メテオを落とせる妖精がどこの世界にいるというのだ。言ってみろ!
『さきほど言った通り我が目はこのダンジョン内で起きたことすべてを見渡しておる』
「教えてくれ! 俺たち人間だけが知らない真実とやらを!」
人間たちということは、ルスカとサラヴィは知っていて、アイノは知らないということだろう。
『そこなサラマとやら。――いい加減にせんか。イルマタルよ』
「待って」
イルマタルと呼びかけられたサラマが激しく動揺する。
『まだシラを切るつもりか。イルマタルよ』
「いきなり精神攻撃とは卑怯です! ヴェレス」
『事実を指摘したまでだ』
「イルマタル?」
ジンは膝の上にいるサラマを見た。首をぶんぶん横に振っているサラマ。
『イルマとはかの国のフィンランド神話において大気や空気を指す。概念的には宇宙そのもの。イルマタルは大気の娘。セッポ・イルマリネンは鍛冶師と大気を意味し、宇宙創世の鍛冶師ということだ』
「セッポ?」
セッポに画面を移すと、そっぽを向いて口笛を吹いている。白々しかった。
『イルマタルはフィンランド神話において世界を創世した女神。世界の卵を抱いて、フィンランドという国を作った大気ならぬこの宇宙を創世した存在よ』
「サラマ?」
ジンが膝の上にいるサラマに呼びかける。
サラマは気まずそうに目を逸らしていた。
『何が可憐なフェアリーだ。メテオを落とせる妖精がどこの世界に在るというのだ。言ってみろ!』
マジギレしているヴェレス。
膨大なヴァーキを駆使しながらも可憐なフェアリーと言い張るサラマが気に障ったらしい。
『流星の逸話を持つ存在なんぞ、かのギリシャの大英雄ヘラクレスが星座として昇った時。中国における凶星の羅睺や計都。とても妖精とは呼べぬ者ばかりだ』
「ヴェレスの精神攻撃が辛い……!」
『イルマタル。観念せよ。事実を指摘しているだけだ。つまり、自らの存在を認識できる人間を見つけて浮かれすぎなのだ』
「改めていちいち言わないで! デリカシーなさすぎだよヴェレス!」
サラマはすべてを看過され、恥ずかしさで悶えている。神々ならではの恥ずかしさなのだろう。
「茶番は終わりだな。イルマタル」
セッポが淡々といった。イルマタルの下手な芝居に付き合うのも大変だったのだろう。
飛梅とイネは理解していたので、驚く気配はない。守山と堀川はあまりの事態に硬直している。
「サラマって言ってよ! じゃないとあなたのことも毎回フルネームで呼んでやるから! 人間に偽装して格を落としてまでカスガにいるの、知っているんだからね!」
「わかったサラマ」
フルネームは嫌らしいセッポ。
とんでもない事実が次々に明かされていく。
『イルマタルよ。素っ裸になって異国の若者に抱きつくなど。それを見ている私の身にもなってみよ』
「覗かないで! なに、この精神攻撃。今までで一番辛い戦いになりそう」
ヴェレスに真の名を暴かれた上に所業をいちいち指摘されるサラマ。心に深刻なダメージを受けているようだ。
『確かに汝は女神という格は与えられておらぬ。それでもだ。あえて言う。宇宙の創造者として、品格は保とう。いいな?』
「わかりました……」
何故かヴォレスに説教を受けているサラマ。
セッポどころかイネや飛梅までいたたまれなくなる。
「サラマ……いや、イルマタル様と呼んだほうがいいのか?」
姫と呼ばれる理由も納得だ。創世の女神など姫だろう
「フィンランド神話では女神という扱いではなかったにしろ、世界の卵を産みだした者こそイルマタルといわれている。大日如来や日本神話における天地開闢の神。天之御中主神に匹敵する」
守川は呻きながらもジンに伝える。強大な精霊だとは思ったが、そんなビッグネームとは思わなかったのだ。
「やめて! そんなメジャーな宗教やカミと一緒にしないで! 私はいわばそう、おとぎ話のような存在なの」
『お伽話の精霊に隕石雨を降らす存在はいない。どこにそんな逸話がある精霊や妖精がいるのか。知っていたら教えてほしいものだ』
隕石は譲らないヴェレス。容赦がない。
「ヴェレスー!」
耳を塞ぎ、いやいやするサラマ。
「イルマタル様?」
おそるおそる問いかけるジン。
「だからそんな距離感みたいになるのが嫌だったの! わかって? ジン! サラマって呼んで!」
哀願に近い涙目のサラマ。
「お願い。もう異教の扱いされて、独りぼっちになるのは嫌なの……」
ジンは気付く。イルマタルと認識して、心の距離が離れることで彼女の顕界が難しくなるのではないかと。
幽世の住人は存在が希薄だ。イルマタルはずっと孤独だったのだ。
「わかったよ。萎縮されたり腫れ物みたいな扱いされるのが嫌だっただなサラマは」
事実を指摘すると消え失せそうな気がしたので、あくまで人間のように例えて話すジン。
思い出した。フィンランド人は顕界しているはずのサラマを目視することができなかった。よほど高位な存在なのだろう。ジンの認識がイルマタルに引っ張られるにつれ、ジンも見えなくなる可能性だってある。
セッポもおそらく同様だ。神としてのセッポ・イルマリネンだと認識されると顕界にいることが困難になるのだ。鍛冶師を前面に押し出して、神格を隠蔽しているのだろう。
「そうそう。それ!」
「わかったよサラマ。今までとおりでいこう。俺にとってサラマが何者かは関係ない。大切な相方だ」
サラマを力強く抱きしめる。サラマも同じく、力強く抱きしめ返した。ジンのぬくもりでようやく安堵したのだ。
「うん!」
本当にいいのかという疑念は残るジンではあるが、ルスカが両手で拝んでいるし、サラヴィは真顔で親指を立てているのでこれでいいのだろう。
「しかしヴェレス。教えてくれ。なぜサラマに厳しい指摘を?」
『この地にはフィンランド軍の死者もたくさんいる。カレヴァラは彼らの精神的支柱だ。そんななかで、浮かれた彼女を見たらどう思う?』
ぐうの音もでないサラマ。
「ますますあなたと戦う気が失せてくるよ。敬意を表する」
『私もだ。今の私に敬意などとは。しかしありがたく頂いておこう。戦いは正々堂々とな』
「了解だ。ヴェレス」
正統派のラスボスらしい。やりにくい相手とは思ったが、存在を滅するわけではない。
気持ちを切り替えて戦うことを決めたジンだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
あんまり強大な存在だと「認識」されてしまうと顕界に受肉できません。神霊はそうほいほいと神域から出てこないものです。
サラマことイルマタルとセッポは女神とは形容されておらず、世界の仕様の穴をついた形で登場していたわけです。「あいつごっつい存在やわ。恐れ多いわ」と認識されたら顕界できないのです。
セッポはNTRやら嫁探しやらドール作ったりやら生々しい逸話を数多くもつので、完全に人間に偽装できてフィンランド人にも見えますが、イルマタルは「世界の卵」を抱えた存在。そう簡単には認識できません。国民の99%がキリスト教というのもあるでしょう。
そしてこれは元凶たるロウヒも同様。本来は地母神的な存在……? でもあらゆる病魔の元凶だしなあ、という解釈が難しい魔女ですね!
ヴァルキュリアも翻訳によっては魔女扱いなので言葉は難しいですね。




