飛んでるじいさんのせい
イネの頭髪が一本だけ、ピンと立った。何かに反応したようだ。
「ジン殿が女性を泣かしました。女泣かせポイント一点追加でございます」
ぽつりとイネがいい、低い迫力ある声にセッポが内心怯える。
「なんという恐ろしいポイントだ。ま、まあ。悪い意味で泣かせたわけではないだろう」
ジンをフォローするセッポ。男の友情だ。
「それよりもだ。無事合流できそうだが…… 航空戦力が厳しいな。サルヴィが危険だ」
攻撃ヘリはともかく、怪鳥型戦闘機が厄介だ。
モンスターなだけあって口に相当する部位からプラズマを吐き、羽根に見立てたベレットを乱射する。
カスガはまだ搭載兵器までは準備が整ってはいない。
「あの」
いつの間にかいた老人が声をセッポに声をかけた。
白髭をたくわえた枯れ木のような男性だった。質素な服は現代人のようだ。
「うぉ! なんだじいさん! いつの間に!」
まったく存在感のない老人の出現にセッポが驚いた。
「いえ。何故か精霊受肉システムで強制的に。正直なんでわしがという気持ちで一杯ですじゃ……」
「名のある英雄か精霊だとか?」
「六年前におっちんでしまいましてね。サッラ周辺の住人ですじゃ。役場にいけばまだ名簿にも載っているはずじゃが……」
老人が首を横に振りながら告げる。
「何故人霊が精霊受肉システムに……」
「わしがききたいぐらいですじゃ」
「何ができるか知らんが、話はあとだ。せっかく受肉したんだ。第二の人生と思って楽しんで、ついでに手助けしてくれ」
「わかりました。好きにしていいのなら……ちと飛行甲板に出てきます」
「ん? わかった。湖に落ちないでくれよ。氷点下だ」
「わかりました」
老人は素直な性格のようだ。
久しぶりに歩くのか、ぎこちない脚取りで戦闘指揮所を出て行く。
「何やら、いろいろ呼ばれますねえ。きっとあちこちの存在が順番待ちしておりますよ」
なんとなく釈然としないセッポに、イネが声をかける。
「俺たちに友好的な存在しか受肉できないはずなんだが……」
さすがにセッポも精霊受肉システムには相応のセキュリティを施してある。
このシステムで顕現したい存在は山ほどいるであろうことは容易に想像できる。
「ならば友好な存在でございましょうや。先ほどの老人、ただものではありますまい」
「どうだかなぁ。見た目も霊格も本当にただの老人だったぞ」
半信半疑のセッポである。
「こちら動力施設。サンポが稼働限界まで出力がアップしておる! 何かしているのかセッポ様!」
動力部担当のドワーフから緊急報告が入る。
「何もしていない。どういうことだ」
「こちら精霊受肉システム区画より連絡です。サンポのエネルギーがこちらにすべて注がれています」
「このままでは艦全体がシステムダウンしかねないですぞー」
ドワーフが悲鳴をあげる。職人肌のドワーフは出力を押さえ込もうと必死だ。
「ばかな! サンポのエネルギーがすべてなど、名のある天使か悪魔級だぞ。しかもあいつらは精霊受肉システムとは相性が悪いはずだ!」
「何かが起きているのね……」
ジンをサポートするため戦闘指揮所に詰めているルスカがいつになく思い詰めた表情で画面を注視する。
「受肉した精霊は……九人。いえ九匹ですね。これは動物かな?」
「なんでだよ? 動物ってレベルじゃないぞ。これ」
消耗しているエネルギーは動物霊というレベルではない。神の遣いである稲荷のイネですら、十分の一も使っていないはずだ。
「原因判明。先ほどの老人です」
「嘘だろ?!」
セッポが驚く。あれは間違いなくただの人間だったはずだ。
飛行甲板に出た老人はパンパンと手を叩いている。
「おいで。早くおいで。あの子が泣いておる。子供が泣いておるんじゃ」
パンパン。
再び手を叩く音が、暗夜に響く。何かを招くかのように――
「それにあのお方に頼まれたら、断るわけにもいくまいて。かつての役割を果たすのみじゃ」
オーロラが一瞬輝き、消える。
シャンシャンシャン。
軽やかな鈴の音が遠くから聞こえてくる。
極夜に近い季節。リズミカルに鈴の音だけが響く。
「きたきた」
