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7 嘘をつかれました

(なにを言っているの、この子は……!)


 クロエは目を剥いて、固く握りしめた拳を震わせていた。むせ返るような激しい怒りが、彼女の胸にぼっと火を灯す。

 盗んだのはコートニーなのに。無断で人の部屋に入って、勝手に持って行ったのは異母妹なのに。


(それを……さも平然と嘘をついて…………)


 爆ぜそうな激情をクロエは胸の中にぐっと押し込む。そして漏れて来ないように唇を噛んで蓋をした。


(そうよ、侯爵令嬢が無闇に取り乱してはいけないわ。私の口からきちんと真実を伝えなければ……)


 クロエは気を取り直して顔を上げる。そして決然とした様相で婚約者を見た。

 こういうことは早く誤解を解いたほうがいい。時間がたつにつれて、掛け違えた糸は複雑に絡まっていくものだから。


「違うの、スコット。これには事情があるの。だから私の話を――」


「まぁまぁ! あなたがクロエの婚約者の公爵令息様?」



 奇しくも、そのとき継母のクリス・パリステラ侯爵夫人が顔を出した。

 彼女はにこにこと取り繕ったような笑顔でスコットを見ている。その作られた完璧な慈愛の表情は、獲物を狙っているようにもクロエには見えた。


「初めまして、侯爵夫人。私はクロエ嬢の婚約者のスコット・ジェンナーと申します」と、彼は新らしい侯爵夫人に一礼をする。


「ご機嫌よう。あたくしはクリス・パリステラ。この子たちの母親よ。……それにしても、スコット公爵令息様は素敵な方ねぇ。あたくし、一目見てどきどきしちゃったわぁ!」


「そんなことは――」


「でっしょう!? お母様ぁ! あたしもびっくりしちゃったぁ! お異母姉様に、こぉ~んな格好いい婚約者がいただなんて!」


「そうね。クロエが羨ましいわぁ」


「もうつ! お母様にはお父様がいるでしょう!?」


「あら、そうだったわね。――それで、三人揃ってなんのお話をしていたの?」


 クリスはクロエたちに許可も取らずにずけずけと椅子に座った。それは継子が腰かけていた場所で、彼女が弁解しようと立ち上がったばかりだった。

 クロエは二人の勢いに圧倒されて動けず、その場に立ち尽くしていた。

 母娘は彼女の存在なんてないように、スコットに話し掛ける。


「あのね、スコット様があたしのネックレスが素敵だって」


「あらぁ、良かったじゃない! このネックレスは、あたくしたちが屋敷にやって来た記念にクロエがくれたのよ」


「そうなの! お異母姉様には子供っぽすぎて似合わないからって」


「ち……ちがっ――」


 我に返ったクロエが抗議の声を上げようするが、母娘の怒涛の勢いに掻き消された。


「そうねぇ……。たしかに地味なクロエより、可憐なコートニーのほうが似合うわね。要らないからずっと箱に仕舞っていたみたいだし、丁度良かったわね」


 スコットの顔が微かに強張った。


「待って! スコット、これには理由が――」


「あのねっ、スコット様ぁ!」コートニーはクロエの婚約者の腕に絡み付く。「お異母姉様はね、あたしにドレスとか宝石とかいっぱいくださったのよ! 可愛いデザインのものは自分には似合わないし好みじゃないからあげる、って」


「へぇ……」と、スコットは冷淡な声音で答えた。


「違うわっ! 嘘をつかないで! このネックレスはあなたが勝手に持って行ったんじゃない!」


 初めての冷ややかな婚約者の姿に心を掻き乱されて、ついにクロエが叫んだ。

 するとクリスとコートニーは途端に悲しそうに視線を落として、


「あの……ごめんなさい。もしかして、要らないってコートニーにあげた装飾類の中に婚約者からのプレゼントもあったんじゃないの? 知らなかったとは言え、無神経に喋ってしまってごめんなさいね」


「お異母姉様……ごめんなさい…………。お異母姉様の言う通りに、あたしはてっきり要らないものかと……」


 平然と嘘を並べる二人に、クロエの怒りはついに怒髪天を衝いた。


「ふざけないでっ!! さっきから、あなたたち二人して嘘ばっかり! 私がいつコートニーに衣装や宝石をあげたのよ! 持ち主に断りもなしに持って行ったくせに! ちゃんと本当のことを言って!!」


 にわかに、コートニーの瞳からぽとぽとと雫が溢れ出す。


「お異母姉様、ごめんなさいっ! 言われてみれば……くれたんじゃなくて貸してくれただけのドレスもあったわね。それをいただいたネックレスと一緒くたにして、同じようにもらっちゃった気分になって、ごめんなさいっ!!」


「はぁっ!?」


「クロエ……あたくしからも謝るわ。たしか姉妹間で貸し借りをするって、取り決めたものもあるわよね。この要らないネックレス以外は」


「なにをっ――」


「もういい!」


 スコットの苛烈な声が、どろどろとした感情の混じった空気を引き裂いた。


 クロエたちははっと我に返って、水を打ったように静まり返る。彼の剣呑な様相が更に場を冷やした。



 しばらくして、


「……ごめん。気分が悪くなったから帰るね。今日は見送りも要らないから」


 スコットは静かに立ち上がって辞去した。


「っ……!?」


 ふと、婚約者同士の目が合う。

 にわかにクロエの全身を鳥肌が覆った。



 スコットの優しい瞳は……氷の膜が張っているように無感情だったのだ。



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