70 二度目の決別が訪れました!
馬車は、酷く乗り心地が悪かった。
国で一番美しく整備されている王都の石畳の上を走っているのに、ガタガタと激しく揺れて、固い木の上の臀部がひりひりと痛んだ。ツギハギだらけの幌は、強風を受けて吹き飛んでいきそうだった。
スコット・ジェンナー元公爵令息――今では平民となったただのスコットは、これまで乗ったこともない粗末な馬車の中で、じっと耐えていた。
◆
スコットは取り調べに対して、洗いざらい白状した。
魔法大会における魔石を使用した不正行為は、全て彼が一人で企てたそうだ。
魔法が使えないコートニーを優勝させて……彼女との婚姻を認めてもらおうと考えていたらしい。クロエとは、婚約を解消して。
スコットとコートニーは愛し合っていた。
しかし、彼は既にクロエと婚約を結んでいる。
彼の婚約者にはなんの瑕疵もないし、それどころか聖女として人々から尊敬の念を集めている。品行方正で、不貞をしているわけではなく、婚約解消をする理由なんてどこにも見つけられなかった。
そこで、彼は考えた。それなら、異母妹のほうも異母姉に負けない功績を上げればいい。魔法大会はそのきっかけの一つだった。
まずは聖女として名高い姉を打ち破ってから、妹の実力を周囲に知らしめる。
そして、優勝者への国王陛下からの褒美として、クロエとスコットの婚約解消――及び、新たにコートニーとスコットの婚約を願い出るつもりだった。
だから、なんとしてでも、この試合は優勝しなければならなかったのだ。
そのために、彼は家門の魔石を使った。
――という、真っ赤な嘘を、さも事実のようにスコットは告白した。
大会当日の状況と照らし合わせると整合性が取れたので、当局は彼の自供を公式に認めて、判決が下された。
ジェンナー家の屋敷の捜査の結果、今回の事件は嫡男スコットの完全な単独犯と断定。公爵と公爵夫人の無実が証明された。
公爵家は建国時からの王家の忠臣で、これまでの国への貢献や功績は計り知れない。
なので、処刑は免除され、侯爵位への降格のみの処分となった。
同じく、パリステラ家も捜査の結果、次女コートニーの当日の行い以外は特に問題もなかった。クリスは闇魔法の痕跡を上手いこと消していたようだ。
当然、クロエも潔白が証明されて、魔法大会の優勝者となる予定だったが、彼女は異母妹の不始末を理由に辞退。今大会は、優勝者なしの非常に後味の悪い結果になってしまった。
コートニーは、まだ判断力のない未成年が公爵令息に言われるまま不正を行ったとして、処刑は免れた。
しかし、反省を促すために半年間の自宅軟禁、外部との接触禁止となった。
更に、コートニーのみ今後は王族と関わることを禁止され、王族に関わる施設や行事も出入り禁止になった。
よって、デビュタントの国王への挨拶は果たせなくなり、そうなると社交界ではもう生きていけない。
だから事実上、彼女は貴族として抹殺されたも同然となってしまった。
これには母クリスが大激怒して抗議をしたが、「処刑されないだけ良かったと思え」とロバートが一蹴した。彼は処刑はもちろん、爵位の降格もないことにひたすら感謝した。
そして、出来損ないのうえ、更に王家に対して背信行為を行った恥知らずの娘の処理をどうするか、頭を悩ませていた。
コートニーは最初から最後まで無実を訴えていた。これは異母姉クロエに仕組まれたものだと。
しかし、どんなに彼女が声高に主張しても、証拠もないし、逆にスコットの供述のほうが辻褄が合うので、誰も取り合ってくれなかったのだ。
彼女は自室から一歩も出られず、そのストレスを発散するかのように、毎日大声で怒鳴ったり物に当たったりして、使用人たちの悩みの種になっていた。
そんな娘に対して、父親と母親の意見は衝突し、パリステラ家の空気は日に日に悪くなっていった。
「ご機嫌よう、レイン伯爵令息様」
クロエは次の準備に取り掛かろうと、ユリウスを同行して伯爵家にやって来ていた。魔法大会で密かに闇魔法を使用した令息の屋敷である。
嫌な予感をひしひしと感じて、美しい顔を強張らせている彼を嘲笑うかのように、彼女はにっこりと微笑んで要件を伝えた。
「あなたの素晴らしいコレクションを見せていただけないかしら?」
◆
馬車は、王都を離れていく。
見慣れた景色も、今後は二度とお目にかかることはないだろう。
スコット・ジェンナー元公爵令息は、今回の全ての責任を取って貴族籍を剥奪、そして国外追放となった。
クロエ・パリステラ侯爵令嬢とはジェンナー家の有責で婚約破棄だ。
今は己と同じ身分の、平民たちの笑い声が聞こえる。
近い将来、公爵位を受け継いで、国の中枢から彼らを守る政策をふるおうと考えていた。妻のクロエとともに、国の繁栄へと貢献していこうと胸を踊らせていた。
しかし、自分はもう、この国の国民ですらない。
「っ……!」
そのとき、ぼんやりと外を眺めていた彼の瞳に、思わぬ人物の姿が飛び込んできた。
それは、クロエ・パリステラ――かつての自身の婚約者だった。
「クロエっ!」
思わず、馬車から身を乗り出す。すぐに兵士に制止されて、馬車の中へと引きずり込まれた。
たしかに、クロエがそこにいた。
彼女は、怒りを滲ませているわけでもなく、かと言って悲嘆に暮れているわけでもなく、ただ無表情で、表層になんの感情も持たずに馬車を見つめていた。
枯れたはずの涙が、またもや頬を伝った。
自分は、どこで選択を間違えたのだろうか。
後悔の波は幾度も彼を襲って、胸がえぐられるようだった。
しかし、いくら懺悔しても、彼女の心はもう自分には戻らない。
ただ一つ、言えることは、
「クロエ……どうか、今度こそは幸せになってくれ…………」
馬車はまもなく王都を離れるところだった。




