追儺の儀
「ん? わかったわ。ジンのために一肌脱げばいいのね」
「どうしたサラマ?」
「いったんストップして。厄介な事態になっているわ」
サラマもどうしたものか悩んでいた。解決作はセッポが教えてくれた。
「さっきイネさんが言っていた事態か」
「カスガとの通信も遮断して。向こうからの指示」
「わかった」
いわれるがままに、カスガとの通信を切るジン。
「まずジンの状況ね。瘴気にあてられたとでもいえばいいのかな。ステータスには表示されないリアル呪われた状態になっている」
「まあ、そうだろうな」
「自覚はあるんだ?」
「まあね。でもここで祓ったりは無理だろう」
「大丈夫。私に任せて!」
「わかった。任せる」
後ろの座席から、サラマが両手でジンを目隠しした。
「んじゃ私、前の座席に行くから」
「え? どうして」
慌てるジン。膝の上にはすでにサラマがいた。
全裸で。
「なんで裸!」
慌てて両目を防ごうとするジンだったが、サラマが両手首を握りしめ、それを許さない。
「ほーら。恥ずかしがらないの」
「なんで裸なんだよ!」
思わぬ事態に絶叫するジン。
「一肌脱ぐっていったじゃない」
「これでいいらしいよ。イネさんのお墨付きだから!」
「イネさんー?!」
ジンの叫びはイネには届いていた。
「草食系男子にも程がありますよ。別に嫌われている相手でもあるまいに」
ぼそっと吐き捨てるイネ。女性の味方だ。
「待って。裸で抱き合ってるの? ずるい! 私もやる!」
「私もやぶさかではないぞ」
「わ、私は…… 必要なら……」
平然と続こうとする精霊二人に、恥ずかしそうながらも続こうとするアイノ。
「アイノ。無理はするな。なんの儀式だこれ!」
「魔を祓う儀式らしいですよ。えい!」
唇を塞がれるジン。硬直してしまう。
「あとはね」
唇を離したサラマが、そのまま頭を抱きしめる。
「さあ。安心して。これで変な空気は飛んでいくから。私もそう思う」
別の意味で変な空気に飲まれそうになりそうになるジンだが、鋼の精神で耐えることにした。
「凄いなジン。あの状況で耐えるか」
セッポが本気で感嘆している。女好きとしては考えられない。
「女性慣れしていない男性には無理でございましょうね。むしろサラマ殿がわりかしあっさりとこの案を受け入れてくれて助かりました」
「受け入れたというかノリノリだったな? 現代フィンランド人はもっと積極的だからな。通常は異国の異性には興味ない者が多いんだが、サラマの立場から言えば、自分を認識できた男だからな。そんなところは気になるまい」
セッポはサラマの好意を理解している。ずっとぼっちだった、認識できるはずがない人間が自分を見つけたのだ。
サラマがジンを連れてきてくれなければカレヴァも成立しなかっただろう。ジンがいたからこそ、あの幽世は成立できたのだ。あれよあれよと精霊たちが集合したところをみると、みんなも思うところはあったに違いない。
「しかし本当に瘴気が消えたな。すげえな日本の儀式」
「神代が伝わる追儺の儀でございますよ。澱んだ空気を吹き飛ばすには笑いとお色気が一番でございます」
あんな祓い方があるとは、夢にも思わなかったセッポが感心する。フィンランドでは広まらないだろう。
「フィンランド神話と似たような逸話が由来ですよ。太陽神がお隠れになられたことがあるのです。カレヴァラではロウヒが太陽を捕らえましたね」
「おお。そうそう。俺が仕方なく人工太陽造ったときのあれだな。日本は神そのものか」
「はい。天照大神という、いわば主神に近い存在がとある理由によって心を痛め、岩戸にお隠れになられました。何をしても出てこようともせず、世界が闇に包まれ、様々な禍、いわゆる飢餓や疫病が発生し、神々が困り果てたのです」
「それは一大事だが、こちらも似たような状況になったな。人々が苦しんだから俺も人工太陽と鏡を作って世界を照らしたんだ」
