ゲームと違って大型アップデートはないよな?
シデンが新たな武器を装備している。
巨大な刀身の片手剣だ。左手に巨大な手裏剣のような十字状のものを持っている。
「あの柄は?」
カスガに乗り込んでいる僧たちがシデンをみるやいなや祈祷を開始したのだ。
「我々が共通するものはインド経由ということで」
菅原がいささかばつが悪そうな顔で説明する。
「変わった柄だねー。西洋じゃないな」
「日本でも珍しいものですよ」
ルスカに説明するイネ。
「三鈷杵の中央の刀身が剣になっている、三鈷剣となっています。仏像、とくに不動明王が持つとされていますが、天部の方々も持っていますね。インド仏教にはありません」
「インド仏教にないんだ!」
「日本独自の表現ですねえ。とはいえ雷神が持つ剣には相応しいかと。金剛杵はすなわちヴァジュラ。バルト海の雷神たちが持つウコンバサラと同根語なのです」
真言を唱える僧たちを見るイネ。
彼らは対アンデットのために志願した。戦う仏像みたいなものだろう。僧にオタクは多いとも聞く。
「銘はなんというんだろう」
「雷神剣だとそのままですし。天空剣などいいのではないでしょうか」
「セッポやサラマも天空を意味する言葉だったな。いいと思う」
「天空剣か。いささか面はゆいが、この剣には相応しいだろう」
天空剣の完成度はセッポも満足な出来のようだ。
「ところで新型の手裏剣はひょっとして……」
ジンは心当たりがある仏具である。
「当然知っていますね金剛羯磨です。仏具羯磨。カツマとも。金剛杵の一種ですね」
満足そうに頷く菅原。ルーツというものは大事である。
シデンの左手には四方が三鈷杵になった十字形の羯磨だ。
「あれ? ジンって……」
聞き覚えがある響きに、アイノが尋ねる。
「そうだよ。俺の名前を漢字で書くと羯磨刃だからな。ご先祖様が僧で羯磨師の関係社だった話は親から聞いたことがあるよ」
「ファーストネームまで雷神ゆかりなのね」
「菅原さん。そこはどうなのかな?」
考えても仕方がない。幸い隣に学問の神様がいるので尋ねるジン。
「雷神ゆかりでしょう。神仏ともに君は雷神と強い縁があった。そういうことです。二重の縁は二乗となり、サラマさんとの接点がもてたのでしょう」
「知らない所で……」
「後ろでジンの氏神様がドヤ顔してるよー」
ルスカが笑いながらジンの背後を指す。
「まだいるのか!」
そういった瞬間、静電気に苦しめられるジンに、笑う一同だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「この羯磨はブーメランのように戻ってこないかな」
「投げっぱなしだぞ。いくらなんでもこの形状でブーメランは無理がある。気持ちはわかるがな」
セッポが苦笑する。
「ヴァーキを使ってシデンの手に戻すぐらいはできるよ。ヴァジュラだし」
「魔法の触媒みたいな解釈でいいのか」
「天空剣と金剛羯磨。この二つがあれば大抵の事象は再現できるだろう」
「ジン君は大丈夫なんですか?」
堀川が身を案じる。ヴァーキの使い過ぎはジンの身体に影響が生じそうだという判断だ。
「みんなが武器を使っている間に聞いたが、俺はどうやら幽世に戻ることになるらしい。考えたら人の身で不可能なことを為している。当然かもね」
「存じておりましたか」
「カレヴァの地は居心地良かったし、悪くないかなってさ」
イネが嘆息する。あまりいいたくはなかった事柄だ。
飛梅も同様だ。伏し目がちになっている。守山は彼女たちが知っていたことに驚きを隠せない。
「待ってください。死ぬのと同義ではないですか」
守山とて神隠しの伝承は知っている。現世に戻って、また幽世に舞い戻る者が多いということも。
「本当なら十年前に死んでいるんだよ。けれど、そんな実感もないし。それよりもみんなと一緒にいるほうがいいな」
「カレヴァの地は退屈だが悪いところではないさ」
「そうだねー」
セッポとサラマは向かい入れる側だ。ジンが乗り気な以上、口を挟むことはない。
内心二人はジンの決定を喜んでいる。
「今やダンジョンのおかげでこの世とあの世の境界も薄いですしね。必要とあらばジン君とシデンが顕現するようになりますよ」
「菅原さんのように?」
「ええ私のように。ロウヒの作ったシステムの成果ですね。悪いことばかりですが、救済措置もあるということです」
「悪いことばかり、か……」
堀川が深く考える。過去の神霊や伝承の人物が出現するなど、本来なら必要のない火種には違いない。
「ですからこちらもシステムの抜け穴は徹底的に利用するのですよ。実際我々は、堀川さんとやりとりしてマニューバ・コートを完成させたではないですか」
「それもそうですね」
最初は謎の情報元であった。
堀川もジンがカレヴァの地に赴き、徐々に真相が明らかになるにつれ、この世とあの世の境目は実に曖昧だと思ったものだ。
「抜け穴で思い出したが、ロウヒが復活する。どんなシステムになるのか。ゲームと違って大型アップデートはないよな?」
疑問を口にするジン。
「ゲームのようなアップデートは十分ありえます。この十年でもマイナーアップデートを繰り返しているようなものです」
菅原が若干渋い顔をする。
「というと?」
「鳥取砂丘にヴェレスのダンジョンはその証左でしょう。ダンジョン内部にはお助けキャラとしてアゾフカとドワーフたちが出現するようになりました」
「確かに…… 鳥取砂丘ってそんなに危険なのか」
「鳥取砂丘はレイドボスが二体。巨大アリジゴクとサンドワームがいますからね。ヴェレスの迷宮のほうが難易度は上ですが、深層度では鳥取砂丘のほうがより深い場所に繋がっています。すなわちより危険な幽世と繋がっているのです」
「アリジゴクとサンドワームなんてただのネットミームだと聞いていたんだがな」
「多くの人が<あってもおかしくない>と認識した結果ですよ。それこそ言霊です。それらを現実世界に適用して現代にダンジョンを作った者こそがロウヒなのですから」
「……もう少しバランスを気にしてほしいな。そのためにも倒して文句を言うか!」
「ロウヒはゲームデベロッパー兼ゲームマスターのようなもの。倒して文句をいうしかありません。でないと世界を改悪し続けます」
幽世の住人は完全に倒すことなど不可能だ。可能だとすれば忘れ去ること。しかしロウヒの存在は強固であり、その手段はありえない。
ならばもう一度倒すしかないのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
ゲームでいえばロウヒの作ったゲームは十年目。大型アップデートがあっても良い頃合いです。
ネトゲ、MMORPG、ソシャゲは後続ほど不利ですよね。初期にユーザーを開拓したゲームは、その世代の共通の話題となります。ソーシャルとはよくいったもので、共通言語化と話題として成立するかしないかが分かれ目だと個人的には思います。
最たる例は宇○世紀と幽○紋でしょうね。世代を超えた共通言語です。




