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ダンジョンマスター【ヴェレス】

「なんだ。この威圧感は…… これがヴェレスか」

「バルト海沿岸の、各種伝承が複合した冥府神よ。農業神としての側面と死者と魂を管理する冥府神の側面を持つの。主神の敵対者という概念も強いね。広範囲にわたって伝承されているからヴェレス、ヴォロスなど発音違いも多い。ヴェリナやヴェルニャス神も入っているかな」

「各種の伝承か」


 日本の仏教もインドから発生した様々な逸話を取り込んでいるとは聞いていたジン。


「主神とは?」

「バルト海の主神は雷神。主神ペルン、ペルナークスも同様の存在ね。インドラやクー・フーリンもかな。雷神というカテゴリには北欧神話のトールやセッポも入ると思う」

「セッポ主神格だったのか」

「多くの創造はセッポが担当しているから。でも正確にいえば少し違う」


 思いっきりため口を聞いてしまっているジン。


「主神はセッポのお兄さんだね。セッポのお兄さんはオーディン的な性質を持つ魔術師。かの有名なファンタジーの原典となった魔法使いのモデルでもある」

「ん? 雷神というとサラマも主神クラス?」

「私はただの精霊だよ。カテゴリはきっと【スピリット】じゃなくて可憐な【フェアリー】かな?」


 画面越しに伝わるルスカとサラヴィンのじと目に気付いたジン。

 以前から疑念を抱いていたが、姫呼ばわりや膨大な魔力は相応の神格であると察せられる。ジンもそこまで鈍くはないのだ。


「ヴェレスは概念的に【主神の敵】の側面が強められてしまった。インド神話の悪魔ヴリトラやヴァラとも祖を同じくするといわれている」

「ヴリトラは知っている。インドラが倒した龍だな」

「そんな神が顕界に出現してダンジョンマスターになっている。そう思って」

「ラスボスに相応しいな。格としてはロウヒよりは上なんじゃないか?」

「そうかも? でもロウヒは疫病や不幸の元凶を擬人化みたいなもの。ベクトルが違うんだね」

「ロウヒのほうが嫌だな……」

「ね」


 サラマも同意のようだ。


 ダンジョン最奥に到達したようだ。大きな扉がある。マニューバ・コートサイズだった。


 ジンは無言で全員の顔を見ると、彼女たちは首を縦に振る。

 扉に罠がないことを確認して、突入する。


『よくぞきた。異国の戦士よ』


 頭上から声がした。


「神像? 違う。巨大な人型機械か!」


 頭部は雄牛を思わせる巨大なアンテナが二本備えてあった。

 巨大なカメラが一つ。モノアイの機械巨神だ。

 大きな杖を持ち、仁王立ちになっている。


『戦闘前に私は会話を所望する』

「いいだろう」


 機械神像たるヴェレスが鷹揚に頷いた。


『最初に言っておく。私はソ連が大嫌いだ』

「え?」

 

 予想もしない告白を始めたヴェレス。


『セム族の宗教。それに類する宣教師どもは我らを悪魔と見做した。それも許せん。しかしソ連は我らなど最初から存在しないように振る舞い、かのセム族の宗教すら否定した。あまつさえヴェレスの書などというものを捏造し、我が名を民族紛争に利用した。もう一度いう。私はソ連が大嫌いだ』

「それは……」


 会話を聞いているであろうカスガに通信を繋げる。ソ連が嫌いだといわれてもジンにとっては歴史に過ぎない。

 画面の向こうにはあまりの事態に頭を抱えている守川がいた。


『何がいいたいかというとソ連が大嫌いだ。つまりはソ連製のゴーストタンクは我が手によるものではないということだ。あいつらは勝手に沸いた中ボスだ。本来のダンジョンマスターはあのクラットかもしれんな』

「三回もいうほど嫌いなんだね……」


 ルスカが呆然とすうほど、ヴェレスのソ連というかつて存在した国家への憎しみは激しい。


『わかるか。知る者もなく、忘れ去れるということがいかに残酷か。異教と虐げられ、人々の信仰を喪う。のう、遠目の機械から聞いている狐よ。樹木の精霊よ。聞こえているだろう。我が無念をいかとする』