「鏡までお作りになったのですか。日本神話とフィンランド神話と共通するエピソードが多いですよね。太陽とはそれほど重要なもの。そこで知恵の神である思金神が名案を生み出しました。――岩戸の傍で会議という名目で宴会を始めたのです」
「日本も鏡が重要なんだな。それにしても名案が宴会かよ」
「日本では葬式に宴会するお寺も多いですよ? それはさておき。滅入った最高神をひきずりだすのです。一筋縄ではいきません。鍛冶神に三種の神器の内二つ、八咫鏡と八尺瓊勾玉を作り、準備を行いました。ウズメ殿――天宇受賣命という巫女神が、胸を剥き出しにして、腰巻きをまあその下が丸見えになるまで。世界の歴史、どの地域にもストリップはありますよね。そりゃ男性陣は興奮して騒ぐわ大笑いするわですよ。天照大神としても気になって仕方ありません。少しだけ覗くことにしました」
「ぼっちのときに、楽しそうにされると気になるもんな」
「私がいなくて世界は真っ暗なはずなのに、何を楽しそうに騒いでいるのかとウズメに問うと『貴女よりも偉大な神が降臨したのです』とはったりをかまして、八咫鏡をかざしました。確かに自分と同等のオーラを感じるとさらに見ようと身を乗り出した所、控えていた怪力神の手力雄神が岩戸に一気に開いて、日本は救われたのです」
「理には適っている。適っているが…… その発想と連携プレーについていけない……」
セッポが唖然とする。
「邪気を祓うには楽しげな雰囲気が一番ということでございますよ。そして性は生なのです。我が国では古来より、女が先か巫女が先かといわれるぐらい、同一化した存在でした。サラマ様ほどの美女に迫られたら陰鬱な空気など吹き飛ぶでしょう」
「ジンが喰われないか心配だ」
「じれったい。いっそ喰われてしまえばよいのですよ。好いた男女が結ばれるのに、何の問題もありませぬ。目の前でいちゃつかれては、残り三人にも火がつきましょう。アイノ殿以外は精霊ですから顕界ではアイノ殿だけ責任を取ればどうにでもなります」
「責任って。いやー。怖いな。イネさん……」
飛梅が他人事ながら震え上がる。いきなり四人も妾とは平安時代でも、そうはいない。
「ヤンデレ梅の木。何かいいましたか?」
「誰がヤンデレですか! 一途といってください!」
そこにジンから連絡が入った。
「おう。もう終わったのか。少し早くないか?」
「早いってなんのことだ。サラマに変なことを吹き込まないでくれ!」
「日本式だそうだぞ」
「知らない! 適当に盛ったな! イネさんか!」
イネはそっぽを向いて口笛を吹いている。
「効果は覿面だな。ジンから澱んだ空気が吹き飛んでいる」
「なんかそれどころじゃなくなったからな!」
「他の三人も参戦したいようだし、続きはカスガに戻ってからだよねー。ジン!」
サラマは顔がテカテカだ。
「続きとか勘弁してくれ……」
「がんばれジン。ほら、そっちでは……男は甲斐性とかいうだろ!」
「もうそんなの古いよ。ジェンダー平等の世界はきているんだ」
「フィンランド人の女は恋愛強者だからな。生き抜いてくれ。じゃあな」
「待ってくれ……」
無慈悲に通信を切るセッポだった。
「堀川。守山。あんたらコメントはないのか」
「ないな」
「人間と精霊の恋愛とは夢があっていいですね。北欧の女性型精霊は沼の精霊が多いようですが、ジン君は抜け出すことができるのでしょうか」
「無理だろうなー」
「ならそれまでですねえ」
それでこの話は終了になった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
お色気回? 子供の時、何故葬式で宴会するんだろうと思ったところ、死んだ人も楽しいほうがいいよねと教えられて納得しました。
有名な話ではかの俳優勝新太郎様の法要では奥様が芸者を大量に呼んで、それは華やかな法要だったそうです。
暗い場所だと恐怖体験をしますが、お色気全開時にはそんなことは起きない、ということはもう神代で立証されていたということですね!




