67話 初恋の相手
トネ共和国が経営している宿屋「アプリコット」。そのロビーはいつにも増して賑やかになっていた。主に春人とアメリアが滞在していたからだ。
「あの二人、この宿に泊まってるみたいよ?」
「とうとう、ゴールインか。やるな~~」
など、勝手な憶測が飛び交っているが、春人には聞こえていなかった。ロビーで佇む少女、彼の近くには天音美由紀が居たからだ。
「ねえ、高宮くん」
「は、はい!?」
急に声をかけられた春人は、緊張の余り声が裏返ってしまう。初恋の相手が目の前に居るという現実が徐々に慣れ始めた彼にとって、その後に襲うのは性格的な緊張であった。彼女の顔をまともに見れない。
「なんだか、噂されているようだけれど……」
ロビーで囁かれている声に訝しげな表情を見せる美由紀。彼女としても原因がよくわかっていないだけに、余計に不安になっている。
「だ、大丈夫だよ。この街では、俺が……すこしだけ有名でさ」
「あら、そうなの? 凄いじゃない。確かに、悪い噂って感じじゃないし、大丈夫かしら」
春人の言葉を聞いて、美由紀も少しだけ緊張の糸を解いた。青い髪をなびかせる彼女を横目に春人の顔は赤くなっていた。
アメリアはメドゥの所に居て、話を聞いている最中だ。その間、二人はロビーに移動していた。
「メドゥさんとは知り合いだったのね」
「うん、仕事仲間……というわけでもないけど、まあそんな感じかな?」
「こんな状況で聞くのは気が引けるけれど……この場所はどういうところなの?」
聞いていいものか、彼女としても悩んでいる様子だった。自らが助けた少女が春人達の知り合いで、相当に衰弱していたからだ。
しかし、彼女の中の不安もそろそろ限界に達してきている。目の前には、確かに死亡したはずの春人が居るのだから。
「俺や委員長はこの地に転生したみたいだよ」
「へっ!? ……それはどういうことかしら? フィクションの世界ではよくあることだけど。そういう話のことを言ってるの?」
「ああ、まさにそんな感じ。俺以外にも悟もこっちの世界に飛ばされて来てるから」
春人の言葉に美由紀は目を丸くしている。さすがに信用しろという方が無理な現象だ。
「……大河内くんも来ているの? そんな……彼も雷に撃たれて死亡したのよ……」
「そうなんだ、悟も嫌な死に方だったんだね……あはは」
「それで、あなたが交通事故……なら、私も地球では亡くなってるのかしら……」
春人は彼女の質問に無言を貫いたが、可能性としては間違いがないレベルだった。彼女も死亡したことにより、そのままの姿で転生してきている。そのままの姿なのだから、転移という言葉の方が適切かもしれないが、そこは些細な違いだろう。
「なんだか変な感じね。向こうの世界では死んでいる……でも、こっちの世界では普通に生きてるなんて」
「あはは、だよね。変な気分は俺も一緒だよ」
「でも、私一人だと不安でいっぱいだったけれど……あなたも居てくれるなら、安心ね」
これはお世辞だろうか? 春人としては美由紀の性格から鑑みて、お世辞の可能性が高いことを見抜いた。しかし、自分が近くに居るだけで安心してくれるという言葉が嬉しくないはずはない。
「ところで、あなたは随分と雰囲気が変わったわね。垢抜けたと言えばいいのかしら?」
「え? そ、そうかな……わかんないけど……」
美由紀の態度が少し変わったことに春人も気付いた。春人の頬には汗が流れ始める。クラスでも比較的厳しい人だったのだ。
「……先ほどの女性が関係してるのかしら? すごく仲が良さそうに見えたけれど」
「え? ええっと……アメリアとは、その……」
尋問を受けている錯覚に囚われる春人。美由紀の目線は校則を破った生徒に対する目線へと変わっていた。アメリア達とは違った、真顔の冷たい視線……春人はこの視線が好きであると同時に恐怖の対象でもあったのだ。
「ペアリングをしているみたいだし……付き合ってるんでしょ?」
「い、いや……付き合っているわけではないんだけど……」
先ほどアメリアがリングを強調したことがきっかけか、美由紀も二人がペアリングを付けていることを見抜いていた。少し、というよりかなり切迫した瞳になっている美由紀。それはどういう感情から来ているのか……。
「付き合ってもいないのにペアリングなんてしているの? 矛盾していない?」
「はい、言い返す言葉もございません……」
学校時代でも優しい委員長だったが、春人の気弱な態度を叱責することも多かった。飴とムチを使い分けていたと言えばいいのか。こちらの世界に飛ばされてきて間もないにも関わらず、その態度は概ね変わっていない。春人はなんだか笑顔がこぼれてきた。
「委員長が変わってないようで安心したよ」
「……意味がわからないわ」
春人の唐突な笑顔。その表情に気が抜けてしまったのか、美由紀はとりあえずペアリングの質問は打ち切った。
「今の状況をこの方が知れば……マスターはどういう目に遭うでしょうか」
「サキア……あ、あんまり想像したくないな……」
影状態のサキアはいつの間にか人間状態に戻っていた。いきなり出てきた女の子に美由紀も驚きの表情を見せる。
「だ、誰!? ど、どこから現れたの!?」
「はじめまして。私はサキア、よろしくお願いいたします」
「な、な、な……?」
いきなり現れたサキアは丁寧に美由紀に挨拶をした。美由紀は意味がわかっていないが、その挨拶には丁寧に返した。サキアは春人と美由紀の関係を不満に感じているのか、無表情ながら怒気を放っている。
「私は、マスターの影になります。夜の営みなどをお共する者と考えてください」
これは不満の現れなのか……明らかに挑戦的な言葉だ。春人は開いた口が塞がらないでいたが、目の前の美由紀も目を見開いている。
「え……? 高宮くん? どういうことかしら……?」
「こ、ここは超能力とかが当たり前の世界で……! え、えと……!」
「そっちの方じゃないでしょ? 今、彼女はそんな超能力とかよりも大切なことを言ったと思うけれど?」
「えっ!? 超能力より、そっちの方に喰い付くの!?」
サキアの空気の読まない発言に美由紀の春人に対する不信感は一気に高まったと言える。魔法が当たり前に存在する世界については、美由紀もすぐに納得したようだが、問題は春人周辺の女性問題だ……。
春人の初恋の相手、天音美由紀。彼女は今後、どのような運命を辿るのか。今はまだ誰にもわからない。




