戦場の伝説【チャーチルMk.VI】
「強行突破してどうする? 本当にこの大軍を抜けると敵本陣ではないのか? この先は悪路だぞ」
サラヴィがジンに確認する。
「いいや。この空間はおそらく【モンスターハウス】だ。ゲームのダンジョンなら、この空間限定のものだと思う」
「モンスターハウス?」
「敵がやたらいる小部屋だね! ローグ系やハクスラだと密集している地点は絶好の狩りポイントだわ」
サラマは納得したようだ。
「空にも陸にも敵がいる。メカモンスターではなく、かつてこの場所で壊れた兵器がね」
「早速おでましだよ!」
ルスカが駆るピクシーのレーダーが敵機体を補足する。
「敵車両を確認。先ほどのT-34に…… あれは!」
ルスカが絶句する。
「イギリスの戦車だ! 精霊だった頃の大昔、見たことがあるよ!」
「……え?」
「チャーチリだね。今でいう装軌戦闘車になるのかな。私も見たことあるよ」
サラマは古から生きるフィンランドの精霊。
当然その記憶はある。
その声に反応したのは守山だった。
[チャーチル歩兵戦闘車だな。あれはマークⅣか」
「だからどうしてイギリスの戦車がレーニングラードにいるんだ!」
「第二次世界大戦はイギリスが積極的にソ連を支援していたんだ。レンドリース法といってな。戦車や航空機も多く提供され、チャーチル歩兵戦闘車はソ連兵も愛用された。レーニングラード戦にも投入された記憶がある」
「性能は?」
「整地された土地でも20キロ程度。悪路なら13キロ程度だな。問題はマーク4は6ポンド砲――主砲の口径は57ミリ」
「なら余裕そうか?」
「主砲も当時の砲弾ならミルスミエスの装甲でも防げるが、アンデッドタンクはどうなのかわからん」
「わかった。交戦を開始する」
整地された地面で時速20キロは、現代のロードバイクの速度と比較しても、四分の一程度しかない。ギネスブックの100メートル短距離走ですら時速換算したら40キロ近くになる。いかに鈍足かわかろうものだ。
ローラーダッシュから大きく跳躍して、走りながら側面に回り込むシデン。
「なんだと?!」
戦車が車体ごとシデンの方向に向いていた。砲塔の狙いも定まっている。
かろうじて砲弾を交わし、マジックミサイルを放つシデンだったが、装甲に阻まれる。大したダメージにはなっていない。
「想像以上に堅牢な装甲だ。砲も直撃を受けるとやばそうだ」
「油断はするな。チャーチル歩兵戦闘車は鈍足でも装甲は厚く、最前線の兵士たちには好まれたという。いわば戦場の伝説だ」
サラマが眉を潜める。
「戦場の伝説は厄介だよね。当時の評価が伝承となって、あのゴーストタンクを【堅牢な戦車】にしているの」
「側面に回り込んだら車体ごとこちらに向いていたぞ」
「チャーチル歩兵戦闘車は超信地旋回も可能だ。鈍足でもあらゆる悪路を走破できた。何より動いている原理が通常の物理ではないのだから、油断はするな」
「歩兵の盾か。スペック以上の伝説になるわけだな!」
あらゆる悪路を走破して、何より壁になってくれる車両は歩兵にとってありがたい存在だったのだろう。
マニューバ・コートも高性能化しているが、装甲は装甲車並しかない。20世紀半ばに開発された120ミリ砲から発射されるAPFSDSには為す術もない。戦車があれば戦車を盾にして隠れたいほどだ。
「チャーチル歩兵戦闘車にT-34も大量にいるか。掃討しないとまずいな」
「MPもつ? 範囲魔法で一掃できないかな」
「こんな空間でも一応地下だから範囲魔法は危険だよ。せいぜいマジックミサイルぐらいかな」
ルスカとしてはあまりの多さに範囲魔法で勝負を決めたいが、ジンの範囲魔法は威力が桁違いだ。
地下世界に影響が及ぶかもしれない。
「みんな。散開しろ!」
ミルスミエスは即座に散開する。彼らがいた地点に、榴弾が炸裂した。
「あれは……!」
ルスカの目に怒りの火が灯る。