 おそらくイネと飛梅のことだろう。そう思っていると二人から通信が繋がった。


「忘却は我らにとって死。ヴェレス殿の無念、察するにあまりあります」

「はい」

『いまだに百万以上の民から参拝される梅の木よ。汝はがもっとも力があるであろうな。おそらくそこの精霊を自称する者や、セッポ・イルマリネンよりも』

「自称じゃないよ!」


 サラマが異議を唱えるが、ヴェレスはスルーする。


「私については主のついでみたいなものですよ。しかし仰ることは理解いたします」

『ふむ。話が通じる者が多くて助かった』


 じろりとシデンを見るヴェレス。シデンというよりは、ジンの膝の上にいるサラマを見たのだろう。

 飛梅もこの時ばかりは真剣だ。だらけきったOLの雰囲気は吹き飛んでいる。


『お前たちは勘違いしているが、このダンジョンは結界だ。封じる類いではなく、顕界に出現させないためのな。私がいなければ、ゴーストタンクは顕界にさらなる被害を与えたであろう。だからこそ冒険者に力を貸すアゾフカに空間を分け与えたのだ』

「何故そのような真似を」


 守山が問うた。間違えてはいけない核心に迫っている。


『ソ連の者どもが死後の世界までも否定した。それでも人間は心を持つ生き物。死後の世界があると心のなかでは思っておる。死後を否定され、無になるといわれた彼らの無念は消えないのだ。英雄都市などと呼ばれても、餓死した者は、戦死したものは報われないのだ。このダンジョンは慰霊の霊廟と知れ』


 モノアイはジンとシデンを見下ろす。


『ゆえにこの霊廟に出没するモンスターは神性魔法への耐性が高い。死後の世界を否定された者、神を否定された者だちの末路だからな。餓死者のなかには自ら神を否定した者もいるかもしれない。神の御名など効果はないのだ』

「エクソシスト部隊が全滅するはずだな」


 守山は、先に全滅したエクソシスト部隊を思い出す。

『そうだ。人間よ。現世にさまよう死者を祓う。追儺の概念がある東洋の宗教ならば効果はある。それが新国連軍と君たちの違いなのだ』


守山はぎょっとする。独り言を聞き分け、画面を越えてヴェレスが守山に語りかけたのだ。


『異国の若者よ。そなたが兵士たちを悼んでくれたことに礼をいおう。我が目はこのダンジョンすべてを見通すのだ』

「待ってくれ。戦う気が起きない。ダンジョンを消滅させるには、ダンジョンマスターを倒さねばならないんだろう?」


 気配りがすぎるダンジョンマスター相手に、戦意がほぼ無くなってしまったジン。アイノやルスカもそうだろう。


『そうだ。お前達は私を倒す必要がある。ダンジョンは拡大していく。それは怨念が漏れ出したのも同様。私を倒せばダンジョンは小規模、もしくは一時的に消滅するであろう。そして私の機械の肉体が復活して拡大していく。ダンジョンのボスは復活する。ロウヒがそう定めたのだ。それがゲームのお約束なのだろう?』

「あなたは亡霊を抑えてくれている。倒すには忍びない」

『構わん。ダンジョンレーニングラードの恐るべきボス。冥府神【ヴェレス】。人々がそう強く認識することによって私という概念も強化されるのだ。もちつもたれつなのだよ。これが新たな理だ』


 ジンはヴェレスを憎めない。死者を悼みたい、なんとかしたいと思ったのは本心だからだ。

 恐るべきラスボスとも思えないが、そう喧伝する必要はあるとジンは判断した。


「戦いづらいな。あなたは真相まで教えてくれた」

『気にするな若者。ボスとの戦いにネタばらしの会話はつきものなのだから。お前は私を信じ、不意討ちもしなかった。私もボスらしく振る舞い、戦う。このダンジョンで破壊されたマニューバ・コートの類いはパイロットが死ぬ前に外に送りだしておいてやる。戦車は知らん。あとはお前達が私を倒すだけだ』

「親切すぎる…… このボス!」


 ルスカもやりにくそうだ。


『そして――若者よ。最後に貴様たち人間だけが気付いていない真実を教えてやろう』


 ヴェレスが意味ありげな言葉を発した。

いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります。


一から十まで全部語り出すのはコミックやアニメに多い気がしますが、ヴェレスもその系統の解説系ラスボスです。フォローもばっちりです。


最近は勇者のほうがクズい作品も増えましたね。とある出版社の公募アドバイスのラジオを聞いていると選考の女性編集者が「勇者がクズだと安心する」と言っていました。

勇者とは。

魔王とは。

でも狙いすぎると逆張りになってしまい伸びないんですよね。難しい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主神は太陽神か雷神が多いそうだしね 他民族と交わることが少なかった戦争の少なかった時代は北欧もトールの方が偉かったとも言われてるし しかしまああの辺の神秘勢がソ連嫌いなのは仕方ない と言う…
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