで、ここだけ時が止まっているように。まさに……闇魔法の革命!
クリス・パリステラとコートニー・パリステラの剥製は、生前よりもうんと魅力的に映った。
「あとは――」
作品に見入っている伯爵令息にクロエがそっと声をかける。途端に彼は我に返って苦笑を浮かべた。
「すみません、あまりにも感動してしまいまして」
「いえ……。あとは、月明かりを一晩浴びれば術の完成ですので。……しかし、よろしかったのですか?」クロエはちらりとコートニーを見やる。「もう少し痩せさせてからのほうがいいのでは……?」
コートニーは、地下牢に押し込まれたせいで、自室に監禁されていた頃よりは痩せ細っていたのだが、それでもまだふくよかな体型だった。
「あぁ、それは構いません。そういう趣味の紳士も意外に多いのですよ?」と、伯爵令息は意味深長に片目を瞑る。
「そうですか。……では、最後の仕上げといきましょう」
クロエは湧き上がる嫌悪感をおくびにも出さずに、にっこりと微笑んだ。
二人は、伯爵家の中庭へ向かって、静かに歩きはじめる。