「次はKV-2重戦車だ。冬戦争――対ポーランド、しかもカレリア地区攻略のために開発された、榴弾砲装備の重戦車だよ」
フィンランドの精霊であるルスカにとっては因縁ある相手なのだろう。
「一輌だな。チャーチル歩行戦闘車やT-34を蹴散らして、一気に叩きたい」
ジンの発言に、サラマが忠告する。
「あれも伝説の戦車だよジン。リトアニアのラシェイニャイ市近郊では、たった1両のKV-2重戦車がドイツ軍の進撃を食い止め続けたと言われている曰く付きの代物。あまりの巨体に、ドイツ軍は【街道上の怪物】や【ギガント】と呼んだ」
砲塔が異様なほど巨大な、いびつな戦車だ。
重戦車と呼ばれるほどの装甲を追求した結果だった。
「そんな戦車がレーニングラードに投入されたのか?」
ミルスミエスはあくまで強化服分類。歩兵で対処できるか悩むジン。
「記録に残っているな。ジン君。ドイツ軍のティーガーに為す術もなく散っていった怨念たちが、自らの英雄を呼び出したということだろう」
守山が推測する。序盤、ソ連軍はドイツ軍に為す術もなかった。動く要塞ともいえるKV-2はレーニングラード市民にとっては英雄的存在だっただろう。
「そんな重戦車を攻略するのか」
そう話しつつも、T-34を撃破していくジン。
チャーチル歩行戦闘車も彼らをとりまくように数を増やしていく。執拗な集中攻撃をなんとか回避したいところだが、被弾も増えている。
「強くはないが、数が多いな。……それだけの戦車と兵士がこの地で散っていったということか」
「市民もね」
サラマが付け加える。レーニングラードは包囲されろくな補給もなかった。多くの餓死者を生み出したこの街は凄惨の一言だ。
「T-34よりもチャーチルマークⅣのほうが防御力がある。伝承効果でこれならあの重戦車はさぞや硬いんだろうな」
ジンが思わずぼやく。兵士に歓迎されたという逸話は、チャーチルマークⅣをより強くしていた。
KV-2がたった一輌でドイツ軍の侵攻を足止めした逸話は、相当な効力を発揮していると予想できた。
「ジン。さらに悪い報せだ。別の中ボスを確認した」
「別の中ボス?」
サラヴィがアイノたちの盾となっている。
「IS-2重戦車だ。122mm 砲と徹甲榴弾を備え、ティーガーを攻略するために生まれた化け物で冬戦争に投入されている。エリート部隊に配備された、獣狩りの【狩人】だ」
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
さてWWⅡにおけるレンドリース法、その供与兵器です。主にアメリカがソ連に対する援助国ですが、イギリスも大きく役割を果たしました。結果、連合軍は無事勝利して、冷戦に至るので何が起きるかわからないですね。
アメリカはいつも支援した国の後始末に追われている歴史もありますね。
現在はウクライアにレンドリースが行われています。
バルト海沿岸の戦争は激しく、レーニングラードは多くの新兵器が投入されましたので、中ボスとして参戦です。ほぼレイド級の強さになっているのではないでしょうか。
IS-2にいたっては2013年から2014年のウクライナ内戦で博物館から強奪されて実戦投入されたとか。
リアル「博物館からもってきたのかよ!」ですね。
KV-2のほうもウクライナで2017年に地面に実物が埋まっていたそうで、唯一の現物だそうです。
写真はヤ○トを彷彿させるサビサビでしたが、稼働した夢がありますねw
ウクライナの東部で戦争が激化しているのも、もともとはソ連の工業地帯でウクライナのGDPの七割を占めていたともいわれています。西部は農業地帯で、ウクライナとしては国土分譲案は稼ぎ頭の重工業地帯を手放したら、あとは少しずつ分割されていく未来しかないので飲めないのでしょうね。
と、普段はあまりしない現代戦についても少しだけ触れておきますw




