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閑話 マニューバ・コート開発秘史【あるじなしとて 春なわすれそ】

 次世代陸戦装備研究所内は慌ただしかった。


 日本由来の受肉した精霊が来訪する。――突然の一報があったからだ。


 しかし日時は指定されおらず、どのような手段か不明だ。


 名前もどんな精霊かも不明。


「どのような人物だと思う?」


 守山が堀川に尋ねる。まったく見当もつかなかった。


「私にも不明です。自然霊なのか、太古の英霊なのか。日本神話の神様なのか」


「仏教かもしれないなあ。存在規模が大きいほど、受肉しにくいと聞く。――ん?」


 いまだ更新されていない古びた固定電話が鳴り響く。


 発信先は守衛からだった。


「こちら次陸研、研究棟地下2階事務所」


「守山さんですか? 来客がありまして…… その……」


 守衛が言葉を濁す。言いづらそうな内容らしい。


「来客予定などないよ」


「はい。来客リストにもありませんが、自分のことを精霊だといっており、守山さんのお名前を出されて」


 守衛も精霊と名乗る来訪者は初だった。


「精霊だって?!」


「しかしどうみても、普通のOLさんなのです。お帰り願っても、アポは取ってあるとの一点張りで」


「私がそちらにいく。日程がずれた方かもしれない」


「お願いします……」


 守山と堀川が顔を見合わせる。


「精霊がOL姿で顕現するかね?」


「素っ裸というわけにもいかないでしょうし。あり得ない話ではないですね。私も行きましょうか?」


「頼むよ。精霊とのコミュニケーションなんてどうとるか私にはさっぱりだ!」


「私もですよ!」


 精霊と直接会話したことがあるものなど技官のなかではいない。


「正門遠いなあ」


 防衛省区画は広大な敷地だ。彼らがいる場所からもかなりの距離がある。


「言わないで下さい。通勤しているんですから」


 二人は守衛が待つ正門に移動し、絶句した。


 確かにOL風の女性が一人いるだけだ。誰だってネイビーのスーツ姿にハイヒールの女性が顕現した精霊とは思うまい。


「はじめまして。私が守山です」


「堀川です」


「はじめまして。まだ名は考えていなかったものですから。――精霊です。道々考えましょう」


 守衛に目配せし、他言無用と知らせる堀川。守衛も慣れたもので頷いた。


 次世代陸戦装備研究所は、神奈川の陸上装備研究所とは違い、防衛省の敷地内に設立されている。


 その場所こそ防衛省大本営地下壕跡に存在する秘密通路と区画を改装したものだった。精霊などを取り扱う機密性を保持するにはうってつけだ。


「どちらからお越しくださったのですか?」


「福岡から新幹線で。東京駅からは有楽町線で市ヶ谷駅ですよ」


「福岡からですか」


 遠いとはいえるが普通過ぎる経路だった。所持金などは大丈夫なのだろうかと要らぬ心配をする堀川。


 地下に降りた途端、女が笑みを漏らした。


「これはまた因果な場所に作ったものですね」


「わかりますか?」


「大本営跡地は、日本の転換期。多くの想いが集まる場所です。確かにミルスミエスの研究には最適かと」


 彼らの研究所についたところで、精霊が自己紹介しました。


「名は体を現すと申します。飛梅紅吏(あかり)と名乗りましょう」


「飛梅とは――福岡ですよね?」


「隠すようなことではありませんから。察している通りですよ。私は太宰府天満宮の菅原道真公の遣い、飛梅にてございます」


「梅の精――能では紅梅殿と呼ばれるお方ですね。確かに精霊としかいいようがありません」


 生きた伝説を目の辺りにして言葉を失う堀川。


「東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」


 堀川が昔、教科書で読んだ詩を口にする。


「そこまでご存じなら自己紹介は不要ですね。フィンランド経由のコミュニケーションは我々日本古来の存在としてもストレスでした。ようやくかの地の者が顕界に進出いたしました。精霊受肉システムに介入し、日本ではまず私が受肉した次第です。飛梅とお呼びください」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「道真公は今回ミルスミエスの仕様作成に大きく関わっております。武神一同の要求を人間が扱えるように設計化したものですね」


「私達がフィンランドの神々経由で確認した仕様書は道真公の手によるものと?」


「はい。クラスやスキルのデザインに関しては将門公の手によるものです。お二人は仲がよいですし、何より将門公はJRPGにおけるゲーム第一人者のようなものですから」


 恐るべき事実が協力会社との打ち合わせのように明かされていく。


「武神一同様は降臨される予定はないのでしょうか?」


「武神一同様は幽世よりももう一段上の次元にいると思って下さい。マニューバ・コートやミルスミエスの基本設計は鍛冶神であるセッポ・イルマリネン様と将門公のコラボ作のようなもの」


「その二人? 二柱? 結びつかないんですが……」


「イルマリネン様は鉄と鋼、刃物の概念を生み出した神。将門公は日本刀の原型を作ったとされ、人間離れした伝説の体躯を持つお方。鋼鉄の体を持ち、七尺もの巨体。重瞳。七人の影武者。伝説によっては刀から光を発し敵軍を一掃したともいわれています。それこそかのお方は日本のゲーム概念では最強の一画を担います」


