万川集海と対ソ特攻
カスガの格納庫では、ミルスミエスの整備が進んでいる。
今後は日本外征部隊の一部もカスガに配属されているのだ。
「おい! そこのお前! ジンか? 本当に生きていたのか!」
ジンを見かけるや否や、駆け寄る日本外征部隊の男性が近寄る。年の頃は三十過ぎの日本人だ。
「お前、菅野か!」
男の顔に見覚えがある。ジンと同期だ。
人見知りが激しいジンだったが、仲が良かったと思える同期の一人だ。
「元気そうで何よりだ。お前、変わってないな」
「お前が言うなよ。なんだよまだ実質二十代ってマジだったのか。俺はこの通りすっかり老けちまったよ!」
確かに当時の姿に比べ、貫禄みたいなものを醸し出している菅野。
豪快に笑っている。当時から誰にでも気さくな男だった。
「お前は変わったな。カスガに乗り込む前に経緯は聞いた。――美少女や美女までたくさん引き連れてな!」
ジンの隣にはサラマとサルヴィがいる。背後には守山と堀川と飛梅が控えていた。
「彼女たちが精霊だ。俺の隣にいるサラマは天空の精霊で実体が半ばない精霊だが、菅野にも見えるようで良かった。角が生えている彼女が受肉しているトナカイの精霊サルヴィ」
「ジンの相方となったサラマです。よろしくねスガノ」
「同じくジンの仲間になったサルヴィです」
「俺は菅野。ジンと同期だ。へー。相方ねえ。やるな、ジン!」
意味ありげに笑いながらばんと背中を叩く菅野。ジンは苦笑する。昔のように、無理に否定したらサラマの好意を傷付けることになるとわかっている。
サラマもそれがわかったのか、微笑みを浮かべていた。
挨拶を済ませ、作業中のミルスミエスに目をやる。
「お前はニンジャの上位クラスシノビらしいな! 俺はケンゴウだ」
「お前も上位クラスじゃないか。凄いな!」
精霊の加護があるジンではあるが、菅野は実戦でケンゴウになったのだろう。そちらのほうがよほど凄いと思うジン。
「今の俺たちだとまだお前達の支援程度にしかならない。悔しいが、レベルアップまで待ってくれ」
「頼もしいよ。――ところでお前達のミルスミエス。何故坊さんが整備しているんだ?」
ジンが先ほどから気になっていたスタッフがいる。
作業しているメカニックは、明らかに剃髪しているお坊さんである。作務衣を身につけている。
「あれか? 高野山の方に種字を書いてもらってアンデット対策だ。文字一つ一つに対応する仏が宿るからな」
「なるのか!」
「なるよ。神聖な気が込められるらしい。新国連軍では無理な話でな。宗派で喧々囂々だ。ロザリオの扱い一つで論争があるからな。プロテスタント諸派ではマニューバ・コートサイズの聖書も製造検討らしい」
「なんだそれは……」
他教のことは良くわからない。それ以上、口に出すことは躊躇うジンだった。
「ジン。確かにあの文様にヴァーキを感じるよ」
「見栄えもいいな」
刀身や肩に書かれている大きく書かれている種字は目立つ。
「高野山のお坊さんたち、よく協力してくれたな」
「もっと武神らしくメカメカしく、とか腕部増やせって言ってたぞ、坊さんたち。メカオタの坊さんも多いらしい。ただ彼ら曰く、不動明王をはじめとする八大明王と相性が良くないらしい。帝釈天や持国天など天部の神様を顕す種字が有効だそうだ」
「何か理由があるのか」
「それは私が説明しよう。理由は二つある。西洋の魔術結社黄金の夜明け団でも東洋の五大が採用されていてね。風ではヴァーユ。インドや仏教では風天。ヴァーユだ。不動明王と相性が悪い理由は推察できるが極秘事項だな」
守山が意味ありげに飛梅に視線をやるが、そっと目を逸らす飛梅。
「記号にはヴァーキが宿る。それは間違いないな。ちなみにフィンランド軍は卍を採用している」
「何故……」
その疑問にはサラマが答えた。
「ハカリスティね。WW2以前からフィンランド陸軍と空軍の識別記号として卍を使っていたの。不思議ではないわ。斜めになっている鍵十字と似て誤解されるといけないから、今は違うけどね。幸運のシンボルとして現在もマーキングの端に書かれるぐらいには歴史があるんだよ」