老人はにっこり笑った。
シャンシャンシャン――
夜空に突如として現れた動物たち。九頭のトナカイたちがソリを引いてやってきたのだ。――星空から。
トナカイたちは老人を急かしているようだった。
老人のあごひげはさらに伸び、赤い帽子に赤い服だが白のトリミングが施されている。肩にはいつの間にか巨大な白い袋を抱えていた。
特徴的な、現代人ならば誰もが見覚えのある姿ともいえた。
「さあ。行こうかの。ふぉふぉふぉ」
老人はそのままソリに乗り込むと、大きな袋を抱え、飛行甲板から飛び立った。
オペレーターはその現場をまのあたりにする。
「聖霊《、 、 》確認。暫定呼称<サンタクロース>。飛行甲板から出撃しました」
ルスカが状況を確認し、素っ気なくセッポに伝達する。予想外な事態に声の抑揚が無くなっていた。
「聖霊サンタクロースが飛行甲板から出撃ってどんなパワーワードなんだよ」
システムを作った本人が呆れかえっている。
「第一、聖人はこのシステムでは召喚不可能なはずだ。サンタクロースなんてありえない。かの聖ニコラウスの聖骸――不朽体はイタリアに現存している。いわば本物の在処まで判明して聖地化している強固な概念。フィンランド在住のアレは都市伝説だろ」
「調べたよ」
ルスカが原因を突き止めたようだ。
「ゴシップ新聞の記事で北極からラップランドに引っ越したサンタクロース。そのジョーク記事が定着し、フィンランドにはサンタクロース村まで作られて観光名所になっている。そして――」
ルスカが検索結果をセッポに伝える。
「イナリ湖とサッラの中間地点のノヴゴロド連邦との国境沿いにコルヴァトントゥリがあってね。その場所がサンタクロースとサンタトントゥの工房とされているようだね。世界中の子供達がサンタに手紙を出し、ロヴァニエミに集約されてたみたい」
「サンタトントゥはわかるが…… ロヴァニエミから遠いじゃないか」
サッラとロヴァニエミは一本道で繋がっているが、距離がある。
「それはもう遠いよ。ラッピで一番大きな街だから。交通事情じゃないかな。きっとあのおじいさんは、サンタクロース役を演じた一人。おそらく生前、アイノと接点があった人物の可能性もあるかも?」
「そうか。アイノの願いなら納得は行くな。――聖ニコラウスの逸話的にも。女の子を助けるためなら、彼は来る」
「逸話?」
「伝承だ。身売りされそうな少女が三人いてな。それを哀れんだ聖ニコラウスがこっそり窓から金貨を投げ入れたんだ。偶然その金貨は彼女たちの靴下に入って、身売りから救われた。それがクリスマスの日、靴下をぶら下げそのなかにプレゼントを入れる風習になったという」
「素敵じゃない」
ルスカは感心した。かの宗教は中世で森林伐採して精霊信仰を止めさせ、結果的に中世前期の欧州を荒野にした経緯もあり苦手だったのだ。
「もう一つ。これは教会によって否定されている伝承となるが……。彼は食人鬼ともいわれる肉屋と敵対した逸話もあるんだ。肉屋によって殺され七年間も保管された子供たちを蘇らせた。死者復活など教会では認められるものではないが、民衆はこの逸話を愛したと言われている」
「当然だね。本当に教会は頭が堅いなあ」
「そんな彼に扮した、しかも本場ラッピと少女の危機なら。確かに顕現してもおかしくはない。あの飛んでるじいさんはサンタクロースという概念で武装した、地元民だよ」
「おじいちゃん。あの子が心配で未練があったのかもね。そういえば聞いたよ。アイノはサンタクロースに願いさえかけなくなった、と」
「そうか…… 当時のサンタクロース担当だったのかもな」
彼らが話している間に、現地に到着したサンタクロース。
――私の受肉がまた遅くなりますー! なんとかしてセッポ!
――ごめん。無理。サンタクロースに勝てる概念なんてまずないし、そんなもんが顕現したらエネルギーが空っぽになるに決まっているだろ! 俺たちなんてマイナーなんだから!
――何故あなたが普通に受肉できているのですか!
――俺、カテゴリ的には人間だし。それほどエネルギーは必要ない。
――嘘くさいですー!
