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7話 賢者の森にて その2

 2日目、春人が目を覚ました時には既にアメリアは寝床も片づけて体操をしていた。柔らかくしなる筋肉が悠然と折れ曲がっていた。


「あ、春人。おはよう」

「ああ、おはよう」


 ヨガを思わせるほど折れ曲がった膝を見ながら、彼はアメリアに挨拶をする。冒険者としては基本的な装備をしているので、アメリアはそれほど露出は大きくないが、その上からでも良くわかる程に彼女のスタイルは目立っていた。春人も少し直視を避けた。


「あ~やっぱ朝は準備体操よね。一気に目が覚めるわ」


アメリアは近くに置いたホワイトスタッフを手に持ち、彼女の準備は完了したようだ。その間、春人も基本的な準備を整える。


「アメリア、1つ忘れていたことがある」

「うん、私も言いたかった」

「風呂をどうしようか……」

「最悪、2週間はかかるしね……」


 アメリアは冒険者とはいえ17歳の少女でもある。春人としても、彼女には綺麗に入ってもらえる風呂を用意したいところだろう。


「まあ、下着の替えはあるし、なんとかなるけどね」

「さすがに用意がいいな……俺は今後の課題にします。川とか探すか」

「確か、向こうの方に小さな池があったかな」


 キャンプをした場所はまた使用することを考え覚えておき、二人は池を探して歩き出した。遺跡が近いのか、その直後にはジャガーのような獣……フランケンドッグの群れが現れた。


「レベルってどのくらいかな」

「なんとなくわからない?」

「20……25くらい?」

「そんなところね、余裕でしょ」



 ゾンビの類と同じなのか、所々腐っており、悪臭も健在のモンスターだ。強力な牙で冒険者を何人も血祭りに上げることで有名であった。低ランクの冒険者では歯が立たないレベルだ。


「ガッ!?」


 しかし、春人相手となるとそうはいかない。勢いよく噛みついたフランケンドッグだが、噛みついた春人の腕に牙が刺さらないのだ。まさに春人の身体は鋼鉄を宿しているに等しかった。


「悪いけど死んでくれ、こっちもモンスターに情けをかける余裕はないからな」


 春人は鉄の剣を振りぬき、噛みついてきたフランケンドッグの首を斬り飛ばした。さらに、他の群れにも向かって行き、次々と切り裂いて行く。


「春人が終わらせてくれるから暇ね」


 あくびをしながら一方的な戦闘を眺めているアメリア。時折飛び出してくる数体の個体は自動追尾される火球によって焼き尽くされていた。アメリア自身は微動だにすらしていない。


「アメリアっ! 楽をし過ぎだ!」

「二人で戦うほどの敵じゃないでしょ? 春人は戦闘経験だと思いなさいって」


 まさに正論。格下の相手は主に春人の経験値を高める意味合いで、彼が全滅させている。話し合いで決まったわけでもないが、自然とそうなっているようだ。同時に彼女は春人の力も観察しているのだった。


「春人は接近戦でフル活躍できるわね。剣技を覚えたら凄いことになりそう」


 アメリアはライバルとして、今後背中を預けていくパートナーとして真剣な表情で春人を眺めていた。


「ご苦労様、春人がいると旅も探索も楽でいいわ」


 戦闘終了後、フランケンドッグが落とした結晶石を拾いながらアメリアは上機嫌で話した。


「まあ、これも俺の経験だと思えばいいかな。なんか良いように使われてるような」

「まあまあ、色々還元してあげるからさ」

「ところで、これは何かな? 色が違うものがあるけど」


 結晶石に混じって落ちていた鉱石のような物に春人は気づいた。相当な硬度を誇っているようだ。


「レアメタルね……結晶石以外に稀に落とす金属だけど……運がいいわ」

「なら高額な物か」

「売るなんて勿体ないわよ。これで新しい武器を加工すれば戦力UPになるわ。特に春人なんて、鉄の剣でしょ?」


 アメリアは春人の武器を見てありえないような表情をしていた。通常、賢者の森レベルの場所に訪れる段階でも、鉄の剣では弱すぎるのだ。オルランド遺跡の6階層まで行けているのは常軌を逸しているとさえ言われるだろう。