「幸運のシンボルか。それならアンデットに効きそうだな」
「精霊とは相性がいいね」
おそらくそこが重要なポイントなのだろう。ヴァーキの概念は異教だからだ。
「もうモンスターもレーニングラード外にまで出現している。お前達がダンジョンに潜入するまでが俺たちの任務だ」
「ダンジョン内での補給が無理だからな。戦力が温存できる」
「任せておけ」
菅野は力強く請け負った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジンたちはミルスミエスに搭乗し、出撃を待つ。
「揚陸作戦だ。ダンジョンまでは上陸して距離もある。上陸作戦は日本外征部隊が対応してくれるはずだ」
「ゴーストタンクがいますが。安全に上陸できるのでしょうか。支援が必要では?」
アイノが疑問を口にする。
「そこは心配いらない。先にニンジャが先行するからな」
「斥候ですか?」
「いや。敵防衛線を突破する。水上からの攻撃でね」
「できるんですか?」
今度はサラヴィが質問する。水上戦機は聴いた事がない。
「湾岸哨戒船の火力支援もあるが――ニンジャは水の上を移動できる」
「……なんでもありね。ニンジャ」
ジンの背後でサラマが呆れている。
「見た方が早いな。そろそろ戦闘に入る」
画像が映し出された。
水面をスケートのように滑る、紺色のミルスミエスがいる。
「本当に水面を移動している…… 普通、沈むよね?」
アイノが絶句している。
「何か足元に平べったいものがついているな」
ニンジャを見極めようと観察しているサラヴィが正体を見抜いた。
「よくわかったな。あれはニンジャのスキル<水蜘蛛>だ。古来の、伝説だな。物理法則に反しているし、実証されたことはないが、存在したと言われる忍術としては有名なんだ」
「万川集海、という有名な忍術書にも記載されている歴史ある術ですよ」
オペレーターのイネが補足する。
画面では海岸沿いに水蜘蛛を脱ぎ捨て上陸し、鋼鉄のスケルトン相手に斬り込むミリスミエスニンジャ部隊が映し出された。
続けて近代改修されたLCACからサムライ部隊が乗り込む。カスガの甲板からはフィンランド国防軍の選抜ミルスミエス部隊が、狙撃で支援している。
「フィンランド軍も補正がかかっているな…… ゴーストタンク特攻か」
「対ソ特攻ですよジン殿。とくに彼が現在乗っている空母こそ日本のカスガ。ラップランド戦争終了時、ドイツとの戦いで枢軸国である日本とフィンランドの国交は途絶えましたが、彼らは最後まで日本にソ連軍の情報を提供し続けてくれたのです。戦艦ミカサから名を引き継ぎ、カスガと名を変えた当艦もまた、それを覚えているのでしょう」
「艦の意志。そんな歴史が……」
「ええ。幻想はゲームだけにあらず、ですよ。ジン殿。レーニングラードも、フィンランドも、日本も。過去の歴史から現在に続いているのです」
イネが語る歴史と幻想は、今や彼らに現代の幻想の侵略、ゲーム化という事象を引き起こしている。
水蜘蛛しかり、無のないところから生まれたものではないのだ。
「歴史の因縁、か。なおさらあの都市は幻想から解放してやらないとな」
「そうね。私もそう思うわ」
ジンの呟きに、サラマも力強く同意した。
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さて今回のゲーム要素。
ニンジャ。ニンジャ汚い。なんでもありです。でも水蜘蛛の術使えないほうがおかしいよね。アイテムがあれば使えるアクティブスキルです。
フィンランド系ミルスミエスとマニューバ・コートは対ソ特攻があります。ソ連製兵器の幻想にはダメージがアップします。アンデットにも有効です。歴史からいえば当然ですね!
幸運の鈎十次はスウェーデンから送られた戦闘機にマーキングされていたとか。
対ソ特攻は現代兵器ならA10もありそうです。
不動明王が使えない理由は成田のアレのせいです!




