66話 転生者 天音 美由紀 その3
宿屋「アプリコット」。アーカーシャの街の中で最大規模を誇る宿屋であり、その設備も最も豊富とされている。トネ共和国が経営している宿屋でもあり、ジラークが1室を常に借り切っていることでも知られる。
そのアプリコットにメドゥは運ばれていた。衰弱しきった表情で、皮膚は所々、骨が見えるほどに抉られている。
ベッドに辛そうに眠る彼女を見ながら、傍らに佇む美由紀は二度とまともな身体にはならないだろうと推測していた。
日本の技術から考えても彼女の身体は酷い……骨が見えている時点で、細菌の感染が非常に高かったのだ。その段階で、手足の可動域は相当に制限されると踏んでいた。
「信義の花はないのかね?」
「逃げる過程で……落とした~~」
「ふむ、なるほど」
医者と思われる男はなにやら神妙な表情をしている。治療の計画を練っているのだろうか? すぐにもICUに入らなければ命さえ危うい状態のはず……知識として持っていた美由紀は考えを巡らせる。素人ではあるが、あまり文明レベルは高くない……助言をした方がいいのだろうか? そんな思いも生まれてしまう。
「ここよね、春人?」
「確か、そうだと思うよ」
……? なんだろうか? 突然聞こえた外からの会話。メドゥの面会、若しくは心配しての家族などであればそれは当然なのだが……美由紀はとても落ち着く、聞き覚えのある声に意識が集中していた。
そして、間髪入れずに入ってきたのは二人の男女。恋人同士だろうか? 年齢は自分と同じくらいに見える。金髪の少女と黒髪の少年……金髪の少女に見覚えはないが……黒髪の少年は、とても見覚えがある。あり得ない……でも、雰囲気は大きく違っているが美由紀からすれば、その人物に間違いない。そんな直感が彼女を襲っていた。
「メドゥ、平気?」
「あ~~誰だっけ? アメリア~かな? 久しぶり~~」
虚ろな瞳……メドゥは意識も混濁しており、アメリアの名前もすぐには出てこない状態になっていた。身体の状態を確認した春人とアメリアの表情は険しくなる。
「相当痛いだろうね……大丈夫?」
「うん~~大丈夫……あはははは、全滅しちゃった……」
春人の気遣いに対する、メドゥの空元気……他のメンバーは全滅したと言うことだろう。春人とアメリアの表情も険しさと同時に悲しみを帯びていた。
「アクアエルス遺跡にはとてつもないモンスターが居たのね?」
「うん……」
「そう、わかったわ。とりあえず、今は休んだ方がいいわ。はい、信義の花。あなたなら完治できるでしょ」
「ありがと~~」
メドゥはアメリアの持ってきた信義の花を早速、食べ始めた。一般人であれば、信義の花を用いたとしても感染した部位などの完治は見込めない程の大怪我だ。しかし、生命力が一般のそれとは桁違いの彼女であれば、傷を完治させられる。
近くで見ていた美由紀は驚きを隠せないでいた。医者を差し置いて、信義の花という、よくわからない花を怪我人に食べさせたアメリアにも驚いているが……
それ以上に、彼女は春人に見惚れていたのだ。雰囲気は全く違う……しかし、間違いない。彼女はそれを確認せずにはいられなかった。
「高宮くん?」
「え?」
急遽、名前を呼ばれた気がした。聞き覚えのある声……春人はすぐにその声の主を頭に思い浮かべた。しかし、そんなことはあり得ない。彼はそう思いつつも、意識的に彼女の方向に目をやった。
そこには……信じられないことだが、もう会うことはないと思っていた人物がいた。一目でその人物だと春人は気付く。
「まさか……委員長?」
「やっぱり、高宮くんなのね?」
春人と美由紀……お互いの表情はおそろしく澄んだ笑顔になっていた。春人のこんな笑顔は、アメリアですら見たことがないかもしれない。春人の見知らぬ女性を見た時の表情……アメリアの心の中に、大きな波紋が浮かんだ。
「な、な、なんでここに……!?」
「あなたこそ……私、お葬式まで出たのよ?」
この上ない程泣き腫らした1日……美由紀はあの時のことを思い出していた。その人物、確かに死んだはずの人物が目の前に居る。これほど信じられないことが他にあるだろうか?
美由紀は笑顔と共に、春人に会えたことによる涙も顔から流していた。会いたいと切に願っていた人物との再会……まさにそういった表情だ。
「は、話すと長くなるけどさ……委員長もここに来たんだね」
「ええ、あなたがそんなこと言うなんて……どうやら、夢ではなさそうね」
二人は自然に笑いあう。お互い、再び会いたいと願っていた。そこに一切の偽りはない。
それは二人の視線や表情に出ており、美由紀も現在の状況が全く飲みこめていないが、春人に出会えたこの瞬間は、そういった不安も全て吹き飛んでいた。それ程までの安心感が彼女を包んでいたのだ。
明らかに態度が違う……春人の隣に立つアメリアは事情こそわかっていないが、ブレザー姿の美由紀を新たな転生者であると確信した。そして……
「春人、知り合い?」
「あ、うん。前の高校のね……多分彼女も……」
「あ、なるほどね。そういうこと」
機嫌よくアメリアは接しているが、内情は穏やかではない。二人の関係が不明なため、余計に嫉妬心がアメリアを襲っていた。これ見よがしに小指に光る指輪を彼女に見せている。あくまでも自然に……しかし、美由紀には確実に分かるように。
「高宮くん? お知り合いかしら?」
「そ、そうだよ? アメリアって言うんだ」
「アメリア・ランドルフよ、よろしく。多分、春人と同じ歳よね?」
表情こそ優しい印象は変わっていないが、春人の名前を親しげに呼ぶアメリアに、明らかな警戒心を見せる美由紀。春人はあまり気付いてはいないが、大けがのメドゥが信義の花を食している中、女の戦いは既に始まっていたのだ。




