95話 マシュマト王国 その1
レジール王国やアルトクリファ神聖国の北に位置するマシュマト王国。総人口2000万人以上になる大国であり、魔法と科学技術、冒険者組合の中心として認知されている。マッカム大陸全土を見ても、この国ほど栄えている国はないとされている。
現代に於ける最強国家の地位を獲得していたのだ。
「恐ろしいくらいの稼ぎだ……」
「……よかったね、春人」
近くに佇んでいたルナが春人に声をかける。名前を呼ばれるのは久しぶりなので、春人も思わず驚いてしまった。
「ルナさん」
「うん」
彼女は声を発するがそれ以上のことは言わない。相当に人見知りとは知ってしたが、春人自身もコミュニケーション能力に長けているわけではないので、戸惑っている。
リザードロード達の殲滅依頼を完了した春人たちは、東のマシュマト王国に来ていた。
彼らが居る場所は首都のアルフリーズになる。馬車で数日を掛けてやってきた。急げば早めることもできたが、戦闘による疲れを癒す意味合いもあり、急ぐことはしなかった。
報奨金である7000万ゴールドは「ソード&メイジ」と「ビーストテイマー」に渡されることになったが、彼らとしても相当な量になるため、レナの魔空間の中に入っている。
一旦、報奨金の分配は保留にした状態で、ソード&メイジとビーストテイマーの2組は東にあるマシュマト王国の首都に来ていたのだ。春人が手に持っている物は、リザードロードやギガスコーピオンの亡骸が結晶石に変化した物。
フィアゼスとは無関係の独自の生態系を歩んでいるとはいえ、魔法生命体であるがゆえに、倒されれば骨が残らない仕組みに変化はない。
レベル300を超えるモンスターの結晶石だ。その価値も人一倍跳ね上がっていた。
「どのくらいになるの?」
「えっと、なんとも言えないですけど……500万ゴールドは超えそうです」
ルナの表情も一瞬ではあるが変わった。報奨金とは別の驚くほどの追加報酬だ。オルランド遺跡でもこれほどの金額を稼ごうと思えば、春人でも数日はかかるだろう。オルランド遺跡の最下層で籠ったとしても、1日最大で150万ゴールドが精一杯なのだから。
それを1日で結晶石のみで500万ゴールド以上を稼いだのだ。しかも最低で500万ゴールド……1000万近い数値を記録していることは春人にもわかっている。
レナとアメリアの二人は1億を超える報奨金の情報を仕入れる為に、別行動を取っていた。春人とルナはこの結晶石を換金するのが目的だ。
「ここの換金所は、ギルドとは別にある。早く行こう、いくらになるか楽しみ」
「そうですね」
二つのチームで稼いだ共同財産だ。本来であれば、奪い合いやどちらが多く取るかなどが話されてもおかしくない金額ではあるが、ルナも春人も独占するつもりなど微塵も感じさせなかった。本人達に自覚はないが、超越者の余裕というものだろう。
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「この結晶石は……」
アルフリーズの、結晶石を始めとした冒険者が手に入れた宝の換金所。その場所は、中央に位置するギルド本部の近くに存在していた。換金所の面積だけでも、アーカーシャの中央広場を凌ぐほどの大きさを持っている。
老若男女、様々な冒険者パーティがその換金所にやってきては手に入れた宝を換金して行くが、春人たちが持ち込んだ結晶石はその中でも異彩を放っていた。日々、色々な種類の宝石類を鑑定している者が、春人の持ち込んだ結晶石を見て固まっているのだ。
こちらでは、その名前こそ届いている春人ではあるが、その容姿はほとんど認知されていない。大陸中を歩いているルナですら、マシュマトには根付いているとは言えないのだ。
「……いくらくらいになる?」
固まっている鑑定人を急かすかのように、ルナは好奇心旺盛な目を向けていた。金額については早く知りたいようだ。
「1000万ゴールドですね……早速、換金されますか?」
固まっていた鑑定人もルナに急かされたのか、すぐに正気を取り戻していた。さすがは大陸でも最大クラスの換金所と言えばいいのか。1000万ゴールドをすぐに換金することも可能なのであった。
「なら、お願い。いいよね、春人?」
「はい、もちろん」
