死者の空気
「このレーニングラードといい、パルチザンの亡霊といい、なんとか安らかに眠る方法はないだろうか。なんだろう。悲しい気持ちになる」
カスガにいるイネがはっと顔を上げる。
「ジン殿! いけません! 死者に引っ張れています!」
それは緊迫の警句だった。
「早くその場所を抜けてください」
「わかった!」
精霊であるルスカもイネのいうことを瞬時に理解したようだ。
「ん? なんだ。死者を悼みたいだけだ。何かシデンで可能なことはないかと」
イネの目がつり上がる。
「ジン殿。思い上がりも甚だしい言葉ですよ」
「思い上がり?」
「レニングラードでは100万人。侵攻したドイツ兵も80万人の死者を出しています。異国の人間が口を出して良いものではありません。ミルスミエス一機で何かできるような土地ではないのです」
「そ、それは……」
「その後の森の兄弟たちはWW2が終了したにも拘わらず4万前後の死者を出しています。何をもって彼らの思いを報いることができましょうや。それはかの国の方々が未来を造るしかないのです。我が国もそうだったように」
「ジン。引っ張られているということはそういうところだよ。もうこの亡霊たちも歴史なんだよ。行こう」
「わ、わかった」
この空間を抜けることを優先することにした一行。
守山が溜息をつく。
「ジン君の感受性が高いのか。シデンの性能が高いのか。両方だな。影響はひきずるぞ。敵に同情したら、戦闘行為も鈍り、劣化する」
「そこまでの悪影響ですか。しかしそうすれば彼らの仲間でしょうね」
堀川も初めてことの深刻さを理解した。気の迷いレベルではないらしい。
「しかしシデンのパラメータは正常だ。杞憂ではないのか?」
「いいえ。イネ様のお言葉は正しい」
「そうだな。イネさんの言葉は正しい。ジンは危険な状態にいる」
飛梅どころかセッポまで言い出した所に、事態の深刻さを知る守山。堀川もみるみる険しい顔になり、シデンのデータに異常がないかチェックしている。
「パラメータには異常はないのですが…… 本物の呪いなのでしょうか」
「当たらずといえども遠からずですね。堀川様。なんといえばいいのでしょうか。ゲームに例えると、回避率95%なのに必ず大ダメージ攻撃が当たってしまうという、乱数の偏りが生じているのです」
「乱数が偏るなどよくあることでは? 百年前のゲームは5%は必中ときいたことはある」
「そんな処理能力が低い時代のゲームの話はしないでくださいまし」
「話の腰を折ったな。パラメータ上に異常はない。しかし、結果として常に悪いほうに偏るといったものか」
「その通りでございます。要因の半分はこのレーニングランドの土地由来のものでしょうが、ジン殿が彼らに同情したため、付け込まれた部分もありますね。あの空間は冥府神の管轄下。加えて人類史に残る惨劇の地。歴史を知れば引っ張られてしまいますよ」
「飛梅さん、何か手は?」
「ないですね。私が仕える方も日本三大怨霊なので…… 怨霊の経緯を知ると、とてもとても」
「そうだった!」
菅原道真に仕えていたことをすっかり忘れていた堀川。
「ええい。もどかしい。現地にさえいければ祓うこともできましょうに!」
イネが苛立っている。怨霊、妄執は彼女の専門分野だ。あの貴船神社にも縁がある存在だ。眼前の事象に対処できないということに、歯がゆさを隠さない。
「まず空気がいけませんからねえ。死者の空気ですから」
飛梅がぼそっと呟く。
「空気?」
「心霊番組やホラー映画をみると、何か怖いことが起きるかもって思うでしょう? たとえば何もない場所でもぞくっとする場所を調べたら事故物件など。因果的には、そういう空気が死者に引き寄せてしまうのです」
「例えば日本においての亡霊の類いは黒髪の女性や落ち武者、子供などが多いでしょう? パンチパーマの男性や野球少年や若作りした老婆の亡霊はまずおりませぬ。例外はせいぜいコミックのなかで美少女幽霊と同棲的な概念ぐらいですよ」
「パンチパーマの霊は聞いたことがないな……」
「死者は老若男女、貧富の差はありません。どんな無念を抱いているか、その人物にしかわからないのですよ。類型イメージの亡霊など、空気が創り出すものなのです。例えば有名な旧伊勢神トンネルなど工事中には死者など出ておりませんが心霊番組や心霊スポットで有名になり、改装された経緯があります。あまりにらしい、という空気だったのでしょう」
「恋愛映画をみたり、お笑い番組みているときに怪奇現象は起きないでしょう? そんなものです」
「なるほど…… その筋の専門家の意見は参考になるな」
「その筋などと言わないでくださいな。だいいちですね。本来死者は生者に手出しなんて出来ないのですよ。死んでいるんですから。一度死んだ人間が生者を祟ってもたかが知れております。菅原道真公ぐらいではないかと。将門公はともかく、最後の一人は言葉にしたくないのでやめておきます」
「あれは天災が重なった不幸な事故ですよ! 別に遷都したわけでもありませんし!」
上司に思わぬとばっちりがいきそうになり、飛梅が反論する。
「遷都の件は厄いのでそこまでにしましょうね。――ジン殿の話に戻りましょう。対策はあるにはあるのですが……」
「ああ、あれですか。どうかなー。現代人の価値観には合わないと思いますよ」
「日本の古代儀式か」
セッポが口を挟む。気になったようだ。
「いえ。私がサラマ殿に頼むのはいかがなものかと思いまして。ルスカ殿かサラヴィ殿なら?」
「サラマでいいぞ。んじゃ俺が頼んでやろう。今聞いたことをサラマに頼めばいいんだな」
「いえ。それはさすがに……」
「問題ないって。しっかし日本は変わっているな」
セッポはサラマと交信して、すぐに受諾の回答を得た。
「今すぐ実行するってよ」
「いいんですかね……」
みずから提案しておいて、気が引けるイネだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
乱数の偏り。ゲームではありがちですね。物欲センサーに苦しめられます。
ええ。大昔のゲームは5%でも必中だったり、回避されまくりたったのですが、あまり触れると怒られそうなのでこのへんで!
旧伊勢神トンネル付近で不思議体験をしたのですが、旧伊世賀美隧道の現場では死傷者はいなかったそうで、心霊番組で除霊などやって心霊スポットになったそうです。有形文化材です。
現在はなんとラリーコースに改修だとか! 霧がでてクラッシュでまくりだったそう。
で、原因は霧と未舗装路と狭いトンネルだったことで。いるかどうかもわからない怨霊さんのせいにされたりされていなかったり。
応援よろしくお願いします!




