海上星型要塞での邂逅
バルト海に浮上したカスガは、海上星型要塞スオリメンナ付近を航行中だ。
幻想が活発化されて以降、防空拠点の一つとした軍島メスタリから補給物資の搬入があると連絡があったのだ。
「日本外征部隊ではなく、日本海上自衛軍が?」
「さようです。なんでもジン殿に、次世代陸戦装備研究所の方々がお会いしたいそうで」
「堀川さんか」
ジンは遠くから眺めた、言葉も交わしたこともない男を思い出そうとして諦めた。日本外征部隊の下っ端と防衛装備庁のエリートでは立場が違いすぎた。
以前も思い出そうとして失敗した男の顔だ。神経質そうでいかにも研究者然とした印象は強く残っている。
「まあなんだ。俺は楽しみだ。何せメッセージのやりとりは頻繁にしていたからな。オフ会というやつか!」
「違う…… とはいえないな。似たようなものか。俺も他人のような気はしないんだ」
彼ら次世代陸戦装備研究所がジンを気に掛けてくれていたことは知っている。
セッポからの伝言もあり、彼としても、SNSのフォローした人物に似た感情が生まれている。
「一部部隊も俺達が預かることになった。精鋭だな。日本外征部隊に移籍扱いになるらしい」
「ありがたい。カスガがいくら高性能でも搭載兵器が限られているからな」
「搭載している兵器あってこその空母だ」
「問題はフィンランド国防軍ですね」
「そうだな」
二人はやや複雑な心境のようだ。
「そうか。異教問題か」
「彼らにとってはミルスミエスよりもマニューバ・コートのほうが扱いやすいだろう」
「ん? 日本は大丈夫なのか」
「日本外征部隊や海上自衛軍はミルスミエスに搭乗しています。主にサムライやニンジャが主力ということです。世界的に魔法が使えるクラス保有率は頭一つ抜きん出ていますよ」
「少ないながら魔法使いクラス所持者まで現れた。これは他の国ではありえんことだな」
「ふと思ったが。また世界に変な日本人観が広まらないか」
「もう遅い。諦めろ」
「……そうだな」
サムライにニンジャ。カミカゼ。日本語が元になった言葉は数知れず。良くない意味の言葉も多々ある。ツナミ、カロウシなどその代表だろう。
「星系要塞スオリメンナとはどんな場所なんだ」
「つい最近までは世界遺産の観光名所だったのさ。今は対幻想要塞として改造中だ。マニューバ・コートの生産も視野に入れていると聞く」
「工場まであるのか」
「あった、だな。マニューバ・コートやミルスミエスを生産する場所という意味ではうってつけなんだ。何せ歴史的名所、旧ロシア帝国に対抗するために作られた海上要塞群の一つだ」
「……不謹慎だが、海上要塞群と聞くとわくわくするな」
「だろ? そういう意味でも、この場所に目を付けた奴はわかっている奴だ」
セッポもふっと笑う。フィンランドの歴史に関わる遺物は、彼にとっても重要な土地なのだ。
「そろそろ甲板に着陸するようですよ」
「じゃあ、行くか。ジン!」
「緊張するな」
セッポは笑いながら無言でジンの背中を叩く。
ジンの緊張も解け、二人は飛行甲板に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カスガの飛行甲板にV-280Jが着陸した。
機内から護衛に囲まれた三人が降り立つ。男一人に女性二人。守山を先頭に、背後に堀川と飛梅が控えている。
ジンとセッポは男と目があった。男はうつむき加減に唇を歪め、笑う。
旧友の顔をみたかのような仕草だ。
進み出た守山はまずセッポに手を差し出した。セッポはその手を取る。
「お初にお目にかかる。かのセッポ・イルマリネン殿にお会い出来て光栄です」
ジンはぎょっとした。フィンランド語を喋っている。ジンのようなインチキ翻訳ではない。
「こちらこそ。貴君との情報交換の日々は楽しかった」
「時間の流れに苦しみましたがね」
守山は苦笑した。それも懐かしい日々だ。
「ジン君だね。はじめまして、かな」
守山は手を差し出し、握り返すジン。力強く、想いが籠もっていた。
「はじめまして。一度遠目で見たことがあるぐらいだから。でも他人のような気がしない……です」
「私もだよ。君の様子は十年間、報告を受けていた。会いたかった。そうそう。敬語はよしたまえ。普段通りでいい。――よく生きていてくれた。そしてありがとう」
「いえ。俺だけ生き残ってしまって……」
「恥じることはない。君はみんなの想いを背負って戦い、そしてあのロウヒに打ち勝ったんだ。胸を張りたまえ」
「……はい!」
守山は目を細めて微笑んだ。めったにしない表情に後ろの二人は内心驚いていた。
「積もる話はたくさんあるだろう。技術交流や補給の話も。――今の新国連軍の状況も知りたい。艦内で話そう」
「そうですね。ではフィンランド国防軍の方にも同席してもらい、みんなで話しましょう」
一同は艦内に移動した。会談ともいうべき内容になることは明白だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
艦内移動でも大変だった。飛梅で慣れている堀川と守山以外は精霊と接する機会が無かった。
しかも犬耳や猫耳の美男美女ばかりが、艦内で作業しているのだ。フィンランド陸将であるアーネ・ミッカネンをはじめとするフィンランド人は、精霊たちから気軽に挨拶され、慌てふためている。
「彼らはすべてフィンランドを守る精霊なのですか?」
恐る恐るセッポに尋ねるアーネ。
「受肉しているから、今のあなたたちでも視認できるだろう。この艦のクルーだ」
「なんということだ。セッポ・イルマリネン様に精霊たち。はは……」
フィンランド猟兵旅団からの報告が無ければ、彼も一笑に付すところだったに違いない。
今回の日本外征部隊との会談同席に関しては、海軍提督のエーロ・イヴァネンと熾烈な争いがあった。競り勝った甲斐があるというものだ。
「ならば私は改宗も辞さない」
「やめとけ。俺達はそんなことまで望んでいない。ただフィンランドという地を守りたいだけなんだ」
即座に否定するセッポ。どれほどの難事か、高次精霊体たる彼らこそが実感している。
アイノのように、苛烈な体験でも無ければ、国教たる教えに縛られる。アイノこそ本当の意味で異端なのだ。
「そうですか……」
異端とされた神や精霊に守られ、祈る存在は何もしてくれない。彼らの信仰心が揺らぐは仕方ないと、隣で聞いている守山は思う。
日本はいかなる神仏でも受け入れる余地がある。長所でもあり、短所も含む。
「守山さん。ところでヴァーキはどのように翻訳されているのかな?」
ジンが守山に尋ねた。セッポたちが話しているフィンランド語はよくわからない。
「【気】だ」
「えぇ……」
そのまんまじゃないか。心の中でツッコミを入れたジン。
「【霊気】でも良かったんだが、あまり外連味があっても仕方ないだろう? それにあれだ。気合いがあればなんでもできる、を文字通りってやつだ」
「確かに気は大切だけどさ」
「サムライクラスを所得したものたちは飲み込みが早かったぞ。ヴァーキを高めることを気を練るとか、機先を感じろやら天地万物の霊気を高めると説明すると本能的に原理を理解したようだ」
「そうかな。そうなのかも」
言われて初めて自分もそう大差がないと実感したジンはそれ以上何も言わなかった。




