67 裏切り者の二人です!
濁ったような暗い雲が太陽を隠して、爽やかだった風が刺すように吹き、身体を冷やした。熱い試合にあんなに活気付いていた会場も、今は禍々しい雰囲気に包まれていた。
「っ……!」
拘束されたスコット・ジェンナー公爵令息が、荒々しく試合場に放り出される。彼の隣には、同じく縄で緊縛されたコートニー・パリステラ侯爵令嬢。
二人の前にはクロエ・パリステラ侯爵令嬢がさめざめと涙を流しながら、しかしハンカチの奥から冷たい眼差しで見下ろしていた。
「まさか、国王陛下への背信行為だなんて……」
「建国時からの名門であるジェンナー家とパリステラ家が、そんなこと……」
「陛下はどうなさるつもりだろうか」
「これは……最悪は処刑かもしれないな……」
「なにせ国王陛下の御前試合ですものね」
ひそひそとした囁き声が重なって、さざ波のように彼らのもとへ運ばれて来た。
スコットは羞恥心で思わず顔を伏せ、唇を噛んだ。コートニーはふるふると身体を小刻みに震わせながら、異母姉のことを憎々しく睨め付けている。
「やっぱり……」張り詰めた沈黙の中、クロエが口火を切る。「二人は、そういう関係だったのね……。それで、邪魔な私を陥れようと……」
「違うっ!!」
スコットはがばりと勢いよく顔を上げて、愛しの婚約者を見る。その双眸は、真実が映っているかのように澄み切っていた。
「僕は知らない! これは陰謀だっ!」
「で、でも……実際にコートニーがジェンナー家の魔石を持っていたじゃない!」
「だからっ、本当に知らないんだ……!」
「あっ」それまで黙っていたコートニーも口を開く。「あたしも知らない! どうせ、あんたがなにか仕組んだんでしょう!?」
クロエは目眩でふらついたように身体をぐらりと揺らして、
「そうやって二人してしらを切るのね。……私、あなたたちがこっそりと会っているのを知っていたわ」
「それは誤解だっ、クロエ!」
スコットは必死で訴えかけるが、婚約者は彼の目さえ見てくれない。
会場内は令嬢を中心に、スコットとコートニーの忌まわしい話題がみるみる広がっていった。
「やっぱり、わたしの勘違いじゃなかったのね。以前からおかしいと思っていたの」
「私、スコット様とコートニーさんが二人きりでいるところを見たことがあるわ」
「公爵令嬢のお茶会のときだって、スコット様とあの子は抱き合っていたわよ!」
「クロエ様は聖女として国のために頑張っていらっしゃるのに、二人はその間に浮気ですって?」
「最低だわ……」
疑惑と軽蔑の目が、スコットとコートニーをぐるりと取り囲む。
初めて浴びる痛いほどの鋭い視線が、スコットの胸を重く突いた。かっと身体が熱くなって、打ち震える。
「ちがっ……」と、彼は力なく抗議の声を上げた。
しかし、それは届かない。
にわかに目の前が真っ暗になった。
公爵令息である己の言葉を聞いてもらえない、信じてもらえないという未知の体験に、彼はただ項垂れるしかなかった。
「二人が愛し合っているのなら、私も潔く身を引こうと考えていたわ。……でも、こんな恐ろしい計画を考えていただなんて」
「はぁっ!? なに言ってるの!」
黙り込むスコットの代わりに、コートニーが大声を上げた。顔を真っ赤にさせて、ぎりぎりと歯噛みする。
悔しい。これ以上、この女にやられっぱなしでいるものか。絶対に無実を証明して、返り討ちにしてやる。
「あたしは魔石なんて使っていないわ! だって、そんなの使わなくても強いんですもの。たしかにスコット様とは愛し合っているけど、試合で魔石を使う話なんてしたことがないわ!」
彼女は勢い余って「愛し合っている」と、余計な一言を付け加えてしまう。それは全くの出任せだが、今の二人を取り巻く状況を顧みると、ますます不利に動くのに馬鹿なことを……と、クロエはほくそ笑んだ。
「コートニー、国王陛下の前でこれ以上嘘を重ねては駄目よ」と、素知らぬ顔で異母姉は言う。
「うるっさいっ!! 嘘つきはあんたでしょっ!!」
「ちゃんと自分の罪と向き合って? 可能な限り、私も精一杯のお手伝いをするから」
クロエはまたもや汚れのない美しい涙を流した。
婚約者と異母妹の裏切りを前にしても聖女はなんと慈悲深い……と、場内の同情が一斉に彼女に向けられる。
もう、コートニーとスコットに与する者は皆無だった。彼らの唯一の味方は、客席で騎士に囲まれて逆上しているクリス・パリステラ侯爵夫人くらいだ。
それでも、コートニーの怒りは止まらない。
「はあぁぁっ!? なに良い子ちゃんみたいなことを言ってんのよ! 全部あんたが仕組んだんでしょうっ!?」
「コートニー……なにを言っているの?」
「ふざっけんな! ブス!」
にわかに、ずっとへたり込んでいたコートニーは、渾身の力を込めて立ち上がった。
そして、
「死ねっ、クソ女っ!!」
右手にありったけの魔力を込めて魔法を――……、
「えっ…………」
彼女の手からは魔力の欠片さえも放出されなかった。
「ちょっ、ど、どういうことっ!?」
もう一度、魔法を使おうと試みる。しかし、何度やってもなにも起こらない。
体内の魔力の流れを感じようとしても……一滴さえも、残っていなかったのだ。
「なんで……なんで魔法が使えないのっっっ!?」
コートニーの大音声の金切り声が場内に響いた。




