78話 側近との戦い その2
アテナ、ヘカーテ……共にレベル1200を誇る怪物。1000年前には太古の国家グリモワールを始め、多くの国を二人だけで滅ぼした実績も持っている。両者ともに、拳を使った肉弾戦がメインであり、その強烈な打撃は春人とアメリアにも容赦なく襲いかかった。
「いくぜっ!」
最初に春人に狙いを定めたのはアテナだ。猛スピードで彼に近づき、ミルドレア戦と同じように一瞬で決めるべく、大きく振りかぶった一撃を繰り出した。
「この一撃……喰らうのは不味い……!」
アテナの一撃の恐ろしさを看破した春人はすぐにユニバースソードで、彼女の拳を受け流す。だが……
「やるじゃねぇか!」
受け流せない……いや、拳は確かに受け流した。しかし、間髪入れずにアテナは春人に蹴りをお見舞いしたのだ。蹴り攻撃は直撃してしまい、彼は大きく後方へと飛ばされた。
「がふっ……!」
「春人っ!」
飛ばされた春人を心配するアメリア。大きな声で叫ぶが、彼の下へ行くことはできない。
ヘカーテが彼女に迫っているからだ。
「私が相手だよ~~! 大丈夫、ちゃんと全部食べてあげるから~~!」
舌なめずりをしながらヘカーテは打撃を彼女に連続で繰り出した。何重にも展開した風神障壁をたやすく貫いて来るヘカーテの一撃。これまでの敵とは比べ物にならない相手ということはそれだけでも理解できた。
「私の防御が……間に合わない!?」
レベル1200という壁。アメリアとしても理解はしていた。だが、これほどまでに自らのガードが間に合わなくなるとは考えていなかった。障壁が破壊されれば、一撃で殺されるほどの攻撃が来る……。
「まいったわね……死ぬのは私の方が先になるなんて……」
「もう、ガードないよ? いただきま~す」
障壁は全て破壊された。一瞬の内に、アメリアは死を悟る。自分でも驚くほどに冷静であったが、本当の死の直感と言うのはこんなものなのかもしれない。
「うおおおおおおっ!」
「ぎゃっ! いたっ!」
アメリアの頭部に噛みつこうと大口を開けたヘカーテに対して、先ほどまで倒れていた春人が立ち上がり、渾身の速度で切り込んだのだ。ヘカーテは身体を切り裂かれ、血を吹きだした。
「はあ……はあ。アメリア、平気か?」
「春人……! 大丈夫……あんたも大丈夫よね?」
「ああ、俺もなんとか。骨は折れてないみたいだ。なんとか戦える」
春人とアメリアは寄り添うようにお互いの無事を確認し、ヘカーテを見据えた。
「いたいよ~~~! 血がいっぱい出てる~~~! 服も破れた~~~!」
春人に不意打ちで斬られたヘカーテは痛そうに叫んではいるが、全く致命傷という感じがしない。それどころか、動き回るほどの元気が残っているようだ。春人も全力の一撃を無防備なところに打ち込んだにも関わらず、あの程度のダメージであることに、驚きを隠せない。
「ったく、油断し過ぎだっての。さっさと治せよ」
「ううっ……」
ヘカーテは痛がっていたが、すぐに泣き止んだ。それから、彼女の身体が光に包まれる。
「おいおい、嘘だろ……?」
「マスター、アテナとヘカーテはすぐに自分の身体を回復できるようです」
人間形態になったサキアが、みるみる傷を癒していくヘカーテを見ながら汗を流していた。春人とアメリアもその光景には息を呑む。彼女のトレードマークの黄色い服まで元に戻っていくのだ。
「よ~し、完了! もう許さないからね! 二人とも骨まで食べちゃうからねっ!」
完全に傷を癒したヘカーテは仁王立ちをしながら怒りを露わにしていた。しぐさは可愛らしいが、春人とアメリアの二人を食すことは決定事項のようだ。
「これは、本当に不味いな……でも、生きて帰るって約束してるし」
「そうね……こんなところでやられてられないわ」
「私を含めた3人でのコンビネーションであれば、少しは戦えるかもしれません」
サキアの提案にアメリアも頷いた。すぐに、春人の剣に雷撃球の雷を付与し、攻撃力を高める。そして、新しい風神障壁も展開した。
「サキアは全力で防御に徹してくれ」
「わかりました、マスター」
「私は後方から支援に徹するわ。近接戦闘はできないから」
3人はお互いの役割を再確認した。そして、アテナとヘカーテを見据え、今度は春人が一番に切り込んだのだ。
「しんじゃえ~~!」
ヘカーテの拳が春人を襲う。アテナと同レベルの高速かつ強烈な大振り。春人は受け流すことはせずに、サキアに防御を任せた。影状態の盾にヘカーテの一撃が撃ち込まれる。
「くっ! 重い……!」
