宿題デスマッチ・夏の陣
「改めて宿題デスマッチのルールを確認するよ」
高校二年生の夏休みが明けるまであと一日。そんな中俺たちは男三人で集まってある戦いを始めようとしていた。審判が説明を続ける。
「各自がやってきた夏休みの宿題のうち、絵、読書感想文、自由研究を対象として三番勝負を行って負けた方が焼き肉を奢る。そして勝敗についての審判はこの三森水貴が行う。以上」
「「よろしくお願いします」」
対戦相手の勇と俺は一緒に審判に礼をする。
この戦いはデスマッチと冠されるだけあって、リスクは大きい。だからこそ俺は真剣だった。勝利のための作戦もちゃんと考えてきている。ちなみに俺と勇は机を中心にして相対するように座る形を取っている。まあ机と言ってもここは学校では無く勇の家なので食事用のテーブルなのだが。
「さて二人とも準備は出来ているようだし第一戦を始めようか。好きな方から絵を提出してくれ」
審判の言葉によって宿題デスマッチの幕があける。俺がまだ様子を伺っているのに対して先手必勝とばかりに、
「じゃあ俺の方から出させて貰う。これだ」
と勇は美麗な絵が描かれた画用紙を提出する。それを受けて審判が評価を始める。
「なるほど、これは……夕日をバックにして父子が一緒に歩いている絵。クオリティも申し分なしだね」
勇は脳筋じみた名前に反して、絵を描くのが好きで美術部に所属している。美術部だから絵が上手いんじゃなくて、上手いから美術部にいるという様なタイプ。ただそれを加味したとして提出してきた絵は手が込んでいて、何度見ても飽きないとも言えるような高いレベルの絵だった。審判の高評価も頷ける。
――ただ、それでも予測通りだ。何も焦ることはない。
「さあ、智の絵も見せて貰おうか」
もはや自分の勝ちは揺るがないというような表情の勇。それに対して俺は余裕を崩さずこいつの驚く顔を想像しながら、ほらよっとまっさらな画用紙を提出した。
「なっ!?どういう事だ?はっ……お前、まさか!」
あまりにも不可解な俺の選択に最初は意味を測りかねているようだったがすぐ意図に気づいたようだった。
「そう、お前の想像通りだ。どうせ絵じゃあお前に勝てないからな。その分の労力を他の二つに回してやったぜ。絵?まだ下書きすらしてねえよバーカ!」
かつて中国でもこの方法を使うことで勝利した人がいたとかなんとか。あれは馬の三番勝負だったけど。
しかしそんな俺の合理主義的な作戦に対しては
「いや普通に夏休みの宿題を終えてないお前の方がバカだろ」
「お前そんなにバカだったんだな……」
と二人とも辛辣な反応だった。でもしょうがないんだそれだけこの勝負は重い……俺は人の金でタン塩が食いたいんだ……
「とりあえず勝者勇」
俺は棄権したようなものなので、審判は何のためらいもなく勇の勝利を宣言する。
そして間髪入れずに「それじゃあ次の読書感想文の勝負にいこうか」と俺たちに第二戦の準備を促す。
「さっきはふざけた真似をしやがって。この勝負でさっさと決めてやるよ。俺の先行!おらあ」
またしても先行が有利だと思い込んでいるのか、勇は俺よりも先に某カードゲームのような勢いで原稿用紙を机に叩きつけた。しかしそんな自信満々な所作とは裏腹に、
「うーん内容は正直普通かなあ。よくある感想文みたいな感じだ」
と審判からのリアクションは微妙なものだった。
「どれどれ」
俺も一読してみる。なるほど気持ちは伝わってくるけれど構成が雑だったり、流れが少し突飛だったりとあまりよろしくない文だ。まあこいつらしいといえばこいつらしい。
「お前も俺みたいに棄権しちゃったほうが良かったんじゃない?」
「そう勝負を急ぐな」
俺のプチ煽りに対して何故か全く余裕を崩さない勇。さっきの俺もこんな顔していたのだろうか。
「……俺の秘策はこれよ!さっき提出した絵との複合技!」
そう言うと、勇は役目を終えたはずの絵をもう一度取り出してきた。
複合技……まさか
「どういう事……?」
「……!!なるほど、さっきの絵はただの絵では無くて読書感想画だったという事か。それも感想文と同じ題材……「ぼくとお父さんの最後の夏休み」」
