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4 違和感は拭いきれませんでした

「うわぁ~っ! お異母姉様のお部屋、素敵!」



 新しい家族との挨拶が終わって、クロエが自室に戻って刺繍をしていると、矢庭にどたどたと激しい足音が聞こえて来た。

 なにごとかと顔を上げた折も折、ノックもなしに勢いよく彼女の部屋の扉が開いて、きらきらと子供のように瞳を輝かせた異母妹が踊るように入室してきたのだ。


「えっ、と……?」


 クロエはコートニーに声を掛けようとするが、異母妹は異母姉の存在など歯牙にもかけずにうきうきと部屋中を見て回っていた。興味深げに調度品を眺めたり、更には勝手にクローゼットを開けたりしていた。


「………………」


 クロエは青白い顔をして凍り付く。

 他人の部屋を無断で探るなど彼女の常識では考えもみなかったので、混乱してどう対処すれば良いかすぐには判断できずにいたのだ。


「こら、コートニー。はしたないですよ」


 クロエの思考が固まっていると、今度は父親と継母が仲良く手繋ぎをしてやって来た。


「えぇ~っ! だって、お姫様みたいな素敵なお部屋なんだもん! あたし、こっちの部屋にするわ!」と、コートニーはまるで自分の部屋かのようにとんとソファーに腰掛る。


「コートニー……ここはお姉様の部屋なんだぞ。お前にもお姫様のような可愛らしい部屋があるじゃないか。パリステラ侯爵家の令嬢の部屋なんて、王宮の次に豪華なのだよ」


「あんなの嫌! だって、こっちのほうが広いし、素敵だわ! ね、お父様、お願い?」


「ここはクロエの部屋だからさすがにあげられないよ。今回は我慢してくれ。な?」


「嫌ぁっ!!」


 コートニーはびぃびぃと大声を出して泣きながら、ソファーから飛び上がって父親の胸に縋り付いた。ロバートは困ったように娘を宥めている。

 侯爵令嬢の上品な部屋に似つかわしくないその混沌とした光景は、貴族は感情を表に出してはならないと教育されたクロエにとって酷く衝撃的だった。


 クロエは目を白黒させて、茫然自失と立ち尽くす。


(この子はなにを言っているの……?)


 他人の物を強請るなんて常識ではまずあり得ないし、そもそもノックもせずに人の部屋に入り込んで、あまつさえ人の私物を物色……?

 あまりの嫌悪感に、ふつふつと鳥肌が立って寒気がした。


「なんでよっ!」コートニーは泣き喚く。「お父様はクロエよりコートニーのほうが大好きだって言ったじゃないつ!!」


「コ、コートニー!!」


 ロバートはさっと顔を青ざめて娘の失言を咎めようとするが、徒労に終わった。

 コートニーは父親の腕の中で必死にもがきながら、


「お父様の嘘つきっ!! あんなに侯爵夫人なんかよりお母様のほうが綺麗だし、侯爵夫人の娘よりあたしのほうが可愛いし、それに世界で一番あたしたち母娘を愛してるって言ったじゃないっ!! 本邸にいたら妻と娘のせいで、息が詰まるって!」


「や……やめなさい!」


「嘘つき! 嘘つき嘘つき! お父様の嘘つきっ!! 妻も娘もとっくに愛情なんかなくて、ただ義務で置いてあげているだけだって言ってたのにっ!!」


 コートニーの大音声の金切り声が部屋中に響いた。

 それから重たい沈黙が背中にのしかかってくる。彼女の興奮と反比例するかのように、真冬のような冷たい空気が父ロバートと娘クロエの間に吹き込んだ。


(お父様は……やっぱり私たちのことを愛していなかったのね…………)


 薄々は気付いていたことだが、実際に口にされると胸を抉られるような鋭い悲しみがクロエを襲ったのだった。覚えず涙が出そうになるが、耐えた。


 ロバートは気まずそうに娘をちらりと見やる。彼女は涙目を父親に見せまいと顔を伏せた。


 侯爵はおろおろと視線を彷徨わせてから、


「そ……そうだ、コートニー! これからお前のドレスを買いに行こう! 欲しがっていた宝石も買ってあげるぞ! な?」


 猫撫で声で大事なほうの娘の機嫌を取った。


 するとコートニーはさっきまでとは打って変わって、にわかに顔をぱっと輝かせた。


「本当? お父様、本当?」


「あぁ、本当だとも。お前の好きな物をなんでもお父様が買ってやろう」


「やったわぁっ!」と、彼女はぴょんと兎のように飛び上がって、大好きな父親の腕に絡み付いた。そして、ぐいぐいと太い腕を大きく引っ張る。


「ねぇ、お父様ぁ~。早く行きましょう? あたしのドレスと宝石が売り切れちゃう!」


 彼女は異母姉の部屋が欲しいと強請ったことをすっかり忘れたかのように、るんるんと軽い足取りで出口に向かった。

 父も継母もクロエのことなんて眼中にないように、可愛い娘へのご機嫌取りで頭の中がいっぱいで、侯爵令嬢に対する無礼を詫びず、別れの挨拶もせずに出て行った。



 そのとき……、


 ふとクロエとコートニーの目が合った。


「っ……!?」


 ほんの一瞬だけだったが、異母妹の可愛らしいおちょぼ口に歪んだ笑みが浮かんだのを、クロエは見逃さなかった。




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