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セッポ・イルマリネン

 ケッロセルカの集落に戻ったジンとアイノ。


 先にサルヴィのサテーンカーリが着陸している。


 フィンランド猟兵旅団の部隊も集結している。彼らが到着した頃には全てが終わっていたのだ。


 戻ってきた二機のミルスミエスをみて兵士たちからざわめきが起きる。一機はアイノのエルヴズ。もう一機はそれよりも古い最初期世代のマニューバ・コート<スプライト>だったからだ。


 ジンとアイノが同時にコックピットを降りた。その様子をみて、サルヴィも外に出る。

 ざわめきがより大きくなる。サルヴィの大きな角が目に入ったからだ。


「お疲れ様。アイノ」


「改めてありがとうございます。ジン。そして――私のサルヴィ」


「やっぱり無茶をしていたか。私がどんなに心配したか」


 小柄なアイノを抱きしめるサルヴィ。涙をぽろぽろと流していた。

 アイノも涙目になる。間違いなく彼女のサルヴィ。トナカイのサルヴィと確信する。


「人間にまでなって私のもとに戻ってきてくれたんだね。サルヴィ」


「そうだ。ジンが生きていて、私が戻らないとお前が無茶をするからな。――もう傭兵は引退しろ。これ以上心配させるな」


「どうして!」


「私はジンと戦う。アイノ。お前達人間を守るためにこの姿になったんだ。お前が死んだら意味がないんだよ」


「そうだアイノ。危険な傭兵は引退しろ」


「嫌です。せっかく逢えたのに。私もジンやサルヴィと一緒に戦います」


 彼女の身を案じてだろう。傭兵を引退するようしきりに勧告する二人。


 ――このままだと置いていかれる。せっかく逢えたのに!


 焦燥感さえ覚えるアイノもまた必死だった。


「今すぐ結論を出すべきじゃない。ゆっくり考えろ。本当に覚悟を決めたなら私が迎えに行くから。そのエルヴズと連絡も取れるようにしておくよ」


 サルヴィが宥めるように言う。


「嫌だよ。サルヴィは賢いから。落ち着かせるという名目で私を置いて、危険な場所から遠ざけたいんでしょ? 連れていってくれないなら私、傭兵を続ける!」


 サルヴィは普通のトナカイ以上に賢かった。人間となった今、その特性はより強化されているとアイノは踏んでいる。


「アイノ…… 困らせないでおくれ」


 おろおろと困った様子はトナカイの時と変わらない。賢いメスのトナカイは、子供のアイノを心配しては、周囲をぐるぐる回って心配してくれていた。


「それなら目の届くところにいたほうが安全じゃない? 違う? サルヴィ!」


 姉妹喧嘩だな、と思うジン。


 アイノは必死だ。自分の命さえ駆け引き材料にするほどに。


「そこの人。アイノを連れていってくれないか」


 困ったジンは猟兵部隊の、最寄りにいる人間に声をかける。


 顔見知りがいるなら、連れていってくれるだろう。


「ジン! お願い! 待って!」


「承知した。あなたの名をお聞きしても? 私はマティアス。フィンランド猟兵旅団のサッラ部隊長を務めている」


「俺は日本外征部隊機装第三中隊所属のカツマ・ジンだ」


「本当に十二年前に全滅したという機装第三中隊の人間なのか!」


「全滅はしていない。俺が生きている」

 