混乱する審判はよそに俺は瞬時に理解した。要するにこいつは読書感想文で取り上げた本を絵でも表現したという訳だ。自身の読書感想文の不完全さを絵のインパクトで上書きしようと考えたのだろう。
「そういうことよ智。審判、読書感想文をこの絵を見ながらもう一度見てみて下さい。さっきとは違う情感が湧くはずです……」
俺と勇の説明を聞いて審判もなるほどと納得してから
「確かに最初に見たときは駄文だと思った箇所が、絵と照らし合わせてみることで良文に見えてきた。なるほどこのシーンについて多く文章を割いているのはそのためか」
と評価を改めた。勇も上機嫌で俺に向かって
「長所で短所を補う、これが俺のやり方よ」
と言い放つ。それについてはとりあわずに
「まあ補足すると審判の好み次第で大負けもありうるけれど、アイデアとしては面白いし通るだろっていう目論見の上での策なんでしょうね」
と特に焦ること無く淡々と説明する。
「おいおい、何か余裕ぶっているけどお前はもうここで負けたら終わりなんだぞ?ここからどうやって――」
いつになくうざくて饒舌な勇の言葉を手で遮ってから、俺が書いてきた読書感想文を提出する。さて俺の方が二枚も三枚も上手であるという事を勇に教えてやるとするか。
「――俺が書いてきたのは「ぼくとお父さんの最後の夏休み」を読んでの感想文だ。つまり、お前が選んだ課題図書と同じ題材。俺もお前の書いてきたとかいう絵にただ乗りさせて貰おうかなあ!?」
「ば、馬鹿な!」
状況を理解した勇はさっきまでの余裕の表情を一変させた。
「おいおいおいおい、同じ本を扱っているならさあ、文章力の高い方がより心を打つよなあ!? さっきの絵をもう一回出してくれよ!俺の方がその絵を的確に表現出来ていると思うからさあ!」
してやったりという思いから、煽りの追い打ちをかける。俺はこの脳筋ゴリラと違って文章力に関しては秀でている方だ。なんてったって経験値が違う。中学生の頃から自分のブログを更新し続けているからな!……普段はあんまり役立たない趣味だけど。
「うん、全部読むまでも無くなんなら半分くらいまで読んだ感じ智の方が良い文章書いてる。勝者、智」
雰囲気のせいもあっただろうが、あっさりと審判が俺の勝利を認める。これで一対一だ。しかしまだ敗北に納得がいっていないのか勇は問いかけてくる。
「なぜだ……確かに課題図書自体は範囲は狭いから予想を当てられる可能性はあるが……シーンまでピンポイントで狙うのは難しいはず!」
「まあ、その通りだ。ただ、これに関しては種を蒔いているのはお前自身だ」
自己顕示欲ってのは恐ろしいよなあとヒントを告げると途端に心当たりが見つかったようだった。
「あぁあしまったいつもの癖でSNSに上げていたか……!久しぶりに長い時間をかけて描いたから思わず……」
「まあ、詰めが甘かったなドンマイ」
割とおもいつきの作戦だったのだけれど上手くいって良かった。大満足だ。
さて、一勝一敗でいよいよ最終戦だ。ここでの勝敗が焼き肉に直結する。
……でもちょっと思ったけどこれ勝負がヒートアップしすぎてこの後本当に二人で仲良く焼き肉にいけるのか?展開次第ではお互いが焼いた肉を奪い合う新しいデスマッチが生まれそうなんだけど。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、勇はさあ、最後の戦いといこうかと急かしてくる。
「えーそれでは最終セット自由研究、勝負開始!」
審判の方もとってつけたようなラストゲーム感を醸し出して、俺たちの最終戦が始まった。
「さて最後くらい俺が先行でいかせてもらう」
これまで受けに回っていた中で初めて先行を選択する。先行は負けフラグとか知ったこっちゃねえ!俺は鞄の中からA4用紙を三十枚ほどホッチキスで束ねたものを提出する。
「ぶあついな!なんだこれ」
俺の最終兵器のあまりの物量に二人は面食らったようだった。
「食品が健康に与える影響と、体脂肪、体重の変化について。――三十日分」
そして俺は勝利宣言のように自由研究のタイトルをコールした。