「か、畏まりました」
1000万ゴールドにもなる結晶石を集めていた二人。鑑定人だけでなく、周囲の冒険者たちもしばらくざわついていた。Sランク冒険者を輩出しているアルフリーズとはいえ、これ程の額を一度に換金に来ることはほとんどないのだろう。
「さすがに1000万ゴールドにもなると重いですね」
「うん、でも心の中は幸せ」
早速、現金に替えてそのまま換金所を出た二人。背後からの視線は怪しいものもあったが、さすがに襲ってくる連中は居なかった。春人やルナの実力が相当に高いことがわかっている為に、リスクは犯せないと感じたのだろう。
「1000万ゴールドもの現金を持ってるのが信じられない……」
日本円で1億2千万円に相当する金額だ。高校生である春人からすれば、そんな現金を余裕で持ち運んでいることは信じられないことであった。
「大丈夫。私たちを襲う者なんて居ない。それに、万が一失くしたところで、大した痛手にはならない」
春人はルナの余裕の発言に気圧されつつも納得していた。アメリアやレナを含めて、この金額が無くなって困る者は居ない。そこは正しい。しかしさすがに1000万ゴールドもの大金を失くしましたというのは不味い。春人は責任重大であると考え、いつも以上に野党などを警戒していた。
だが、実際にレベル880にも達している春人から力づくで奪える者など居るわけがなかった。影状態のサキアも潜んでいるので猶更だ。眷属であるサキアですらレベル440になっており、レナやルナ単独よりも強いと言える力を保有している。
「さすがに失くしたら大変ですよ……気を引き締めないと」
「春人は心配しすぎ。でも、それが春人の魅力でもあると思う」
ルナからの誉め言葉は春人の顔を思わず紅潮させた。普段は無口な彼女からの言葉だけにより心に響くものがあるのだ。
「ありがとうございます、ルナさん」
「……うん。ところで、春人」
「はい?」
本日のルナは饒舌な方と言えるだろう。春人はめずらしい彼女を見たので、少し新鮮な気分になっていた。
「レナとアメリアはしばらく戻って来ないかもしれない。少しくらいなら使ってもいいと思う」
「え、これを使うんですか?」
「うん、いい店は幾つか知ってるので行こう」
ルナからの大胆な誘い。アメリアのことを一瞬思い浮かべる春人ではあったが、彼女であれば、相手がルナなら許してくれるだろうと考えた。事実、その考えは間違っていない。
「偶にはお金を使うのも大事。春人は冒険者の見本になることを求められてるから」
最強冒険者としての事実はアーカーシャでは固まりつつある。それゆえに、大金を使うことにも慣れる必要があるのだ。周囲の人々もそれを望んでいる。それは春人も感じていたことだ。自分はそういうことにも慣れる必要があると。
「いいですけど……どこに行くんですか?」
「高級なバーがこの街にはある。そこへ行こう」
そう言いながら、ノリノリでルナは春人の手を引いていく。彼ら二人は歓楽街へと足を踏み入れたのだ。
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「今日は楽しみましょうね」
「ええ……」
以前にも似たような光景があった。春人とルナが足を踏み入れた先は高級クラブと呼べばいいのか、そんな店であった。お触りが可能かどうかは不明であるが、接客として隣に座る二人の女性はとても美しい。
「男女で来るなんて珍しいわね。恋人同士なの?」
「ううん、違う。仕事仲間」
ルナの隣に座っている女性が言葉を発した。高級クラブに女性同伴で来たことが不思議に感じたのだろう。
「ルナさん、ここって初めてなんですか?」
「この店は初めて」
料金システムがわかっていない春人。ルナに助け船を出したが、彼女もよくわかっていないようだ。一抹の不安がよぎる……以前のルクレツィアの店も相当な値段だった。この店はさらに上の予感がしたからだ。
「大丈夫ですか? この店はかなりの金額になりますよ?」
春人たちの年齢を考慮し、心配の声をあげる女性。確かに、目の前に出されているボトルは10万ゴールドと表記されている。恐ろしいほどの金額だ。
「まあ、一応冒険者やってますので、このくらいなら大丈夫です」
