新サンポ戦争 後編
顕現したロウヒはダンジョンから鋼鉄のモンスターを呼び寄せていた。
大きな鷲鼻。浅黒い肌ならぬ、鋼鉄の肌。口元には乱ぐい歯。
姿は十年前と同じ約十二メートルの鋼で出来た巨像。
もはやダンジョンは成立した。誰にも止めることはできない。
『人間どもも力をつけたようだが、遅かったようじゃな』
主力はドラゴンになりつつある。陸上と空を制覇する、決戦兵器を量産可能にしたのだ。
『どれ。――なんだと。妾の領域にこれほどの力。まさかサンポか!』
集落地ロウヒからそう遠くない、白海で彼女が欲している秘宝サンポの力を感じたのだ。
『しかも白海に顕現しておきながら、逃げるじゃと? 馬鹿にしているのか。許さぬぞセッポ・イルマリネン!』
サンポの作成はセッポ・イルマリネンしかいない。
そのサンポを積んだ船も北極海に向かっているようだ。
ロウヒは浮かび上がり、因縁の船にまっすぐ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
白海に顕現したカスガには緊張が走る。
ロウヒが急速接近してきている。魔女らしく、空を浮いている。
「白海からヴォロノフ岬を抜けてバレンツ海におびき出す。最大戦速で航行開始!」
舵を握るセッポの額にも汗が生じている。
甲板にはジンのミルスミエスと三機のエルヴス。
「手筈通りだ。躊躇するなよ」
「ジン。無茶はやめてください」
「死ぬ気はないよ。アイノたちと一緒にカレヴァに行くんだからな」
ジンはアイノを連れていくと宣言した。もう迷いはない。
「はい」
アイノも素直に従う。アイノを置いていくつもりはないのだ。
「カレヴァでみんな仲良く暮らしました。――勝利目標はこれしかない!」
ルスカがふんすと気合いを入れている。
「そうだね! 私の知らないところで話が決まったみただけど!」
サラマも嬉しさを隠さない。ジンはカレヴァ行きをまったく迷わなかった。全員揃ってサラヴァで暮らしていく。
彼女の願いでもあった。ジンを独り占めする気はない。彼女こそ、この宇宙の大気なのだから。アイノも愛している。
「じゃあジン。ルスカ。ありったけの攻撃魔法を頼む。アイノ。MP回復に専念してくれ。護りは任せろ」
その言葉を合図に、まずルスカが動き出す。
『天候制御!』
空は暗雲に覆われる。これで雷撃魔法が撃ち放題だ。
「レイドボスは後半になると手強いからね。行くよジン。初手最大攻撃だよ!」
「わかった。――メテオ!」
暗雲を突き破り、巨大な火球がロウヒ目がけて落下する。
『ぐわあ!』
さすがのロウヒもメテオはきつかったようだ。
「雷遁!」
「連鎖雷撃!」
ウェザーコントロールで威力が二割増しになった雷撃魔法を立て続けにロウヒに浴びせかける。
ジンの魔法は天空剣によってさらに威力があがっている。
『ふざけるなぁ! 人間がぁ! いでよ! イク・トゥルソ!』
海中から機械の巨大な蛸が出現する。
「星遁!」
シデンが天空剣を掲げる。サラマのメテオほどではないが小型の隕石が落下して、巨大な機械蛸を再び海に帰す。
『小癪な! 死ね!』
ロウヒが絶叫とともに9つの金属塊を発射する。禍々しい瘴気を放っている。
「九つの魔! サラマの予想通りだな!」
「ええ。ロウヒが生んだとされる九つの病、その擬機化。腰痛、疝痛、痛風、飢餓、膿瘍、黒死病、瘡蓋、癌。そして正体不明の九つ目の病。サンポ戦争ではこの病たちがカレヴァに侵攻してきた!」
「厄介な病気しかないな!」
「だから近寄る前に最大火力で一掃するの。今よジン!」
触媒として羯磨をロウヒに向けて投擲するシデン。
『日遁!』
武神一同が魔改造した攻撃魔法日遁。
羯磨から太陽フレアを地上に召喚するという荒業は九つの病魔を一瞬で消し去った。
「怨霊調伏といったところか。病魔が敵なら焼却消毒するしかないよな」
「そうね!」