 ジンにとって同僚が亡くなってから半月も経過していないのだ。


「失礼した。かの部隊は伝説です。――日本政府より連絡があった。日本外征部隊所属の精霊部隊がやってくると」


「俺たちのことだ。フィンランドの精霊たちが俺に力を貸してくれた。そしてこの国を守るべく、受肉し戦うんだ」


 聴いていた猟兵部隊の人員に動揺が走る。


「しかし何故なんでしょう? 教えて下さい。精霊がフィンランドを守る。それは理解する。何故我々に直接連絡をくれないのか」


「あなたたちでは見えないからだと思う」


 ジンは事実を伝えた。


 精霊信仰の概念は説明しない。彼らにとっては異教でもあるし、後々火種にもなりかねないからだ。


「日本なら。いいや。日本人になら見えると?」


 この応えに納得がいかないマティアス。背後の人間もそうだ。


 ジンとしても精霊の存在は、神にとっては異端とは本人たちを前にして言いづらい。


「見える人が多い、だな。俺もその一人だ。理由はわからないぞ?」


「悔しい。何故なんだ。力を貸してくれているというのに礼一つ言えないなんて」


 兵士の一人が叫ぶように言う。彼らも理不尽だと思っているのだろう。


「その気持ちは伝わっているし、リーダーにも伝えておくよ」


「リーダーの名を聞いてもよろしいでしょうか?」


「セッポ。俺はそう呼んでいる」


「セッポだって!」


 マティアスの背後にいた男が叫んだ。


「その方はセッポ・イルマリネンではないでしょうか?」


「下がっていろ。ジン殿が困惑しているだろう!」


「は! 失礼しました」


「失礼。リーダーという人物はこの者がいうセッポ・イルマリネン様ではないでしょうか?」


「いや…… イルマリネンという名前は初耳だ。鍛冶師で、鉄やら太陽から船まで色々なものを作ったことがある鍛冶屋だったとしか聞いていない」


 ジンがぎょっとした。膝をついて泣き始める者まで現れたからだ。


「太陽を作るなんてあのお方しかいない。かの者はセッポ・イルマリネンの使者か!」


「フィンランドの魂は我らを見捨ててはいなかったのだ!」


 ジンが兵士達を見渡すと、涙ぐむ者もいた。目の前の男も目を瞑り、天を仰いで堪えているようだ。


「どういうことだ?」


「日本人のあなたが知らないのも無理はありません。フィンランドにおいて叙事詩カレヴァラは、民族の魂。結束を意味するものなのです。そしてその叙事詩にでてくる不滅の匠こそ、セッポ・イルマリネン。古代の主神であった雷神オッコの現し身とも天空神であったとも言われています」


 ――やっぱり大層な神様だったじゃないか! セッポ!


 神様であるということは知ってはいたが、泣く者が出るほどのレベルとは思わなかった。しかも主神レベルだ。


「セッポとはフィンランド人のファーストネームで多い呼び名です。意味は古い言葉で鍛冶師を意味するもの。現在この国で鍛冶師と名乗るならセッパかセッパネンと名乗るでしょう。セッポと名乗る神の如き存在ならば彼しかおりません」


「そうか。そのままの呼称だったんだな」


 フィンランド神話に詳しい日本人はあまりいないだろう。フィンランドといえばサウナとサンタクロースという印象を抱いているジンだった。


「ノルウェーの支配下にあり、常にソ連の脅威に晒されていたフィンランドが独立する民族の根幹ともいうべきもの。その民族的な信念と結びつきが叙事詩カレヴァラなのです。そのお方が今我らを助けてくださっている。魂が揺さぶられぬはずがありません」


「そうでしたか。セッポにもあなたたちのことは伝えておきます」


「何故日本人に見えて俺たちが見えないんだ!」


 悔しさのあまり、絶叫する兵士。


 その気持ちは、今ならジンにもいたいほどわかる。彼とて自らの加護を与えてくれていたタケミカヅチを認識できなかったのだ。礼が言えるなら直接言いたい。民族の根幹とさえいわれる存在ならなおさらだろう。


「申し訳ない。こればかりは……」


「イルマリネン様の使者を困らせるな!」


 マティアスが兵士を一喝する。サッラの危機を救ってくれた使者への無礼に我慢できなかったのだろう。


「は、はい! 失礼しました。お許しを」


「いいんだ。気にしないでくれ。逆の立場なら俺でもそう思う。あなたたちが日本の神様と話せて、俺が話せなかったらね」


「そういっていただけると助かります」


「今後連携することになっていくことになると思う。受肉した精霊はそれぞれ特徴があるんだ。ゲームのようなエルフやドワーフになった者はハルティア。トナカイ耳と角が生えているそこの彼女はアプオレントと呼んでいる。できれば軍の上層部、及びフィンランド政府に伝えて欲しい」


