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トナカイの魔法

「なあ。どうしたらいい?」


 痛ましげな視線を送る精霊に、ジンは尋ねた。


「あなたは全力を尽くしてくれました。あのままではこの子も死んでいました。ありがとう」


「この子には君が見えていないようだ」


「見える方は珍しいのです。そして見えない人には力も貸せません。私を認識できないから……」


 コックピットから警告音が鳴り響く。


「まだゴブリンがいるのか!」


「ロウヒをいなくなって統率が取れなくなっている。軍勢としてこそのゴブリンだから、統率が取れなくなった以上はただの殺戮者です」


 父の死体にすがって泣き続ける少女を一瞥し、無理に連れていくことは困難だと判断する。


 コックピットに乗り込み、ゴブリンに備えることにしたジン。


 レーダーには五機のゴブリンを確認できた。


「何か方法はないものか……」


「お願いしてみてはどうでしょうか?」


「わっ!」


 いつの間にか後部の荷物置き場を予備座席にして座っている精霊に対し、ジンが驚きの声をあげた。


 一緒に乗り込んだ気配はない。


「いつのまに?」


「そんなことよりあの子を」


「誰にお願いすればいいのか……」


 スプライトのカメラが移動し、カメラが森の奥を映し出す。


 そこにはあまり見覚えがない灰色の体毛をした動物が写っていた。有名だが日本には動物園ぐらいしかいないはずだ。


「トナカイ?」


 立派な角を持ったトナカイの群れが遠巻きに彼らを眺めていた。少数ながら角のないトナカイもいる。トナカイの牧畜はこの地の伝統産業だ。


「ヴァーキを使って話しかけたら、反応するかも。今このマニューバ・コートのヴァーキに対するリミッターは解除しているからあなたならできると思います」


 動物に話し掛けるという事に戸惑いを感じながらも、ジンは意を決して呼びかけた。


「トナカイさん? この女の子を助けてくれないか」


 トナカイたちはぞろぞろと少女を取り囲み、一匹が角を使い器用に少女を背に乗せると、集団で走り出した。


 それこそ魔法のようだった。


「待って。お父さんが!」

 

 少女の懇願に耳を貸さず、走り出すトナカイたち。想像以上に俊足だった。


「頼んだぞ! トナカイさん!」


 ジンが拡声器で呼びかけると、少女を乗せたトナカイが振り返って頷いた。


「賢いな」


「トナカイは賢いです」


 精霊が微笑んだ。その美しさにドキっとする。


「なあ。精霊さん。名前を教えてくれ。俺はジン。カツマ・ジンだ」


「私の名ですか。恥ずかしくていえません」


 少女は視線を逸らして応えた。何か理由があるかは不明だが、名前が言えない存在らしい。


「ニックネームでもいい」


「――サラマ。サラマと呼んでください」


「わかった。サラマ。ゴブリンの群れと戦うんだ。もう一回力を借りていいかな。もう左腕しかないんだ」


「私もロウヒへ攻撃を仕掛けた時に力を使い果たしてしまって。もうあまり大したことはできないのです」


「とんでもない威力だったもんな。俺も死にかけた」


 ジンがロウヒを倒した時を思い出した。失神した理由は間違いなくヴァーキのせいだろう。精神力といってもいいかもしれない。


 吹き飛ばされた衝撃は運がよく左腕部破損で済んだ。


「ごめんなさい」


 申し訳なさそうにサラマが謝罪する。ジンがそうなることは知っていたからだ。


「いや、感謝しかない。ありがとう。そして逃げてくれ。今からゴブリンとやりあうんだ。俺に付き合う必要はない」


「死ぬ気ですか?」


「いいや? でもあいつらが人を殺すなら倒さないと」


「わかりました。私も手伝います。できるだけのことはやりましょう」


 スプライトは片腕しかない状態でゴブリンがいる方角へ向かう。すぐに接敵した。


「ではヴァーキを用いて魔法を使いましょう。リミッターが解除されているので。イメージというか。――ジンさん。ファンタジーのコンピューターゲームで魔法といえばなんでしょうか?」


