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魂の歌声

 森の陰からの砲撃が減っていく。

 

 アイノはピサラの移動速度を落とし、警戒態勢に入る。


 レーダーから瞬く間に減る敵機の反応。

 

 そしてそれは姿を現した。間近でみて確信する。

 遠い記憶の彼方。おぼろげながら見覚えのある雪原迷彩のスプライト。


 ――旧式の初期型スプライト。雪原塗装もあの時のものと同じ。間違いない……


 思わず息を飲むアイノ。


「間に合ったな。周囲の敵は掃討したぞ」


「ありがとうございます。――あなたは本当にあの時の?」


「そうだ。少しばかりメッツァンペイットだっけ? 森のベールへ行っていたんだ。君にとっては十年以上だが、俺はまだ十二日前の出来事なんだよ。あの時は間に合わなくてすまない」


「いいえ! ――こちらこそ。あなたは私を助けてくれたのに。ひどいことを言ってしまいました。ずっと謝罪したかったのです。あのときは本当にごめんなさい」


「俺に気を遣わなくてもいい。君が生きていてよかった」


「サルヴィ。あの時の鹿とともに人生を歩みました」


「うん。さっきも聞いただろ。サルヴィも一緒にいる」


「先ほどの女性はやっぱり私のサルヴィなんですね! 何が起きているんですか?」


「話すと長くなる。まずは安全な場所に戻ろう」


 行こうとするジンを、アイノが制止する。


「お願いがあります。――あと一機だけ倒したいモンスターがいます。この部隊を率いているモンスターだけでも倒しておきたいのです。サルヴィを護るためにもです」


「指揮官機か?」


「敵はトロールの一種、シェートロール。フィンランド由来のトロールで、かなり強力な個体です。ゴブリンやオウガと違って、機械の体とAIで動いている純粋なモンスターです。あいつだけでも一本道で進軍し続ければ大きな被害がでます」


「わかった。一緒に倒そう。――しまったな。ヴァーキを使い過ぎた。MP管理がまだ甘いな」


 ジンも顕界では初の実戦。


 MPは桁外れに多いと思っても大技を連発しすぎた。敵の衆目を集めるためとはいえ消費が大きすぎた。


「?――MPを回復させればいいのですか?」


 小首を傾げ、尋ねる様は愛らしい子鹿のようだと思うジン。


「うん。でもMPを回復するクラスは非常に限られるから」


「私、できます。やらせてください」


「え?」


「そ、その。人前で歌うことは非常に恥ずかしいのですが…… このエルヴズ<ピサラ>のクラスはルノイ。呪力を籠めた詩を謳う詩人です。MPを継続回復できる魔法があります」


 顔を真っ赤にする。人様に聞かせる声ではないと常々思っているからだ。


 彼女が単独行動する理由の一つ。


 ――この人の助けになるなら。


「凄いな。MPを回復可能なクラスは相当レアだと聞いている。頼む。少しでも回復できればかなり違ってくる」


「わかりました」


 美しく澄んだ声で謳うアイノ。





~~~~~~~~~~~~~~~



  風の木立、夜の木立


  彼の地には優しい砂のゆりかご。

  彼の地の私は我が子を送りしょう


  彼の地に、子どもの悩みなどはなく

  あの名だたる牧場で

  トゥオネラの動物たちの番をするのでしょう。


  子供の喜びがあります

  そして、夕暮れが訪れると

  トゥオネラの乙女に抱かれ


  我が子には煩わしい悩みなどなく。

  黄金のゆりかごに揺られながら

  夜鷹のさえずりを聞きながら


  トゥオネラの岬、安らぎの地

  彼方の向こう 迫害と争いから

  彼方の向こう この邪悪な世界から

 


~~~~~~~~~~~~~~~




 ――賛美歌のような曲調だ。少しもの悲しい感じだな。


 思わず聞き惚れてしまうジン。


「これでMPは回復していくと思います」


 恥ずかしそうに伝えるアイノ。


「素敵な歌声だった。これならMPを回復していくのもうなずける」


「ありがとうございます」


 アイノは顔が真っ赤だ。恩人の前で歌う羽目になるとは思わなかった。


「なんという曲かな」


「私の心の詩、といいます」


「良い曲が聴けてよかった。まだ聴いていたい。アイノのMPが続く限り歌い続けてくれ。綺麗な歌声は士気も上がる」


「え、えー!」


 ジンからの思わぬ注文に絶句するアイノだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 サルパラインを超え、国境を越える二機。


 シェートロールはいわば大隊の中心。隊列中央か後方付近に布陣されていると予測している。


「これがエルヴズか。初めて見たな」


 スプライトの次のエルヴズが研究段階にあったことは知っている。


「これでも旧式機ですよ。あれからもう十二年です」


「ヴァーキには関係ないさ。古いものほど魂が宿る」


「私も傭兵になったとき、中古の供与でしたが買い取ることができました」


 ミルスミエスの開発速度は速い。ダンジョンに対抗するためなのだから当然だろう。一種の近代災害ともいえる。


 エルヴズは再評価され、中古価格も高騰している。


「ブランチは?」


「スカウト・スナイパーです」


「そうか。ならこれを使ってくれ」


 ヴァーキライフルをピサラに渡すシデン。

 

「この武器は……」


「狙撃用ではないが、射程と威力のあるバトルライフルだと思っていい。ただしヴァーキをエネルギーにするからMPを消費する。あの詩は君のMPも回復するのか?」


「時間はかかりますが、最終的にはプラスになります」


「ならいけるはずだ。MPが不足したらどのみち発射できないからな」


「バトルライフルということは射程は?」


「20キロ程度か。しかし望遠機能に対応していないぞ」


「十分です! そんなものに頼っていたらフィンランド伝説のスナイパーに笑われてしまいます」


「俺でも知っているぞ。あの白い死に神だろ?」


 フィンランドにおける冬戦争。伝説の狙撃手はあまりにも有名だった。寡黙で謙虚な人柄だったと伝えられる。


 彼はスコープに頼らず、照星と照門のみで狙撃を行った逸話がある。


「我が国が誇る伝説です。――でも武器を私に渡すとジンはどうやって戦うのですか?」


「魔法と接近戦だな。ボス級と戦うときは魔法中心だ」


「わかりました。ならば先行偵察と援護は任せて下さい。自分の役割に徹します」


「頼んだ」


 ピサラが先行し、敵警戒網を迂回しながら巨体のモンスターに近付く。


 十五メートルある敵はさすがに視認しやすい。問題はその防御力だ。

 

 小声で詩を吟じながら、アイノは心が躍る。


 あの時のスプライトとようやく一緒に戦えるのだ。

いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


明日三話公開して目標の10万字です! 間に合った……

商業作の代表作ネメシス戦域の作業等がありまして(地図とか……)、修羅場中なので少しお時間をいただいて、ある程度書きためてから連載再開したいと思います。よろしければのんびりと待っていただければと思います。


【私の心の歌】

アレクシス・キヴィというフィンランドを代表する作家で、詩や戯曲を書いた人です。

1873年発表「七人の兄弟」の一節です。著作権は切れています。

最後のこの詩だけが独立し子守歌代わりに歌われるようになったとか。

子守歌は冥府の詩が多いそうで、この曲もそんな感じです。


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― 新着の感想 ―
[一言] >古いものほど魂が宿る 付喪になるくらい大切に扱った機体に寿命が来て新型機に乗り換えるとかつての愛機が顕現して共に戦うんだな、熱い展開だ
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