「ハルティアにアプオレント。――確かにこの国の妖精たちです。必ず伝えます」


「サウナ・トントゥもいるな。これは身近な存在だろ?」


「サウナ・トントゥまで!」


 絶句する兵士たち。サウナ・トントゥは彼らのなかでももっとも身近な妖精だろう。


 妖精達と触れあえているジンに対し、尊敬と羨望の眼差しが向けられていた。


「アイノを頼んだ」


「承知いたしました。アイノ行こう。イルマリネン様の使者を困らせてはいけない」


「嫌です!」


 泣きながら絶叫するアイノ。兵士たちも初めて見るアイノの激情だった。


「私はサルヴィと一緒に行くの。――私を一人にしないで!」


 サルヴィの胸のなかで泣き続けるアイノ。サルヴィはそっと抱きしめる。


「どうするサルヴィ」


「連れていくしかないか」


 サルヴィもついに折れた。


「そうだな。女の子は泣かすなとイネさんにもきつく言われている」


 ――二回目。


 ふとジンの心に直接、冷たく低い女性の声が聞こえてくる。

 背筋が凍るような恐ろしさだ。イネだと確信する。


「一緒に行こうかアイノ」


 ――これ以上君を泣かすと俺が危険だから。


 そっと心のなかで付け加えた。


 ――今回に限ってはサルヴィ殿の件もありますゆえ不問といたしましょう。


 許されたようだ。ほっとするジン。サラマやルスカを泣かすととんでもないことになりそうな予感が確信に変わる。



「ジンの許可が下りた。私にはもう反対はできない」


 サルヴィも根負けしたようだ。もともとアイノに敵うはずもないのだ。


「ジン……! サルヴィ!」


 ぱっと輝くような笑顔を見せるアイノ。


「すまない。傭兵を一人預かることになった」


 ジンはマティアスに謝罪する。フィンランドの傭兵をそのまま連れ去ることになってしまうからだ。


「いえ。彼女の願いなら。――もう一人ではないなら、私としても喜ばしいことです」


 寂しげに微笑むマティアス。彼では出来なかったことだ。


「ありがとう。マティアス」


 無表情なアイノが微笑んでいる。この笑顔が見ることができただけでも見送る価値はあるだろうと、マティアスは思うのだ。


「いっておいでアイノ。みんなを困らせてはいけないよ」


「はい!」


 話を終えた三人。サテーンカーリに二機のミルスミエスを回収し、垂直に上昇し北のほうへ飛行していった。


 いつまでもマティアスや兵士たちはサテーンカーリが飛行した空を、見上げていた。


いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


武甕○命「どこかの誰かさん、氏子なのに我のこと忘れてたし……」


神社にお参りいく場合、名前と住所をきちんと言わないといけません。熱田神宮でも伊勢神宮でもそう教わりました。

お祓いや厄除けのご祈祷のたびに住所を読み上げるのは神様が道に迷わないようにするためなのです。道に迷うのかよ! というツッコミはなしですw


【セッポ・イルマリネン/seppo Ilmarinen 】

遂に正体が明らかになったセッポ、驚愕の正体!(バレバレ)。

フィンランド神話では宇宙を創造した神の一人ですが、叙事詩カレヴァラでは人間で鍛冶と鋳造で色々作りました。。エピソードはどれも非常に人間っぽいです。

風神や船の護り神でもあり、雷神でもあります。北欧なのでトールと類似性も指摘されます。

さらに語源的にはインドの神様であるインドラと共通とされています。フィン・ウゴル語のイルマ(イルマリ)がインドラの語源という説もありますね。

こうしてみると強そうです!

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― 新着の感想 ―
[一言] ジンは「お前の罪を数えろ」には対女性に関しては何時でもイネが対応してくれるんだね やったね >名前と住所をきちんと言わないといけません タワマンのマンション群とかでもちゃんと迷わず来てくれ…
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