ゴーストファイター
アゾフカの休憩所を出た四人は、次の階層に到着して絶句した。
「これは…… 守山さん。見えますか? おそらく幽世の領域に近いはずです」
「君のミルスミエスと同期しているから見えているよ。空がね」
シデンが見据えている先に天井は無く、赤く染まる空だった。
「地下に空があるのか……」
「深い領域に辿り着いたね」
「ダンジョンというより異世界だな」
サラヴィが声をあげる。
「レーダーに反応あり」
背筋がぞわっとくる。これは兵器の類いではないと確信するジン。
「なんだこれは……」
シデンのカメラが捕捉した敵影。――戦闘機だ。
「金属反応が薄い。なんだこれは……」
ジンが見たこともない戦闘機だ。記憶にある資料の形状だが、細かい機種までは到底理解が及ばない。
プロペラが機首にある、単葉機だった。
「ジン君。あれはI-16戦闘機だ。戦闘機といってもロケットや爆弾を積んでいるがね。――つまりI-16の形をした死霊の類いだろう」
「あれはこの世のものではないよ。空にいてはいけない存在」
サラマが珍しく怒気を発する。
「どんな戦闘機なんだ?」
「制空権という概念が提唱される前の機体だね。第二次世界大戦以前に開発されたソ連の戦闘機だ。航空機開発競争の過渡期ともいえる存在でね。性能は高いとはいえず、いわばやられ役だった」
「やられ役とは怨念も凄そうだ」
「当然だな。当然冬戦争やレーニングラード戦にも投入されたが、ドイツ戦闘機に手も脚もでなかったという」
「了解した。まずは撃墜してあの世に還ってもらおう」
「頼む。あの機体は物量作戦で旧日本軍も苦しめられた。対応に迫られ完成した機体が一式戦闘機だといわれている」
「日本とも因縁ありか!」
シデンのリアクターが唸る。
「対空戦闘用意。全機、撃墜する。頼んだぞ、アイノ。遮蔽物がないから移動を絶やすな。シルヴィ、アイノを護れ!」
「はい!」
「その命令は望む所だ!」
アイノは膝射専用の車輪を展開し、狙撃移動体制に突入する。これは人型兵器ならではの機能だった。
シルヴィは大きな盾を構え、アイノへの射線を遮るための防御態勢に入る。
「ルスカ。エルヴンアーチャーの腕の見せ所だぞ。俺たちが撃ち漏らした戦闘機を狙ってくれ。全機撃墜しても構わないぞ」
「そんな命令を待っていたよー!」
俄然やる気をだすルスカ。エルフの射手として、狙撃手が英雄の国の精霊として、ソ連機如きの怨霊に後れをとるわけにはいかないのだ。
「敵編隊は地表から万メートル以下。低空飛行か。高度を落としてくる。もうすぐ交戦距離に突入する」
「ジン君。それは敵レシプロ機の最高高度だ。どうやらそのあたりは大昔の諸元が上限みたいだな」
「守山さん武装はわかりますか?」
「おそらく12・7ミリ機関報だ。対地攻撃を装備していたとしてロケット弾採用機がわずかだが…… 怨霊だからな。どの形式かはわからん」
「了解した。撃ち合いなら負けそうにないが、油断は禁物だ」
「ジン! レーダーを!」
「は?」
一瞬呆気に取られるジン。膨大な数の編隊が後続に控えている。
「なんて数だ。似たような機体もあるのか」
「I-15戦闘機との混成部隊だね」
イネが悔しそうに唇を噛みしめる。
「あいつら相手ならこちらも隼を召喚したいぐらいですね……」
「亡霊空戦になってしまう。やめよう」
「さようですね」
「気持ちはわかります」
飛梅がイネを慰める。
「ところで――イネさんは一式戦闘機を召喚できるんですか?」
堀川が核心をついた。
「あの場所なら――いいえ。真偽は定かではない、ということで」
にっこり狐目の笑みを浮かべるイネ。
可能だと判断した堀川だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「キリがない!」
さすがのジンも悲鳴をあげる。
無尽蔵ともいえる敵編隊。敵機銃の威力は当時と同等のようで、ミルスミエスの装甲を貫通することは無かった。
急降下攻撃を仕掛けてきては、撃墜されていくI-16。
「弱いんだけどね…… 数が」
ヴァーキを用いて応戦するものの、遮蔽物がない。移動して撃ち落とすしかない。
「本来なら対空機関砲の仕事だからな」
人型兵器の利点は汎用装備があるところだ。加えてミルスミエスにはヴァーキ系の魔法がある。
「ジン。空に気を取られすぎた。地上兵力も向かってきている。一時撤退するか?」
サラヴィもこの数は難しいと感じているようだ。四人だけで50機以上は撃墜しているのだ。
「キリがないな。しかし大本を叩かないと。地上兵力は?」
「アンデッド系の人型兵器に、亡霊戦車だ。T-26やT-34だが……」
「T-26までいるのか。無限沸きしそうだ」
状況の報告を聞いた守山が顔をしかめる。
「ん? どんな戦車なんだ」
「機銃しか搭載していない軽戦車だ。本来の任務とは逆に、アンデッド機体を護るための随伴車両といったところか。強いか弱いかでいったら、それはもう弱い」
「え?」
「火炎瓶で撃破されたこともある。装甲も薄い。豆戦車相手には強かったらしいが比較してはいけないな」
「豆戦車? 弱そうだな」
「ちなみにイギリスのヴィッカーズ社が設計して量産がソ連だった。ソ連相手にはイギリスは相当やらかしているが、これはまた後日話そう」
「歴史の話は聞きたくないぞ。面倒だ。日本のもな」
第二次世界大戦など、もうじき22世紀になろうという現在においては遠い歴史だ。
「そういうな。当時の日本車も戦車に関しては弱いがね。T-26はフィンランドの冬戦争にも投入されているが、相当数鹵獲された」
「聞いたことがある」
アイノが思い出したようだ。歴史の授業で学んだことがある。
「弱い車両か…… しかし引き返しても、補給しようも、対処する兵装もない。このまま俺だけでも突っ切るか」
「それはダメ」
「ついていくに決まっているでしょ!」
「ジン。そういうところだぞ」
サラマを除く全員に怒られた。サラマは一心同体なので気にしていない。
「わかった。――合図したら突っ切る」
ジンもまた覚悟を決めた。迷宮を攻略しないと、この空間が広がることになるのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。誤字報告助かります!
ダンジョンとはいっても地下世界と化したレーニングラード。空もあります。
ゴーストファイターとはいってもステルス戦闘機ではありませんが…
金属製でありますし、RCSはF-35の二倍ぐらいあるようなので、普通に探知できそうです。
真夏の怪談回にするには微妙な位置でしたね…!(そういうお話ではない)。