悲鳴に似たサラマの声が直接セッポの脳内に届く。
セッポとしても想定外すぎる出来事だ。サラマに対しても何もできることはない。
気を取り直してジンに連絡を入れる。伝えないと混乱するだろう。
「ジン。よく聞け。航空支援的な存在がそちらに飛行した。空は彼に任せろ」
「存在とは曖昧だな! 彼って誰だ。どんな機体だ?」
珍しく歯切れが悪いセッポに、思わず聞き返すジン。
「驚くなよ。――空飛ぶトナカイが牽いているソリにサンタクロースが乗ってお前たちの救援に向かった」
「おい?」
たちの悪いジョークである。ジンだってフィンランドがサンタクロースの本場であることとは知っている。
「二度はいわん。言葉通りの意味だ」
「冗談だろ。クリスマスにはまだ早いぞ」
まだ11月である。
事実しか述べていないが、余計混乱を招いてしまったようだ。
「あわてんぼうだったんだろう」
「そういう問題か!」
「概念的には最強だ。宗教関係なく誰でも知っている。世界中に知られている存在。世界中の子供の夢を叶える存在を擬人化したとさえいえる」
「そうだろうな!」
当然ジンだって知っている。日本人で知らない人間はいないのではないかというほどの存在だ。
「飛んるじいさんのせいでカスガのエネルギーは相当喰われた。サラマの顕現も遅くなる。任せたぞ」
「頼もしい援軍なのか。どうやったら空飛ぶソリで戦えるのかわからんが、信じるよ」
セッポが困惑しているほどなのだ。ジンとしても何も言えない。
空飛ぶソリに祈るしかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
執拗にサテーンカーリを狙う怪鳥型戦闘機。しかしサテーンカーリの運動性は高く小回りを駆使して怪鳥型戦闘機を翻弄していた。
とくに森林地形を利用した回避が厄介。サルヴィは元トナカイ。この土地を熟知している。庭のようなものだった。
鳥を模した怪鳥型戦闘機は旋回範囲が大きい。頼りにならない味方の攻撃ヘリにも苛ついている。狙撃を恐れて高度を取り続けている。
怪鳥型戦闘機が異変に気付いた。
何かに狙われている。そう判断した時にはもう遅い。高度を取ったが頭上から大威力のミサイルを受け、地上に落下し爆発した。
残り一機の怪鳥型戦闘機はさらに高度を上げて警戒する。しかし視界周辺にはそれらしき機影はない。サテーンカーリも見失ってはいない。
怪鳥型戦闘機の攻撃手段はプラズマ球と羽根にみたてた金属片を飛ばすことぐらい。牽制するための機関砲はなかった。
「背中ががら空きじゃのう」
怪鳥型戦闘機を巨大な影が覆う。それはトナカイが牽く大きなソリだった。
大きな袋から二発目の対戦車ミサイルを取り出した老人は、目標をロックオンした。20キロを超える携行ミサイルは老体には厳しい。
「わしからのプレゼントじゃ! くらえー!」
老人の意図を汲み取り、トナカイたちが急旋回する。地上なら横転ぎりぎりの角度で、老人はミサイルを放った。
ミサイルは胴体背面を直撃。航空機銃ですらない。大型ミサイルの直撃は怪鳥にとっても致命的だった。
真上からの必中発射。ミサイルの直撃とともに、動力を失った怪鳥型戦闘機は地面に墜落し、大爆発を起こす。
「次はこいつじゃな」
対戦車ミサイルを放り捨てると、袋から今度は対空ミサイルを取り出した老人は次に攻撃ヘリに照準を定めた。
ノヴゴロド連邦製の攻撃ヘリは撃ち下ろされる対空兵器に対し為す術もなく、被弾して墜落した。
ジンはその光景を目の辺りにし、おもむろにセッポに通信を入れた。
「セッポ。サンタクロースが無双して、敵航空戦力を壊滅させたぞ。プレゼントは対戦車ミサイルと、携行型の対空兵器だった。怪鳥も一撃だったよ」
淡々と事実だけを伝えるジン。
「そうか」
二人の会話は限りなく素っ気なかった。
「このままロウヒも倒してくれないかな」
「無理だろうな。おそらくその場にいる誰かの願いに応じてやってきた。サルヴィの言う少女だろう。目的は達成された」
シャンシャンシャン――
軽やかな鈴の音が響く。
ソリはそのまま夜空に昇っていく。
天に還るようだった。
アイノもその光景を見上げる。本物のサンタクロースが助けにくるなど思いもしなかった。
自然と涙が溢れ出る。
「ありがとう。サンタクロース。サルヴィを助けてくれて」
アイノは思い出した。
両親が戻ってくるよう、サンタクロースに願ったことを。
サンタに扮したお人好しの老人が、無言で優しく頭を撫でてくれたことを。
あの時は無理をいってしまった。
今回は願いを叶えてくれた。おそらく、きっと。あの老人が。
アイノにはそう思えたのだ。
いつもお読み頂きありがとうございます! 誤字報告助かります!
誤字脱字本当すみません…… 深く反省中です。サルヴィとノヴゴロドは元原稿修正して統一しました。本当にありがとうございます!
今回の主役ジン君は結構ツッコミ役になっていますね。非常識な存在が多いから仕方ないですね。
実体化できないメインヒロイン問題!
さて今回はファンタジーらしくファンタジーな存在に無双してもらいました。
やはりフィンランドといえばサンタクロース! ドイツの記事が発端で北極からフィンランド在住になったそうです。
本拠地はカナダ、アイスランドにもあります。秘密結社みたいですね……
なお赤鼻のアイツは著作権ガチガチで現役のため出せませんw