「マニューバ・コートは量産型の将門公という概念だったと?」


「え」


 驚きの声を発したのは当の本人、飛梅だった。


「鋼鉄の体を持ち、巨体。数々の不思議な能力を持つとたった今貴女が仰ったので。マニューバ・コートみたいだなと」


 その可能性に思い至らなかったのか、飛梅はしばし思案し、沈黙した。


「そんなことはないと思いますが…… ちょっと失礼」


 おもむろに携帯端末を手に取り、何者かと通信している模様だ。

 みるみる表情が険しくなる飛梅。彼女が知らされていなかったことがあったようだ。

 

「機密事項によりノーコメントです」


「……明確に否定して欲しかったんですが」


 正直な感想を告げる守山だった。


「時には大いなる神の僕とも戦う必要がくるかもしれません。反逆者たる英雄概念は必須」


「ちょっと待ってください! 欧米との開発協力しない話と結びつくんですが」


「えっと…… あくまで幻想対策ですよ。アトムがかの神の僕たちによる計画、その一環とは言いませんので……」


「アトムによって千年王国を実現化するため人間の歯車化を目指していたとか?」


「い、いえ。とんでもない。そんな勢力がいてもおかしくはないというだけの話ですよ」


 歯切れが悪くなる飛梅。墓穴を掘っていく自覚があるようだ。


 アトムの情報源に思い当たる節がある守山が陰鬱たる表情になっている。


「それよりも幻想です。ミルスミエスの普及が遅れています。顕界が危険です」


 疑念を逸らすように、強引に話題を変える飛梅。


「どういう危険が?」


「ダンジョン生成からインスタントワールド生成に巨大化しています。一つの区画が巨大な別フィールドになりかねません。世界はオープンワールドでなければいけないのに」


「確かにフィールド切り替えは設計が古いゲームによくありますね。今のダンジョンも十分巨大と思いますが」


「その非ではありません。今や鳥取砂丘が異次元化しています」


 飛梅が突拍子もないことを言い出した。


「なんだって?!」


「サンドワームが大量発生し、エリアボスともいうべきアリジゴクが待ち構えています。以前日本にはそういう都市伝説があったそうですね」


「都市伝説じゃない。ただのネットミームだ!」


「ですがそのネットミームが顕在化したのです。早めに消滅させないと鳥取県消滅の危機」


「また選挙区の区割りで揉めそうです」


 動揺のあまり堀川が選挙区の心配をしてしまう。


「落ち着け堀川君。区割りはどうでもいい。――しかし動揺は当然。なんという事態だ。日本外征部隊と自衛軍の出動が必要か」


「対処できますかね? 対応するためにもミルスミエスのクラスとツリーの最適化をしなければいけません」


「ミルスミエスは今なお新仕様が届きますね」


「もう道真公も処理できないぐらいですね。要求仕様が多くパスタのように複雑に絡み合って…… あれをいれろこれをいれろと……」


「ちょっと待ってください。武神一同の要求でってことですか?」


「はい…… かの神々は実装して欲しい仕様が多いらしくて。権限だけ与えられて暴走したプランナー集団みたいなものです。オープンワールドでRPG要素かつスタイリッシュアクションで町のクラフト要素入れて欲しい、みたいな内容だと思っていただければ」


 言い終えて失言に気付く飛梅。慌てて自分の口を塞ぐ。


 そして飛梅はもっとも重要なことを切り出した。


「これ以上の情報提供は大和連邦日本政府の協力が必要です」


「私どもにできることがあればいくらでも協力しますよ」


 飛梅は俯いて恥ずかしそうに要望を述べる。


「まず私に戸籍と住居、仕事の斡旋をお願いします」


「え?」

「肉体を持つって不便ですね。いえ。ホテルに泊まるお金はあるんですが。女性用カプセルホテルを斡旋してもらえると助かります。新宿にならありますよね? 所持金は半年持つかなーってレベルです。東京の物価は高いですね……」


「……早急に手配します。勤務先はここで。当面は目の前にあるグラウンドヒルというホテルを使ってください」


「ありがとうございます。受肉した精霊たちは同様の問題を抱えると思いますので。まず日本の精霊一人目である私で慣れてください」


 彼女一人だけの問題ではない。肉体を持つということは生きるということ。


 戸籍、住居、仕事。どれも重要だろう。


「私、必要なければすぐに幽世に帰ることもできますけど……」


「それはやめてください。貴女は必要な人材です!」


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 堀川は懇願した。彼女がいなくなればまたフィンランド経由の伝言ゲームになるからだ。自分が必要そうだと確信し、胸を撫で下ろす飛梅であった。


 彼女の隣では守山が、就職先がみつかって安堵している飛梅に対し、本当に頼りになるのか疑いの眼差しを向けていた。


いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


日本の精霊、初登場。飛梅さんです。ヤンデレ気味なストーカー気質ですが悪い梅ではありません。

太宰府天満宮はまた行きたいのですが、さすがに遠い……

皆様の応援のおかげで無事10万字達成できました! 行くかどうかあやしかったですが、辿り着けて良かったです!


鳥取県の命運はいかに! 近くではないですが時代小説の所在のために鳥取県の米子にもいきたいです。そして米子までいったら出雲大社ですよね……


応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 量産型平将門公とは恐ろしいパワーワード、確かに護国の力としては最大級の概念。呪いも恐ろしいけど。
[一言] なんか雷神大戦な様相を呈して来た気が、今回はその眷属だけど 将門と道真がダチンコかぁ、怨霊仲間? その後御霊信仰の影響で守護霊に変わったこと含めて >ヤンデレ気味なストーカー気質ですが悪…
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