49 三人で仲良くお茶会です!③
(さて、どうしようかしら……)
クロエは周囲をそっと見やる。一身に浴びる視線に苦笑した。
今の状況は五分五分だろうか。
でも、だんだんと旗色が悪くなっていくのを感じる。
貴族の中にはノブレス・オブリージュを重んじる者も多い。しかもまだ世間に揉まれていない若い貴族なら、なおさらだ。
最悪な状態に持って行かれる前に、早く手を打たなければ……!
「コートニー、ごめんなさい」
クロエの瞳からぽろりと大粒の涙が溢れた。そして周囲の同情を誘うように、大袈裟に嘆く。
「あなたがこんなに苦しんでいたなんて……私は最低な人間だわ……! 本当にごめんなさい…………うぅっ……」
今度は姉のさめざめとした泣き声が、場内に静かに響いた。異母妹とは違う聖女らしい控えめで上品な涙だ。
(そっちが捨て身の攻撃なら、こちらも恥を捨てるわ……!)
高貴な身分の者が人前で感情を露わにすることは、はしたないことだ。コートニーの嗚咽する姿も、本来なら「みっともない」と切り捨てられる行為である。
しかし、コートニーはそれを逆に利用して「可哀想な被害者」というポジションをたちどころに築き上げた。現に、彼女は悪くないのではないか……と思い直した貴族たちもいる。
ならば、自分はその上を行くだけだ。
もしかすると、パリステラ家の令嬢をひとくくりにされて評価が下がるかもしれない。
だが、自分たちはまだ未成年。少しの失敗など大目に見られる年齢だ。これからまだ十分に汚名は返上できる。
クロエは頬に涙を伝わせながら悲しげな視線を異母妹へ注いで、
「お互いに、誤解があったみたいね」
そっとコートニーを抱きしめた。
さり気なく、顎で彼女の頭を押さえつつ華奢な背中もかっちりと固めて、これ以上余計なことを言わせないように強く掻き抱く。
「私たち、二人とも互いに相手を気遣って、大切なものが見えていなかったみたい。あなたの言う通りに、私も異母妹と仲良くなりたかったの。でも、初めてのことだから、なかなか適切な距離が掴めなくて、こんな擦れ違いになってしまって……」
またぞろ、真珠のような美しい涙を流す。
途端に周囲のクロエへの批判的な感情も収まった。
「そうか、互いを想うあまりに擦れ違っただけなんだな」
「たしかに聖女が意地悪なんてするはずがない」
「クロエ様はなんてお優しいのかしら」
「妹のほうも意外に良い子じゃないか」
クロエが耳を澄ますと、場内の囁き声が肯定ばかりに変化していくのが分かった。ほっと胸を撫で下ろす。
これで、なんとか自分への批判を封じることができた。
あとは……不本意だが、公衆の面前で姉妹の和解の様子を見せ付けるだけだ。
「ねぇ、コートニー」クロエはぎゅっと異母妹の手を握りしめた。「本当にごめんなさい……。愚かな異母姉を、許してくれる……?」
「っ……!」
コートニーは目を見張って、一瞬だけ言葉に詰まった。腹が立って仕方がなかった。
せっかく周囲の空気を自分優位な流れに持って行ったのに、狡猾な異母姉はもう巻き返してしまった。
まさか、この女も自分と同じく泣き落とし作戦に出るとは。
しかも、今の状況では異母姉の謝罪を許さなければいけない雰囲気だ。下手に突っぱねたら、また「愚かな平民」という要らない称号を手にすることになる。
「そっ……」コートニーは唸るようにやっと声を出した。「そんな……謝るのはあたしのほうですっ! 本当にごめんなさいっ!」
(ええいっ、もうやけよっ! あとの作戦はお母様に考えてもらおっと)
仕方なく、異母妹は今回は異母姉に屈することにしたのだった。
「まぁっ、許してくれるのね? ありがとう」と、クロエの顔がぱっと輝く。
「えぇ! もちろん!」とコートニー。
笑顔の姉妹は、にこにこと微笑み合う。
端から見れば誤解がとけて絆を深め合った姉妹……そのものだった。
クロエは心の中で悪態をつく。
(最悪だわ……。これで、これから建前上は外ではこの子と仲良くしないといけないじゃない)
仮に、再び彼女が社交の場で異母妹のことを悪し様に言うと、今日の出来事を思い起こされて、その矛盾を突かれてしまうかもしれない。
そうなったら、慈悲深い聖女という看板が剥がれ落ちてしまう。だから、これからは仲良し姉妹を演じないといけないのだ。
(コートニーを社交界から追放する計画は練り直しね……)
これで、差し引きゼロ。己からは下手に手を出せなくなったので、今後の異母妹の社交界での評価は彼女次第というところだろうか。
もっとも、水面下では攻撃を続けるが……。
クロエは一度顔を上げて周囲を見てから、
「これからも仲良くしましょう」
もう一度、異母妹の小さな手をぎゅっと握りしめた。優しい姿を見せ付けるかのように。
「はい! お異母姉様! これからもよろしくお願いします!」
コートニーも笑顔で手を握り返す。異様に力を込めて。
(最悪だ。結局あの女を貶めることができなかったし、これから社交界ではあの女の悪い噂を広めにくくなるなぁ……)
二人の姉妹は「うふふ」と淑女らしくお上品に笑い合う。
周囲にも彼女たちの穏やかな空気が伝播して、ほんわりと温かい気分になった。自然と拍手が沸き起こる。
この場の誰もが、二人の本音を知る由もなかった。
スコットでさえも。