「ああ……つまり、この森に来る段階でももっと強い武器にしているのが普通なのか」

「そういうこと。そんな低レベルな剣で来れている段階で、自分がどれだけ強いかわかるでしょ」


 アメリアに軽く叱責され、彼の中での認識がまた少し変わった。だが、最強クラスの冒険者のアメリアにこれだけ言われていることがどういうことなのかまでは、考えが及んでいないところがある。まだ、彼の中の評価と実際の強さには隔たりがある。



-----------------------------------------------------



「あ、見えてきたわね」


 それから少し時間が経過し、二人の前に中程度の大きさの池が姿を現した。それなりの深さがありそうなもので、アメリアの表現からは離れて大きな池だった。近くには小屋があった。





「あれ? あんな小屋あったかしら……誰か居るの?」


 アメリアは怪訝な表情をしながら、扉の前に立つとノックをした。しかし、気配は感じない。


「留守なんじゃないか?」

「賢者の森に住むなんて相当な命知らずよ、なに考えてんのかしら」


 アメリアはそう言いながら、なんとなく扉を引いてみた。鍵はかかっていないのか開いた。


「誰か居る?」


 扉を開けた彼女はそのまま中へと入り……彼女を出迎えたのは、ボウガンの矢だ。


「アメリア!」


 前方から気配を感じない何者かの攻撃。無防備な彼女に向かって高速の矢が目の前まで迫って来たのだ。春人がその動きを先に感知したのは偶然だった。

 誰もが彼女に命中したと思ったことだろうが、そうはならなかった。アメリアは手に持った刃でボウガンを切り裂いたからだ。まさに超高速の一撃だった。


「仕込み杖……?」

「正解、ホワイトスタッフは仕込み杖にもなってるのよ。中は剣ってことね」

「ば、バカな……今の一撃を捌くなんて……!」


 春人も彼女の見事な動きには驚いていたが、さらに驚愕していたのは中にいた黒づくめの男だ。見た目は暗殺者のような格好をしている。


「多分、狙ってたのはここの住人よね? 偶然、私が来たから勘違いしたってこと?」

「くそう! 何者だ貴様ら! 俺を見た以上は生かしておけねぇ!」


 暗殺者のような男は刀を抜き、アメリア目がけて突進を試みた。完全に殺意に満ちた攻撃。その渾身の一撃もアメリアは平然と避け、春人ですら見切るのが難しい速度で暗殺者に一撃を喰らわせる。その一撃で暗殺者はその場に倒れ込んだ。



