ダンジョン危険難易度AA-
カスガにある司令公室に移動し、精霊と人間の公的機関による人類史初の直接対話が始まった。
それぞれが自己紹介を済ませたとき、疑問の声がフィンランドのアーネから上がる。
「本題に入る前にお尋ねしたい。精霊サラマは、その空席にいらっしゃるのですか」
二つの意味でざわめきが起きる。
一つは日本一同。彼らにはばっちりと、見る者誰もが振り返る美少女が映っている。受肉しているイネや飛梅は彼らにも見えるのだが、サラマだけは彼らに見えないのだ。
フィンランド軍一同も動揺が隠せない。はるばる極東から来た者たちが視認できるにも拘わらず、彼らは目にも見えず、声も聞こえないのだ。
「仕方ありませんね。寂しいですが」
サラマが寂しげに首を振った。
「気を落とすな。サラマだけは精霊の権能を残したままだからな」
目ざとく見つけたアーネが、問いただす。彼らにしてみればサラマの声は聞こえず、ジンは日本語なのだ。
「彼らはどのような会話を?」
「精霊サラマはあなたたちが自分を見ることができなくて寂しい、と。ジンはそんな彼女を励ましています」
堀川がすかさずフィンランド語で説明する。
「我々だってフィンランドを護るために戦ってくれた精霊の姫とやらに拝謁願いたいのだ……」
苦しそうに心境を語るアーネ。護衛の兵たちも同様のようだ。
「失礼ながらアーネ陸将。私の目にははっきりと精霊サラマが見えます。ジン殿の隣で寂しげに笑っておられました」
フィンランド兵の一人が名乗りを上げた。
「本当か?」
「ええ。何故かはわかりませんが…… 私はサーミ出身で信心深くないからでしょうかね」
兵士が苦笑する。彼にとって自然霊は身近なもの。国教よりも理解しやすいものだった。
「うぅむ」
由々しき問題だった。宗教論議にまで発展しそうな事象が眼前で起きている。
「なんというかだな。サラマは気にしないでくれ。風は見ることはできないだろ? でも彼女が何かすれば浮くし、風も吹けば木の葉が舞う。精霊とは本来そんなものだ。受肉した精霊が例外中の例外さ」
すかさずフォローを入れるセッポ。
「その例外も、フィンランドをロウヒから護る為、ですよね?」
「その通り」
「やはりか。今ならフィンランド猟兵旅団の者たちが悔しがっていた気持ちが痛感できる」
アーネが唸る。彼らは物理的に力を貸してくれる。しかし彼らの神は――
「疑うな。アーネよ。それらは我らにも悪い影響を与えるのだ」
セッポが重々しく告げる。
「なんと」
「フィンランド国教たる神を疑うな。カレヴァラの存在は身近にあるお伽話しでいいんだ。ただ、忘れないでいてくれたらね。そのためにもフィンランドという概念が揺らぐことを俺たちは望まない」
「我らが神を捨てると、フィンランドそのものが揺らぐと?」
「その通り。99%が国教を信じている。そのなかで二割改宗しただけでも、揺らぐ。そんなことは望まない」
セッポに諭され、頷くアーネ。厳密には理解できないが、フィンランドが宗教問題で揺らぐことは得策ではない。それだけは伝わった。
「通訳なら俺や受肉した精霊たちがやってくれる。彼らを信じて助けてくれるだけでいいんだ」
「何をいいますやら…… 我らが為す術もなかったロウヒと戦うために出現したフィンランド由来の精霊たち。何を疑うものがあるやら」
聞いている堀川がまずいと感じる。彼らは明らかに己たちが信じる国教を疑いつつある。この場にいる衝撃はそれほどのものだろう。
彼自身、武神一同やら菅原道真公の名前を出されて動転したのだ。
「まずは現状の幻想ダンジョン【レーニングラード】の話に移りましょう。アーネ陸将におかれましては、フィンランド軍全体で会議を開かれた方が良いかと」
「そうだな。そうする。すまないホリカワ」
明らかに助け船だった。堀川は深く頷き、スクリーンを出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ダンジョン【レーニングラード】。ダンジョン危険難易度AA-。鳥取砂丘のA以上です」
――え。鳥取砂丘がダンジョンになっているのか?
――そうよ。世界有数のダンジョンになっているの。危険なワームとレイドボスたる蟻地獄がうごめく、大規模ダンジョン。出雲大社の出雲系神々と米子空港から国津神が総動員して抑えていると聞いたわ。このダンジョンに向かう者は彼らからの加護があるという話よ。
――俺はどこから突っ込めばいいんだ?
ジンとサラマは横槍を入れないよう、小声で会話する。
「新国連軍も全滅しました。我々日本外征部隊のミルスミエス部隊以外は」
フィンランド軍にも伝わっている情報だ。アーネは重々しく頷いた。量子戦機と位置付けられたミルスミエスは日本とフィンランドが占有している。一部MI6の手に渡ったという噂もあるが、基本二カ国だ。
しかしながらフィンランド軍にミルスミエス適性者が少なく、もてあましている現状だ。
「では日本外征部隊が撮影した記録映像を流します」
飛梅がモニタにノートPCを接続し、実際の戦場風景を流す。
壁面が青色の洞窟を歩いているミルスミエスのカメラ視点。相当巨大だ。
「この洞窟は高さ20メートルはあります。このダンジョンは巨大な人型モンスターにも対応できるということですね」
飛梅もフィンランド語で語る。さすがは学問の神菅原道真公に仕えているだけはある。
「日本外征部隊のミルスミエス部隊です。クラスはサムライが二機。ニンジャが一機。ノロンジ――日本の魔法使い系が一機」
――ノロンジってなんだよ!
――それぐらい知っておいてくださいまし。呪師と書いてのろんじと読みます。戦国時代の吉凶を占う陰陽師紛いの職ですよ。
ジンの疑問にイネが答えてくれた。
「映像によると時期に接敵しますね。――敵はスケルトン。ゲームではお馴染みでしょう」
スケルトンはスケルトンでもルスミエスと同サイズの鋼鉄製だ。
「そしてこのスケルトンを支援するものこそ――」
飛梅が意味ありげに言葉を句切る。
出現したモンスターに、一同が言葉を失った。
いつもお読み頂きありがとうございます! 誤字報告助かります!
ダンジョン初戦闘、になります。カレヴァもインスタントダンジョンみたいなものですが!
サムライたちはまだ低レベルです。
鳥取がとんでもないことになっていますね。人気がでたら鳥取砂丘外伝書きたいなぁ。
ブロッカーに塗り壁とか。砂かけババァの加護を受けたミルスミエスとか。
ちなみに最寄りの鳥取空港には、とくに幻想はいないので兵站基地になっています。