太陽の力は病魔特攻だったのだろう。
『馬鹿な! 一撃で九つの病魔を一掃するなど!』
カスガは最大戦速でヴォロノフ岬を通過する。
ロウヒの追跡は止まない。
「止めだ! もう一発!」
日遁を再び発動させるジン。
『太陽の力なら月光に変えてくれよう!』
フレアは消滅して、淡い光となってかき消える。
「あんなことまで可能なのか!」
「ロウヒは太陽と月を隠した逸話があるの。つまり太陽と月の運行を自在に操る権能!」
「厄介だな! なら雷撃で消耗させるまで」
遠距離から雷撃を放ち続ける二人だが、ロウヒも雷雲を使いこなして反撃する。
サラヴィがロウヒの魔法をすべて受けきった。
「執念深いな!」
「ポポヨラにとってもサンポは必要なもの。無限の富を生み出す秘宝だからね」
『くらえ!』
巨大な火球がシデンに向かって放たれる。
すかさずガードするサラヴィ。エルヴスの巨大な盾は一瞬で溶け落ちた。
「まだまだ!」
こうなることを予期していたサラヴィは二枚目の盾を取り出す。
「雷嵐」
「電遁!」
ロウヒがカスガに追いつく前にできるだけの体力を削る作戦だ。
カスガからも近接用の防空ミサイルが発射されている。
『効かぬ!』
眼前に迫るロウヒ。
「みんな。いまだ!」
ジンの合図とともに、カスガに搭載されているLCACに飛び移る三機。カスガの前身である多目的空母だったミカサは三隻のLCACを搭載していた。
「ジン。死なないでよね…… サラマお願い」
「任せて!」
今やアイノにとって祈りを捧げる対象は神では無くカレヴァラの人物たち。
「まずい! ロウヒがこの海域ごとダンジョンにしやがった!」
セッポが叫ぶ。コラ半島近海に位置するバレンツ海はまだロウヒの勢力下。
霧が立ちこめ、波が荒くなる。サンポ戦争の再現だ。嵐を思わせる雷雲が立ちこめ、大雨が降り注ぐ。
『セッポ。サンポを渡せ!』
飛行甲板に乗り上げたロウヒが叫ぶ。海は荒れ、高い波がLCACとカスガを襲う。
「波程度で!」
LCACを操縦するエルフが叫ぶ。正体は精霊そのもの。海に棲まう精霊の流れを読み切っていた。
『サンポを寄越せ! 邪魔立てするなイルマタルども!』
「俺達がお前を倒す!」
ロウヒが鋭い爪をもつ指でシデンに襲い掛かる。
天空剣で受け流すシデン。返す刀で斬り返すも、ロウヒもすかさず防御する。
『ふん!』
ロウヒの周囲に武器が浮かび上がる。五本の鎌に六本の鍬。
「気を付けろ。あの鎌。とくに鍬のほうは死を呼び込む鍬だ!」
セッポの警告が轟く。
「ちぃ。厄介な!」
『死ね!』
「させない! Revontulialimyrsky!」
フィンランド語で叫ぶサラマ。同時に複数のオーロラを発生させプラズマのバリアを張ったのだ。鍬はすべて虚空に消え失せた。
太陽風が大気にぶつかって生じるプラズマをサラマは自在に操れる。
『まだ鎌があるのじゃ!』
「させませぬ! repo!」
LCACに乗っているイネが叫ぶ。repoは狐の意。フィンランドにおいてオーロラは古来より狐火としていた。
repoはそのまま、オーロラを意味する古い呼び名、一種の呪文である。イネはそれを知ったとき、喜んだ。狐そのものなら稲荷である彼女でも使える権能だ。
すべての鎌はオーロラに弾かれ、海面に落ちていった。
『邪魔立てするか! 日本の女狐ェ!」』
不敵に笑うイネ。ロウヒが作り出したとはいえ、異界なればこそ権能を行使することが可能なのだ。
『邪魔するなあ!』
ロウヒの鉤爪を天空剣で受け止めるシデン。そのままノックバックが生じ後退する。
『死ね!』
その隙を見逃すはずもなく、追い打ちを掛けるロウヒ。
「いまだセッポ!」
「おう!」
戦闘機昇降用のエレベーターが作動した。格納庫に引き込まれたロウヒとシデン。
『格納庫だと…… この下にサンポが!』
空母は複数の区画に分かれている。カスガは大小あわせて六層の格納庫だ。