「へえ、すごい。坊や、そんなに稼いでるんだ」
挑発も含まれているのだろうか、ルナの隣に座る女性は春人に興味深々のようだ。
「ええ、まあ……あまり自慢することでもないですけど」
「ううん、自慢すること。春人はすごい」
自慢が苦手な春人を全否定するかのようにルナは話し出す。今日の彼女は本当に饒舌だ。
「そうなんだ。でも、この辺ではあまり見ない顔よね? Aランク冒険者以上の方じゃないと、このクラブには出入りできないと思うけど」
高級なクラブだけに、来る人間は限られている。そういう意味では常連の客の顔は覚えられるのだが、冒険者として訪れる者も限られている。
そんな中、見覚えのない者であったために、接客の二人も興味が出ているのだ。ちなみに、春人の隣に座る敬語の女性がアミーナ、ルナの近くに居る女性がミスタである。
「俺たちは、南のアーカーシャの冒険者です。Sランクに該当しますね」
「! へえ、そんなんだ!? この若さで凄いわね!」
マシュマトの冒険者の年齢層はわからない春人であったが、10代でのSランクということを感じて、ミスタは驚きの声を上げていた。
「凄いですね。Sランク冒険者はこの国では2組存在していますが……どちらも人外の域に到達していると言われていますよ。稼ぎの面でもね」
春人はアミーナの言葉に考えを巡らせた。冒険者発祥の地ともされるマシュマト王国。それだけにSランク冒険者が居ないはずはなかったが、それでも現在は2組に留まっている。
Sランク冒険者もその中で力の差は生じるので、一概に強さを表す指標にはなり得ない。春人としても、自分やアメリアに相当する者たちだとは考えていなかった。
「有名な方々なんですか? この国のSランク冒険者は」
「そうですね、相当に有名かと。稀にいらっしゃいますが、400万ゴールド以上を使っていかれる時もありますね。レヴァントソードの方々は4人組。非常にお酒に強い方ということもありますが」
400万ゴールド以上を1回で使う。春人としても驚かされた。日本で言えば、相当な高級車や住宅を買えるほどの金額だ。
春人は年齢的に奢る相手は存在しない。強いて言えば、センチネルのアルマークとイオくらいだ。彼らに対しては、尊敬の眼差しを直接受けている関係上、見栄を張りたいという感情は大きい。
「さすがに400万ゴールドは……」
「そうですね。いくらこの店でも、普通はそこまでの金額にはなりません。ただし、10万ゴールドのお酒を40本開ければ、簡単に到達しますから。それくらいお使いになるんですよ?」
数の問題だ。日本でも一流芸能人であれば、複数で飲み歩く際には相当な額を使うことになる。しかし、それでも数千万円レベルを1日で出すことはないだろう。
400万ゴールドという金額は春人であれば、比較的簡単に稼げる額ではあるが、1日で出そうと思える金額ではない。追加報酬ともいえる1000万ゴールドの半分近くが飛んでしまうことになる為だ。それに、40本も酒を飲めるわけがなかった。
「……負けてられない。春人、勝負しよう」
「え?」
その金額に対抗しようと火が付いたのはルナであった。春人としてもものすごく意外なことである。
「私や春人のチームはとても強い。稼ぎ面でも負けてない」
「ん? ルナさん、酔ってる?」
「酔ってない」
ルナは赤ら顔になりながら、既に酔っていた。さらに饒舌になり、高級な10万ゴールドの酒を次々と注文してく。
「は~~い、アプール注文入りました~~!」
ミスタは冗談交じりなのか、上機嫌で高級なお酒を机に並べていく。アプールと呼ばれるお酒は地方で取れた希少な物であり、この店の中でも相当に高い部類に入る。ドンペリのようなものだ。
「ほら、春人も飲むといい」
「え、ええ~~?」
既にルナの目は据わっていた。そこまで大量に飲んだということではないが、彼女は相当に弱いようだ。意識はしっかりしているが、性格が変化している。若干、気圧されている春人ではあるが、こういう雰囲気は春人としても悪い気分にはならない。流れに任せて楽しむのも経験だと感じていた。
「まあ、お金は大丈夫だし……楽しもうかな」
「大丈夫なんですか? 既に5本も注文していますけど」
既にかなりの金額になっていることを心配したアミーナはそれとなく春人に話しかける。