「うわっこいつ体重と体脂肪の推移以外にも、一日に摂取した食品を全部書き出してやがる……!しかも写真付きで。ついでに百グラムあたりの成分(厚労省より引用)まで網羅してる…… ラ〇ザップでも始めた?」
「努力は凄いけど知り合いの体重の体脂肪の推移という点に関しては微塵も興味がないかも。むしろ見たくないまである。これ何らかのハラスメントにならない?」
いや審判リアクションが唐突に辛口だなと思いつつ自分のアピールを付け加える。
「この自由研究は、夏休みの期間を贅沢に使った長編であり且つ健康増進という現代のトレンドにもマッチしていて更に実用性があるという三つの観点から優れた内容であると自負しています」
「まあ、確かにかなり力を入れてやってきたなあってのは分かるなあ。追い込まれてぎりぎりで終わらした感が微塵もないのは高評価だね」
面白さに欠けるのはネックだったが、それ以上に努力が伝わったようで安心する。これで勝利は確実なはず……!勇はリソースをほぼ絵に割いていただろうし自由研究はそこまで大がかりには出来ないだろう。
そう思いつい焼き肉で何を食べたいかを考え出し始めていると
「おいおいまだ勝負は決まっていないぞ。俺の自由研究はこれだ!」
と言って「絵の表現技法について」という表紙が見える十枚ほどの紙の束を机に提出してきた。絵……?評価すべく審判も手にとってからページをめくり始める。
「これは――、なるほど漫画の一コマを引用してどうしてこの構図なのかとかを解説する感じか。普段は全く意識していない部分に焦点を当てるのは面白い。そして親しみやすいから解説もすっと頭に入ってくる」
たいそう高評価のようだった。これはまずい。
両者の自由研究が出そろって、いよいよ判定が出るかとどきどきしていると
「……これはすぐに判定するのは難しいなあ」
と言ってうーんと審判はうなりはじめた。その間俺たちはヒマだったので感想戦を始める。
「あの絵、どのくらい時間かけたの?」
「三週間くらいかな?下書きに結構時間かかったかな。ていうかお前の感想文はどれくらいで書ききったんだ?」
「俺の方は三日くらいかなあ?大まかな出来は一日で、あとは推敲に二日くらいかかった感じ」
「マジで?俺は二週間くらいかかったぜ」
「お前は集中力がないからだろ。ああいうのは一気に勢いでやった方が良いんだよ」
勝敗が決した宿題についての話は穏やかなものだった。というかこれが本来の俺たちの温度のはずなのに、なんでさっきまであんな事に……焼き肉は人を狂わせる。
「決めた」
唐突に審判が叫びだした。次なる言葉を固唾を呑んで結果を受け止めようとする。しかし聞えてきたのは思わず耳を疑うような言葉だった。
「引き分け!」
「は?」
「は?」
二人して顔を見合わせる。
「いや、先生目線で考えれば智の勝ちなんだけど、俺の目線だとやっぱり勇の方が面白かったと思うんだよねえ」
理由はもっともなのだけれど、なんだか釈然としないものがあった。何故なら焼き肉の行方が不明になってしまったからだ。しかしそんな俺と勇の不安を打ち消すように、
「そこについては俺に良い考えがある、これを」
と勝負が終わってすっかり面倒見の良い先輩モードに戻った三森先輩が、なにやら文字が印刷された紙を俺たち二人に渡してくれた。
「なんだこれ……焼き肉割引券?」
「半……額……だと!?」
「これでちょうど良い折り合いがついただろ。まあ良い勝負を見させてもらったしそのお礼みたいなもんかな」
この前抽選で当たったんだけど使いどころがなくてさあ、と水貴先輩が付け加える。
まさかの結末に二人とも顔を見合わせる。
「先輩、一生ついていきます」
「先輩を審判にして正解でした」
「よし、じゃあこれから三人で焼き肉に行こうか」
こうして水貴先輩の機転もあって宿題デスマッチは無事お互い何も失わずに終わることが出来た。勇の言ったとおりこの人を審判にして正解だった。
ただ最高の一日を過ごした今日に反して俺は絵の課題が終わらず勇に泣きつくことになるし、勇も読書感想文の文字数がオーバーしていて俺と一緒に書き直す羽目になったというのはまた別のお話である。
1年前に描いた小説です〜