「え? ファンタジーで? ファイアボールとか火の玉がまず思い浮かぶ」


「それでいきましょう。ロウヒが使っていたようなものをイメージしてください」


「わかった」


 ゲームでは火焔系攻撃呪文はありふれたもの。


 スプライトの右掌に火球が発生した。


「これか! 飛び道具は助かる」


「投げつけてください!」


「了解!」


 火球はゴブリンの編隊に向かって飛んでいき、着弾と同時に大爆発を起こす。

 

「大爆発したぞ!」


 舌を出して照れたような笑いをするサラマ。


「ありゃー。ファイアボールの上位になっちゃいましたね。ボーライトとでもいうべきでしょうか。小型版のメテオみたいなものです」


「……」


 絶句した。ロウヒを倒したときもメテオだった。


 この少女はとんでもない存在ではないかと、今更ながらにジンは思ったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


  

「うぅ…… 吐きそうだ」


 ヴァーキの使い過ぎで、ジンの疲労は再び限界に達していた。


「このままだと死にます」


 サラマは冷静に事実を告げる。


 ここらは精霊ゆえなのか、心配そうなそぶりは見せない。


「だろうな。まあ、いい。やれることはやったさ。心置きなく逝ける」


「簡単に諦めないでください」


 むっとしたサラマが文句をいう。誤解されたことへの不満だ。


 ジンの返答が気に障ったようだ。心外だというような表情を浮かべている。


「一つ提案があります。ここで死ぬか。――長き休息のあと、目覚めるかです」


「どういうことだ?」


「あなたの体も、この機体を修復する場所もあるということです。ですが代償も必要です。それは時間です」


「時間?」


「十年かもしれないし三十年かもしれない。あなたが人間から外れた存在になってしまう可能性もあります」


「死んだなら?」


「そこであなたの意識は終わりです」


「わかった。こいつも――スプライトも修理可能なんだな? 時間を払おう」


「はい。そう答えてくれると信じていました」


 サラマはにっこり笑い、コックピット内からスプライトに話し掛けた。


「ねえジン。目標の座標を転送したわ。表示できますか?」


 コックピットに周辺の地図が表示された。


 小さな湖の傍で、ここからはそう遠くない。


「巨人のケトル? 観光名所じゃないか」


「巨人のケトルといわれる場所はフィンランドにいくつかあります。そのうち一つです。行きましょう」


 スプライトが歩き出す。


 吹雪も収まったようだ。


「あの女の子、助かったかな」


「トナカイたちが走っていった方向にはサッラの町があります。きっと大丈夫です」


「そうだといいな」


 目標地点に到着し、巨人のケトルを探すジン。


「どんなケトルなんだ。お湯でも沸くのか」


「巨人サイズの水たまり、ですね。氷河期の氷が溶けた融雪水が岩盤を削り、水飲み場のようになったのです。伝承ではヒーシがいます」


「ゴブリンのこともヒーシと呼んでいたな」


「ゴブリンもオウガもオークもジャイアントもヒーシの概念です。妖精――トントゥがエルフやドワーフ、トロールまで全て含まれるように。詳しい話は目的地で話しましょう。あなたが死にかけています」


 ジンは思わず苦笑した。確かに意識がもうろうとしている。


「柵があるな」


「無視して飛び下りてください。そこが目的地です」


「わかった」


 疑うことなくスプライトを操縦するジン。


 崖のようになっていて、水面には氷が張っていないようだ。


「浅いのかな」


「本来なら浅いですよ。でも今はとても深いかもしれませんね」

「――跳ぶか」


 スプライトは大きく跳躍し、衝撃に備える。


 水面に衝突し、機械の巨人は薄暗い水の底に消えていった。

サラマはメテオ系ヒロイン!

次回で閑話をいれてミルスミエス導入章に入ります!


【妖精(Tonttu)】

フィンランド語の妖精を意味する言葉はいくつかありますが、代表的なものがトントゥです。

Tonttuトンットゥが発音的に近いのですが読みにくいしトントゥ表記も多く、トントゥでいきたいとおもいます。


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― 新着の感想 ―
[一言] >トナカイは賢いです 鯨偶蹄目は基本賢いよね、イルカやクジラに限らず
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