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魂無き者の末路

「装甲が硬いという伝承は、内部には効果がないということですよジン」


 イネが通信を用い助言をする。


「肉薄して攻撃魔法を接射するしかないか」


 内部といっても銃眼は閉じられている。

 幸い目に見えぬパルチザンたちが気を引いてくれている。


「とくにソ連の戦車は身長制限が厳しかったといいます。内部に魔法を放てば攻略できるはずです」

「やってみる!」


 とても年代物の戦車とは思えない正確な砲撃が、シデンを狙う。

 壁となって立ち塞がるT-34を、シデンは跳躍して飛び越える。


「無茶を!」


 十字砲火のように、猛攻撃をおけるシデンであったが、もうその場所にはいなかった。

 T-34もチャーチルマークⅣもシデンを見失う。


「空蝉」


 ジンがそっと呟くと、すでにIS-2重戦車のすぐ上――砲塔の上にいた。これならいけると踏んだのだ。


「戦車ならトップアタックだろ?」


 剣を取り出すと、上部のハッチに突き立てる。ヴァーキを込めると紙のように装甲を貫いた。本来ならここから身を乗り出して、周囲を確認するはずなのだ。

 ハッチは簡単に切り裂くことができた。剣を用いてテコの原理でハッチを少し浮かせたあと、シデンの指を差し込み、強引にハッチを引き剥がす。マニューバ・コートの動力でも十分だった。


「中は空洞か。――火遁!」


 巨大な炎をハッチから叩き込むと、砲塔が大爆発を起こす。

 怨霊弾なので誘爆するか不安だったが、想像以上の大爆発が発生した。


「ジン!」


 アイノが叫ぶ。

 シデンはすでに戦車上部から跳躍していた。

 IS-2重戦車の爆発は続き、やがて灰燼に帰した。


「心配させないで!」

「すまない。――次はKV-2重戦車だ」


 IS-2重戦車よりもさらに機動力がない、動く壁KV-2重戦車を相手にシデンは接近を試みるがチャーチルマークⅣやT-34に阻まれ接近することはできない。


「私達がいることも忘れるな!」


 サラヴィが叫び、盾を構えながらヴァーキライフルを放つ。

 アイノとルスカが搭乗するエルヴスが魔法を放つ。援護射撃がT-34を塵に帰していく。


「数だけは本当に多いな!」


 砲撃や機関報の猛射は続く。

 サラヴィのエルヴスはその巨大なシールドですべてを受け止め、防いでいた。

 ミルスミエスの装甲は50ミリ砲弾に耐えられるが、ヴァーキとクラスシステムのおかげか、物理法則を無視した耐久性を誇っている。シールドも同様だ。


「少し前よりも、ごっそりと敵の数が減っているわ。重戦車が召喚の触媒になっている?」


 アイノが敵部隊の変化を察知する。

 

「そうか! 重戦車を倒せば、護衛のこいつらも消えるってことね? ジン。聞いている?」


 ルスカがジンに呼びかける。


「聞いている。重戦車さえ叩けば、戦闘機も消えるかもしれないな」


 やはりゴーストタンクなのだ。起点はこの重戦車だと判断するジン。


 KV-2重戦車の砲塔に乗ると、ヴァーキライフルを打ち続ける。

 上部装甲が破壊され、剥き出しになった内部に火球を投げ込む。


 遠く、どこからともなく歓声が聞こえる。


 T-34やチャーチルマークⅣの影が薄くなり、やがて駆動音だけになる。


「撤退したのか。そういえば乗組員の亡霊はいなかったな」

「いないよ。レーニングラードでは。かつてのソ連は天国も地獄もない。そういう価値観だったから」


 悲しそうにサラマが事実を伝える。


「え?」

「当時の施政者レーニンとスターリンは共産主義だよ。唯物論の価値観よ。宗教の否定、東方正教会ですら弾圧をうけた。スターリンは大祖国戦争が始まると一転して方針を転換して、迫害して弾圧していた東方正教会の権威を取り入れたという歴史。それが始まったのが1941年。レーニングラードが包囲された年」

「価値観が急に一辺するわけもないか」

「レーニンが死去した際、この年はレーニングラードになったソ連第二の都市。影響力も大きいわ。もちろん宗教を完全に捨てることなど不可能だから、隠れ信者がいたとしても…… 天国も地獄もない。ただ土に還るだけの人間も多かったはず」

「地獄のような餓えを味わってるさなか、死んだら土に還るだけから、天国に行けますと方針転換されても困るよな……」

「何も思う必要はないわ。もう歴史の向こうの出来事よ。本来ならこの場所は英雄都市サンクトペテルブルク。聖ペテロの街なのだから」


 サラヴィが顔をしかめて、通信に割りこむ。


「ジン。早く立ち去ろう。パルチザンたちの亡霊がまだいる」

「味方ではない、か」

「味方ではないさ。西側諸国に見捨てられた、憂国の戦士たち。相容れないとまではいかないが、恨み言ぐらいいいたいだろうさ。とくに私達フィンランドはドイツと組んだからね」

「日本も人のことはいえないな。早く立ち去ろう」


 戦闘がようやく終わっても、重い空気が残っているのはそのせいだろう。


「しかし、何か…… もの悲しいな。ものの憐れというか。このレーニングラードといい、なんとか安らかに眠る方法はないだろうか。なんだろう。悲しい気持ちになる」


 イネがはっと顔を上げる。


「ジン殿! いけません! 死者に引っ張れています!」


 それは緊迫の警句だった。



いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


唯物論。死んだら土に還るだけという思想は当然といえば魂が実証されていない以上当然かもしれません。しかしながら当時のソ連全国民がそういう価値観だったかは不明です。ただ、スラヴ系の異教はこの時ほとんどが根絶やしにされたのではないかなあという感じがします(ロシア語Wikipedia見た感想)。

ゴーストタンクにゴーストクルーはいなかったのはこれが理由です。ただソ連が東方正教会の方針転換をしたのが1941年。いくら後世で英雄都市といわれようが、餓死した市民の苦痛や恨みは相当強かったのではないかと思います。ダンジョンマスターはそれらを利用してメカ?アンデッドを造り上げています。


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― 新着の感想 ―
[一言] まあかつての巣鴨拘置所であるサンシャイン60には共産主義者の幽霊の話があるけどね やっぱり戦車にはトップアタックか地雷か
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