「一応、これくらいあります」
「!! それなら、問題はなさそうですね」
袋に入っていた金貨などを見せる春人。1000万ゴールドを正確に計算できたわけではないが、アミーナは安心した。そして、春人にお酒をどんどんと注いでいく。
「色々と話を聞かせてくださいね? 興味が出て参りました」
「ええ、わかりました」
お金があることを理解して、最大限のサービスをすることを誓ったのだろうか。アミーナの態度はさらに優しくなった。ミスタも同じだ。
「冒険者ってやっぱり、凄い稼いでるのね。結婚するなら冒険者がいいかな」
「悪くないと思う。でも、Sランク冒険者とそれ以下では稼ぎがかなり違う。その点は気を付けて」
饒舌になっているルナからの忠告。オルランド遺跡クラスの迷宮を踏破できるかどうか。この一点だけで考えても、もたらす富は天と地になる。マシュマト王国の基準でもAランク冒険者はせいぜい70レベル程度となっているので、そのレベル帯であれば、1日2万ゴールド程度が普通になる。1日潜り続けても10万ゴールドには届かないレベルだ。
逆にSランク冒険者であれば、レベル100以上のモンスターを狩り続けることにより、数十万ゴールドを1日でコンスタントに稼げるようになっている。
オルランド遺跡最下層、現在は鉄巨人達は存在していないが、レベル100~200までのモンスターが自然発生するようになっているその地では、最大で150万ゴールドを1日で春人とアメリアは稼ぎ出した。
この金額はアーカーシャに於いても記録になっている。宝石類や、ドロップしたレアメタルは含んでいない金額だ。結晶石のみでの金額である。
ミスタはルナを忠告を受けて、春人に焦点を合わせた。
「春人君って17歳だっけ? 8歳離れてるけど、私なんてどう?」
「あ、いえ……それは」
冗談だとはわかる表情と口調ではあるが、なかなか端整な顔立ちのミスタに言われると心が揺さぶられてしまう。ルナもそんな春人の表情を見逃さなかった。
「春人、スケベ。……個人的には、そんな春人も嫌いじゃないけど、アメリアに悪い」
「あ、アメリアとは付き合ってるわけでもないし……」
ルナも本気で責めているわけではないが、春人としても言い訳にしかならないことは自覚していた。
「あら、あなたも脈あり? 付き合ってないと聞いたけど」
「春人は好きだけど、恋愛感情とは違う気もする。仲間意識の方が強い」
「俺もルナさんのことは信頼してます。そう言ってもらえて光栄ですよ」
「うん」
春人としては、ルナへの感情は恋愛のそれとは違うことは自覚している。彼女も恋愛対象としては見ていないということはわかっているので、気軽に飲みに行けたというのも大きい。レナやルナとは気軽に遊びに行ける仲を継続したいと考えている春人であった。
「なんだか、いい関係ね。二人ともまだ10代なんでしょ? しばらくはそういう関係を楽しんでもいいと思うわ」
「ミスタさんも25歳って、若いと思いますけど」
「馬鹿ね、このあたりの年代の1年っていうのは結構違うわよ? 30超えてくると1年の違いはほとんどなくなるだろうけど」
学生時代の1年というのは相当に変わってくる。それは日本で経験済みの春人だ。この世界でもそこは変わらないらしい。30歳以降、1年の重みが小さくなってくるのも共通だ。
さすがの年長者の言葉だけに、胸に響くものを感じる春人。年長者といってもまだまだ若いが、自分よりも確実な人生経験を感じさせた。
「……春人はそろそろ、一人に絞ってもいいと思う。複数人に好意を寄せられてるみたいだけど。それが気持ちいいのもわかる気がするけど」
「あ……」
春人としては苦笑いしかない。ルナはある程度酔っているので、どこまで本気かはわからないが、それでも苦笑いを隠せなかった。アメリアに答えを出さなくていいと言われたこともあるが、保留にしていることは事実だ。いずれは決着をつける必要がある。それについては春人も自覚していた。
「女の敵かもしれないですね、春人さんは」
「そ、そんなつもりはないんですけど……」
アミーナも察してはいるようだが、春人の苦笑いはしばらく続いた。その後も、彼らは雑談に興じる。高級なお酒の本数はどんどんと増えていった。