「あ~~~! 邪魔だよ~~~!? どうして邪魔するの~~~」
たった一撃で相当なダメージを負ってしまったサキア。そう何発も攻撃をガードできないと踏んだ春人はすぐに攻撃に展開した。雷を付与された魔法剣はヘカーテの首筋を捉える。全力の春人の一撃……もはや長期戦などしている余裕はない。
一瞬の攻撃に全てを捧げた春人……ヘカーテへと撃ち込んだ攻撃は……彼女の首ではなく、右腕を飛ばしていた。咄嗟に右腕でガードをしたヘカーテ、その腕は春人の剣により、空高く舞い上がり、地面へと落下したのだ。
「い、いたいいいいいいいい! 私の腕が~~~~!」
先ほどよりも甲高い声で泣き叫ぶヘカーテ。近くに居るアテナもうるさいその声に耳を塞いでいる。すぐにヘカーテの下に駆けつけたのは眷属のケルベロスだ。彼女の右腕部分を舐めている。
「グルルルルっ」
「ケルベロス~~! いたいよ~~~!」
ヘカーテは眷属のケルベロスの顔に抱き着きながら、大声で泣き叫んだ。確かに痛々しい光景ではあるが、どこか緊張感に欠ける展開だ。
「雷撃球!」
アメリアはすぐに追撃とばかりに必殺技の雷撃球を10発ほどヘカーテに向けて撃ち出した。しかし、それらは全て、アテナによって捌かれてしまう。
「大した雷の攻撃だな。女の方はミルドレアくらいの強さか? ヘカーテの腕を斬った奴は……もっと上だな」
泣き叫ぶヘカーテの傍らでアテナは冷静に戦力分析をしていた。アメリアも自らの奥義を捌かれたが、特に驚いている様子はない。レベル1200の者に通じないことはわかっているのだろう。
「つっても、腕の再生くらいは簡単に完了する。深刻だよな? 人間と化け物の圧倒的な違い……致命傷の問題や体力は如何ともし難いってやつだぜ」
致命傷や体力の観点で言えば、春人と言えども鉄巨人などに及ばない。ほぼ無限に動き続けられるモンスターも居るくらいだ。
心臓を貫かれた程度ではアテナもヘカーテも死にはしない。だが、春人は違う。戦いの中での致命傷というものは、どうしても存在する覆せないハンデであったのだ。
「さて、戦いを続けるか? そっちの女は大切なんだろ? せいぜい死なないようにな」
「くっ……」
アテナからの挑発。彼女の後ろに居るヘカーテもすぐに傷を治す勢いだ。このまま彼女らと戦い続けて、アメリアやサキアを守れる自信は春人にはなかった。
……どうする……? 春人はあらゆる可能性を考え始めた。だが、アテナ達に打ち勝つ方法が思いつかない……いや、例え打ち勝っても必ず犠牲者が出る。それでは駄目だ。
『私達は正義の味方じゃないのよ』
何時のころだったか……そんな言葉をアメリアから聞いた記憶がある。春人達がすること……それは悪を根絶することじゃない。いや、目の前のモンスターも悪とは言い難い。
「……そう、俺たちは冒険者。街を危険に晒す者には容赦がないけど、それ以外にはそこまででもない」
「……春人、けっこういいこと言うわね」
「君の考えに同調してるだけだよ、なんてなって彼氏だからね」
「んなっ! ………ばか」
アメリアは顔を赤くして春人に腕を絡ませる。アテナはどういう意味なのかよくわからず、顔をしかめた。
「サキア、委員長が切り札になるかもね、本当に」
「はい……けほっ、確かに……」
影状態ながらもサキア自身もつらそうな表情をしていた。必死でまだ戦えることをアピールはしているが、サキアも既にまともには戦えなくなっている。
強すぎる相手……今までの中でも圧倒的、これほどまでの苦戦をするなど考えたことはなかった。この世界に飛ばされ、圧倒的な才能を開花させた春人の唯一の苦戦と言えるのかもしれない。
あちらの戦力はアテナが全快状態、ヘカーテも少しすれば元に戻る。さらに、ケルベロスとフェンリルが居るのだ。
春人とアメリアのコンビとはいえ、この戦力を倒せる実力は秘めていない。春人が今後さらに強くなったと仮定しても現段階では不可能だ。
「てめぇら、なんか企んでやがるのか? なら、こちらから攻めて……ん?」
怪訝な印象のアテナはとりあえず攻撃の動作に移る。しかし、その時だった。春人達の後ろから何人かの人間が歩いて来たのだ。
レナとルナ、そして彼女たちの上空には巨大な死神タナトスの姿もあった。1000年前の部下の姿にアテナの表情も曇る。しかし、それ以上に彼女を驚愕させる人物がその後ろから一人歩いて来た。
青い髪の女性……天音 美由紀である。
「……この雰囲気、まさか……ジェシカ様……?」
アテナは美由紀の姿を見て、確かにそうつぶやいた。




