安全地帯
「進むしかないのなら、入ってみよう」
「わかった」
ジンは恐る恐る看板を横切り、ゆっくりとシデンを歩行させる。
カメラが人影を捕らえた。
「……ドワーフ?」
長い口ひげ。手足の短い老人風の男性がこちらを見ている。
怒っている様子はない。
「エルフがいるんだからドワーフもいるよね!」
「エルフに擬態しているようなものですよねルスカは」
「そういうこと言うんだサラヴィ!」
「待って。そういうことならあのドワーフは、どこかの神話体系に属する人物なのかもしれない」
サラマの憶測に頷くジン。幻想は敵ばかりではなく、彼女たちのような存在だっているのだ。
友好的な存在との接触は幾万の敵を撃破するよりも貴重だ。
「話し掛けてみる」
ジンのシデンがドワーフに近付く。
「機体の中から失礼する。はじめまして。俺達はこの迷宮を攻略している者だ。ここは休息所なのだろうか?」
ドワーフが破顔した。好々爺のような笑顔だ。
「はじめまして。若者よ。挨拶から入るとは嬉しいものじゃ。そうじゃよ。ここは休息所だ。お前たちも休んでいけ。ただし対価はいるぞい」
「対価か。金かな?」
受肉しているかどうかは不明だが、限界にいる以上、金はいる。
飛梅の苦労話はさんざん聞かされた。飛梅伝説の梅が新幹線と中央線で市ヶ谷にくるとは守山も思うまい。
「いやいや。金ならわしらがやるほうじゃ。……そのぅ。酒でも飲み物でも。食べ物でもいい。顕界の食べ物が食いたいんじゃよ」
通信で全員の顔がほころぶ。
酒は重要な支給品だが、ジンとアイノは飲まないのでそのまま。ルスカとサルヴィは多めにもってきてある。
ミルスミエスの内部には余裕があるので、保存が効く各自の好物がたくさん積まれている。
「酒や食べ物なら提供できるよ。俺の名はジン。あなたは?」
「精霊に名なぞ上等なもんはないぞ。ドワーフに見えるじゃろ? ドワーフで良いわい」
「思い出した。あなたたち、クラデネツじゃない?」
「その気配はカレヴァラの……! そうじゃよ。クラデネツでもスカルブニクでもジェドカでも好きな名前で呼んでくれい。元はいっしょだ」
小声でジンはサラマに尋ねる。
「どういう存在なんだ?」
「地下に住む小人で財宝と炭鉱夫の守護者。意味は財政官とか会計人とか…… そのお財布を握っている人をジンの国では大蔵大臣って古い言い方があったでしょう? そんなニュアンスの意味を持つの。良い存在よ」
「なら安心だ」
「ええ。邪悪なものがくると、彼らは攻撃して追い払ってくれるという伝説もある。まさに安全地帯よ。ここは」
ジンは首を縦に振ると、ドワーフに呼びかけた。
「是非休ませて欲しい。機体から下りてあなたたちと話がしたい」
エルフの次はドワーフだ。生身で話をしてみたい。
「わしらもじゃ。安全は保証するぞ。アンデッドを近付かせたりはせん。安心して機体から下りるがいい。駐機場に案内しようかの」
ドワーフについていく四機。その道中でサラマが思い出す。
「もう一つ思い出した。彼らはね。とても礼儀を重んじるの。挨拶から入ったのはジンのお手柄ね」
「そうだったのか。他に気を付けることは?」
「口笛。鉱山や鍾乳洞は音が反響するでしょ? あと小さいからって頭を何かで覆ったりしないことかな」
「わかった。ありがとう。本当に善良な存在のようだな」
禁忌の理由はもっともだ。地下で口笛は不愉快だろう。小さいからといってからかうような真似をしてはいけない。至極当然だ。
ジンは安堵のため息をもらした。どうやら正解を引いたらしい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジンたちはたくさんのドワーフに出迎えられ、囲まれた。
酒宴が始まった。
ジンたちが持ち寄った食事が貧相に思えるほど、豪華な食事が振る舞われた。
ライ麦パンや大麦で造られたお菓子、燻製のチーズやきのこのスープなどだ。魚料理はヒラメやニシンが抱負だった。
「こんなごちそうがあってどうして……」
「いやはや。昔ながらの料理ばっかりというのもな。ほれ、宇宙食とかあったら食べてみたいじゃろ?」
「わかる…… そんな感じなのか」
ジンも食事を堪能した。ライ麦パンは固かった。呆然としているとドワーフにスープにひたすよう言われ、そうすると驚くほど美味しい。
他の三人は慣れたもので、食事を楽しんでいる。フィンランド料理はいささか美味しくないことで有名だ。フィンランドの食事は英国料理も二番手になるという。
「神話体系的にな。古いルーシは豊穣の精霊や神々も多いんじゃ。ダンジョンで店をやりたいといったら提供してもらえたんじゃよ」
「はへー」
「フィンランドの神々もバルト海の主神に連なるものじゃろ。ウッコ殿とか」
「そうね。バルト海ではペルーンでしたね。バルト海近隣の国々の多くが雷神です」
精霊同士、話も盛り上がるようだ。
「そしてペルーンの敵対者こそヴェレス。この迷宮の主ですね」
「そういうことじゃ。冥府の神であり、世界の均衡を乱す者。もとは豊穣の神でもあったんじゃがなあ」
「あなたたちはどうしてこんなところで休憩所を開いているの?」
サラマがそう尋ねてきた時だった。
「それはわたくしからご説明いたしましょう」
グリーンの衣装に身を包んだ美少女が奥から姿を見せる。足元には茶色の猫がぴったりと付き添っていた。
「この霊気は……」
サラマたちと一緒にいることで霊感がますます鋭くなっているジン。
この精霊はサラマと同格ともいえる、強大さをもっている。
「私はあなたを知っているわ。――はじめまして。マラカイトをまとう銅山の女主人。私はサラマ」
「おくゆかしいお方ですね。本来はそんな名ではないでしょうに。はい。はじめまして。西の地に棲まう神霊よ。名は……便宜上アゾフカとでもお呼びくださいませ」
神霊? ジンが視線を合わせようとするが反らし続けるサラマ。ルスカとサラヴィは理解しているのか苦笑している。
「ジン。この方はウラル山脈の化身だよ。大物だね」
「ウラル山脈だって!」
ジンでも知っている。ロシア中央にある巨大な山脈だ。鉱脈からは多様な鉱石が採取可能で、ルーシを一躍工業国に成長させた動脈、そして北欧とルーシを隔てる天然の帯としての役割も大きい。
「だからあなたほどでは……」
少女が困ったように眉をひそめ、猫を抱き上げた。
「そちらも事情がありそうですね。色々とお話できそうです。みんな、もっとお酒をよろしくね」
少女がぱんと手を叩くと、ドワーフたちが忙しそうに準備を始める。
堂々とした仕草はまさに女主人というものであった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
色々ありました(遠い目)。もっと早く出したかったんですけどね。
銅山の女主人ことアゾフカちゃんです。本当は別人だったそうですが伝説と民間の話が習合されて同じ扱いに。
マラカイトの服を着ているのでめっちゃ派手ですね。マラカイトは染料は有名で、かのクレオパトラもマラカイトで作った緑色のアイシャドウを愛用していたとか。
ディアブロ4を少し触っているので、この小説にも影響がでるかもしれません。ハクスラ楽しい。