『見つけたぞ!』
鋼の老婆が不気味な笑みを浮かべる。カスガ艦体最下層中央付近には原子炉の代わりにサンポが設置されている。
ロウヒが落ちた場所こそ、艦中央エレベーターの格納庫だった。床を叩き割り、空母中枢に向かう。
「サンポ目がけてまっしぐらか」
「いこうジン!」
シデンが床に天空剣を突き立てる。即座に跳躍して飛行甲板に戻った。
「艦内は俺一人だ。さあやれ!」
セッポが叫ぶ。
「わかった。雷遁と電遁の合わせ技――雷電!」
「いくよジン! Salama!」
ロウヒはサンポのすぐ傍まで到着していたが、彼女は気付かなかった。
乗員が誰もいないことに。
『ようやく我が手に取り戻すことが――』
ロウヒの手が触れた瞬間、サンポが爆発した。
空高く跳躍してカスガを見下ろすシデン。
カスガの艦体は中央から真っ二つに折れて沈んでいく。
「伝承通り。沈むサンポを追ってロウヒは海に沈む、か」
「そうだね。これがもっとも確実な手段だった」
「セッポは大丈夫か」
セッポは逃げる手段は用意してあるといっていた。
「あれはセッポの嘘だよ」
「馬鹿な。最後離船なんて!」
誰かが犠牲になる勝利などジンは認めない。
「サンポを作り出した本人だもの。思う所があったのね」
異界化はまだ解除されない。
「――ロウヒはまだ生きている?」
「嘘……」
ロウヒが灼熱する輝きを抱えて浮かび上がる。
『馬鹿め。サンポを取り戻したぞ!』
灼熱の太陽を抱えているが、ロウヒの顔は妖しい悦びに満ちていた。
「お前さんの負けじゃよロウヒ」
響き渡る声。
いつの間にか小さな木船が浮いていて、とんがり帽子に立派な顎髭の老人が立っていた。
『お前は!』
「終わりじゃ」
老人が杖を振るうと、ロウヒはまた沈んでいく。海面が紅く染まり、巨大な爆発を起こした。
いつの間にか、船に浮かぶ老人はフィンランドの伝統楽器カンテレを奏でていた。美しい旋律とともに、異界化が溶けていく。
木船には気を失ったセッポが乗せられていた。老人はセッポをかるがると持ち上げ、浮いているカスガの破片に乗せる。
「セッポ! 待ってくれ! ご老人!」
追い掛けようとするが、老人はにこやかな笑顔でしっしと手払いする。
あり得ない速さで船は虚空へと消え失せた。
「あの人は…… まさか?」
「ジンの思い描いている人物だよ。フィンランドの大賢者。永遠の吟遊詩人。カレヴァラの主人公――ヴァイナミョイネン」
エルフたちが気絶していたセッポを救出する。
シデンもLCACに降り立った。
「セッポも生きているね! ロウヒも倒せた。カレヴァラの逸話通りなら死。幻想化は進むからこれで十年以上……うまくいけば百年は時間稼ぎできたかもしれない」
「それは何よりだ」
ジンは後部座席に向かい、じっとサラマの瞳を見詰める。
「サラマ」
「ん?」
「帰ろうか。カレヴァへ」
「うん!」
サラマが破顔する。ジンとサラマの想いが同じだったことが、何よりも嬉しかった。
今のジンが還るべき場所。それは日本では無く、幻想の地カレヴァなのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
無事書ききることができました。これまでの応援ありがとうございます!
書きたいラストバトルは大抵詰め込むことができたかな、と。ロウヒの九人の息子は最初中ボスで考えていたのですが、どうみても病気というより症例。呪いの類いだと思ってこんな形に。
飢餓はフィンランド語でくる病。栄養失調で子供ががりがりに細ってお腹がでっぱるアレです。餓鬼と言い換えようかと考えたのですが、あの症例は栄養失調が元になる場合が多いので飢餓かなあ、と。フィンランドではくる病はかなり珍しい病気だそうです。森の幸と海の幸が豊富ですからね!
いよいよ次回で最終回。エピローグです。
よろしくお願いします!




