石の花
「石の花というのは具体的にどんなものなんだろう」
「通貨代わりだからそれだけで価値があるもの、だよ。発行者は国ではなくてアゾフカやドワーフたちだね。どんな値で売るかは彼ら次第だ」
ジンの疑問に堀川が答えた。
「ウラル山脈由来のマラカイトをはじめとする鉱物を用いて石細工を作りましょう。それなら貴金属と違ってレアメタル相場にも影響は出ません」
「安い鉱物なら単価なぞたかが知れとるからのう。あとは儂等の技術次第じゃ」
「単価が高いものはウラル山脈で採れる貴石でもいいかもしれません。貴石や半貴石に分類されるものはやめましょう」
アゾフカとドワーフたちは早速石の花について話し合っている。
「貴石と半貴石はどう違うんだ?」
宝石についてはまったく知識がないジンが確認する。
「実は明確な分類はないんですよ。半貴石という表現自体、もう公式には使えません。水晶の基準であるモールス硬度7以上のものを貴石とする、宝石と貴石は同じなど、学会で統一された意見はありません」
「なるほど……」
「大切なことは劣化しないこと、美しいものであることです。サンゴや真珠だって宝石で価値はありますよね。私達が用いるものはウラル山脈で採掘される孔雀石やキャッツアイと呼ばれる金緑石を使用しましょう」
「石の花が通貨代わりか。金本位制ならぬ宝石単位制か。近代のようだ」
堀川が歴史を思い出す。かつて価値がなかったダイヤモンドは加工技術の発展により、ユダヤ人によって持ち運びが容易な資産として使われたことを思い出す
「芸術品扱いかも。細工次第では現物の価値も上がるね。ウラル山脈は多くの金属を排出していた歴史があるしね。今のウラル山脈近辺の孔雀石を使った工芸品は存在しているけど、石そのものは輸入品なんだよ。でもその工芸技術はしっかり残っている」
サラマが説明してくれた。
「では石の花を新国連軍で委託し、迷宮内通貨として運用すれば解決か」
「そうですね。私達も顕界の通貨を手に入れることですし」
アゾフカがほっとした様子だった。
「顕界はいいですよー。私達の世界には存在しない娯楽がたくさんです」
飛梅が保証する。
「幽世やもっと上位次元には娯楽がないのか」
「あるにはあるのですが、何せ異教の神様たち、現在の娯楽を楽しんだという伝承がないので……」
「日本の神々や私達カレヴァの住人は近代や現代にわりと溶け込んでいるので、相性が良いんですよね。他の幽世は苦労していると思います」
サラマが語る、幽世事情だった。
アゾフカが端末を取り出し、誰かとやりとりしている。
「今ショートメッセグループにも連絡しておきました。サンプルができ次第、魔石同様アイテムドロップするはずです」
「誰に連絡したんですか……」
堀川にしてみれば嫌な予感しかしない。
「えっと。ロウヒとかヴェルスとか……各地のダンジョンマスターに」
言いづらそうにするアゾフカ。
「ロウヒとヴェルスに連絡が取れるのか……」
「私達は鉱山由来ですからね。ヴェレスはルーシやリトアニアの伝承にある冥府と畜産の神です。同根語で遡るとインドのヴリトラやヴァラと同じくするといわれています」
「ロウヒはどうなんだ……」
「ロウヒも本来土地神のようなものですよ。世界を滅ぼす悪神ではないですから。あらゆる病気や魔障の大本なだけで」
「余計たちが悪いな!」
「ダンジョンが成立しないとロウヒも都合が悪いですからね。ダンジョンマスターのアレンジにも限界がありますし。でもこれで各地のダンジョンへ出店可能になりました!」
「サラマもひょっとしてロウヒと連絡は取れるのか?」
「敵対関係だから取らないよ! 日本にいる武神一同のほうがまだ連絡しやすい!」
「そうだよな。変なことを聞いてすまなかった」
「あの神様たちと一度話し合ってみたいですね。色々と」
堀川が溜息をついた。マニューバ・コートやミルスミエスは彼らも絡んでいるが、フィンランド経由には一言文句がいいたいようだ。
守山が深刻な顔をしていることにジンが気付いた。
「どうしかしたのか? 守山さん」
「味方が増えることは喜ばしいが…… 石の花ドロップはいわば追加アップデートのようなもの。より幻想の存在を――ダンジョン固定化に繋がるのではないかと思ってね」
「そこは諦めてください。どのみち放置していたら世界中ダンジョンだらけになりますよ。ダンジョンマスターを倒して時間を稼ぐ。顕界の人々による対処療法が精一杯ですね。もし根治を目指すなら……」
「目指すなら?」
「あらゆる伝統、神話を忘却することです。不可能ですよ。一つの価値観で統一するか、神話伝承を古い因習と位置付けして真っ向否定するか。――実際目指した国家は歴史上いくつかありましたよね? どうなりました?」
「答えを言うまでもない。不可能だな。我々もそんなことは望んでいない」
守山が肩をすくめた。
「今回の事象は彼らが行ったことに対する一種の祟りみたいなものかもしれませんね」
飛梅がぽつりといった。
忘れ去られるというのは辛いもの。自分は恵まれているのだと心底思っている。
「祟りといえば…… この先は激戦区ですよ。迷宮だと思わないでください」
アゾフカが彼らに対して忠告を発した。
「迷宮だと思わないほうがいい?」
「ええ。これより先は冥府に片足突っ込んだ領域です。そしてこの場所はサンクトペテルブルク。かつて【レーニングラード】と呼ばれた地獄を、虚飾にまみれた英雄都市の名で上書きしてまで封印した土地。曰く付きもいいところですからね」
アゾフカは淡々と語る。むしろその様子に言い様がない不安に襲われるジンであった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字脱字報告助かります!
世界のアップデートで、ドロップアイテムが増えました。魔石の他に石の花が落ちます。魔石とは比べものにならないぐらい価値は低いのですが、迷宮で補給できるという希少性で実装直後は高値になるでしょう。ネトゲあるあるですね。これは現実に侵食する幻想の話なのですが!
幽世や神域にいる神様たちの技術水準は高いので、装甲剥ぎ取りで強化回は速くやりたいですね。今話題のP○エンジンのサ○バーナイトと2です。
今回はマイナーな神様のためアゾフカと混同された「姐様」こと「銅山の姉様」の説明を。
銅山の姉様は祝福をくれるかわりに手が黒ずんで肺を悪くします。おもいっきり鉱山病ですね。
ある男性が彼女の弟子になり行方不明になって婚約者がずっと銅山の姉様にお願いしたところ、弟子に記憶を忘れることを条件に彼女のもとに戻ってもよいと言いました。
男性は彼女のもとに戻ることを決めたところ、弟子の決定を良しとした銅山の姉様は記憶をそのままに弟子を人里に帰し、彼とその妻はその技術で幸せに暮らしたのです。
神隠しですね! といっても比較的新しい時代の民話でロマノフ王朝ぐらいです。姉様、若いなあ。