「みね打ちだから安心してね。それにしても、私に向かってくるとか……まあ、その勇気には素直に称賛の念を送るわ」


 途切れかけた暗殺者の意識の中で微かにアメリアの声は届いていた。


「うぐ……!?」

「おはよう、いい目覚めね」


 暗殺者が次に目を覚ましたのは外の池の近くだった。顔に着けていた覆面は外され、両腕は拘束されている。


「あんた暗殺者ギルドの人間でしょ?」

「くっ……!」


 暗殺者はなにも話さないが、目の前のアメリアにはそんなことは意味を成さないということが理解できているのか、静かに頷いた。


「暗殺者ギルド?」

「春人は知らないか。トネ共和国領にある暗殺を生業としている裏の稼業のことよ。基本的にかなりの実力者が選ばれるはずだけど」

「俺を……どうするつもりだ?」


 暗殺者はアメリアに質問をした。春人としても、彼女がどういう答えを出すのか気になっていた。このまま拷問でもするのではないかと。


「まあ、人違いみたいだし? 正直に話せば帰してあげる。私が誰かはもうわかったでしょ?」

「ついてねぇ……まさか、アメリア・ランドルフに遭遇するとは……! そっちの男はパートナーか?」

「まあね。ソード&メイジの切り込み隊長よ。言っとくけど、私が認めた相手だからね」


 暗殺者は脅えた表情で春人の顔を見た。アメリアにこれほど言われた男であるがゆえに、その強さも察しがついたのだろう。暗殺者の表情には諦めの雰囲気が出ていた。


「誰を狙ってたの?」

「ミルドレア・スタンアークだ」


 暗殺者が述べた人物の名前。春人は当然聞き覚えがないが、アメリアは違ったようだ。


「どっかで聞いたことあるわね」

「スタンアークは神聖国の神官長の一人だ」

「あ~思い出した。ていうか、なんで神官長がこんなところにいんのよ?」


 アメリアの質問に暗殺者は続ける。


「……アルトクリファ神聖国は本格的に遺跡の管理を開始している。神官長が直々に動いているのはその為だ……ここにある遺跡を含め、フィアゼスの宝を持ち帰る。ミルドレア・スタンアークがここに小屋を建てて住んでいるのも、遺跡の宝を持ち帰るのが目的だ」

「それを阻止する為に暗殺者ギルドが動いているってこと?」

「……そういうことだ」


 そこまでの話を聞いて、腑に落ちない感情を持ったのはアメリアだけではない。春人も同じ感情を持っていた。


「シュレン遺跡は既に地図が完成したんだろ? もうめぼしい宝はないんじゃないのか?」

「そうね、考えられるとすれば……隠し扉」


 暗殺者の男はアメリアの推理に対して頷きで返した。


「そうだ、奴らは隠し扉の位置が記された地図を持っている。フィアゼスの宝の中でもより希少な宝が封じられた場所だ。非常に強力なモンスターが守っていることを想定し、神官長が出向いているというわけだ……」

「つまりは、その宝を独占して神聖国に持ち帰るって寸法ね。神聖国に存在する大聖堂にでも封印して、フィアゼス神を崇め奉るってことか」

「奴らは本気だ……今度の円卓会議での宣誓が引き金になる」


 円卓会議……春人にとっては聞き慣れない言葉だが、アメリアにとっては定期的に行われる3国間のトップの話し合いとして理解していた。今年もその季節がやってきたのだ。この時期はアーカーシャの街にそれぞれの最高権力者が集中する。事件なども考慮される為、各国の最強の護衛が用意されることになる。



「円卓会議は近年は平和的なものだったけど……そっか、いよいよ神聖国は動き出すんだ」

「ああ、アメリア・ランドルフ……俺を釈放してくれないか? 無礼を働いたことは謝罪する。ミルドレアはもうここには現れないだろう……ボスに報告が必要だ」

「あんたって幹部なの? 結構洗練された動きだったけど」

「リガイン・ハーヴェストだ。ボスの懐刀として、共和国元首の護衛も俺たちがする手筈だ」


 暗殺者の言葉を聞いてアメリアの表情が変わる。春人としては、意外なほど男の地位が高いくらいしか理解はできていなかったが。そのままアメリアは無言で男の拘束を解いた。


「ありがとう、この恩は忘れない」


 自由の身になった男からは攻撃の意志は全く感じられなかった。今度攻撃をすれば確実にアメリアは息の根を止めるとの判断だろうが、春人としても少し警戒を和らげることができた。


「暗殺者ギルドに狙われたらたまったもんじゃないから、私達を標的になんかするんじゃないわよ」

「わかっている。俺たちはあくまでアーカーシャの街の味方だ。トネ共和国にはあの街をどうこうしようとする意志はない」


 それだけ言うと、リガインは最後に一礼してその場から高速で消え去った。


「まあ、ミルドレア・スタンアークを暗殺しようと考えるわけだし、あのランクの奴を派遣するわよね」


 ほんの10分前にはリガインのボウガンを捌き、彼を気絶させたアメリア。彼を賞賛してはいるが、あまり説得力は感じられなかった。


「あのアメリア……イマイチ、リガインという男の強さがわからないんだけど」

「ボスの懐刀って肩書きである程度想像はできるでしょ?」

「でも君が一瞬で倒し過ぎて伝わりにくいな」

「まあ、私と比べたら駄目だって話よ」


 ピースサインを春人に見せて自慢をしているアメリア。春人も先ほどの超高速の彼女の動きと併せて賞賛の拍手を彼女に送っていた。


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