63話 不穏な空気
「なかなか消えないわね……」
「なにが?」
バーモンドの酒場でくつろいでいる「ソード&メイジ」の二人。リザード討伐の準備は一通り終えていた。あとは正式に出発の日時を確認するだけなのだが……。
「胸騒ぎよ」
「うん……俺にはよくわからないけど」
ここ数日のアーカーシャ周囲の空気が微妙に違うことに感付いたアメリアは、クライブの依頼であるリザード討伐に出かけるのを躊躇っていた。春人としても、特に期限のある依頼と言うわけではないので、彼女の胸騒ぎを優先したのだ。
「ま、取り越し苦労ならいいんだけど」
「そうだね……。ああ、そういえば剣術指南道場に通ってるけどさ」
「どんな感じ?」
「アルマーク達と打ち合ってるよ」
鉄巨人を倒した春人は、あの後、アメリアに剣術を学ぶことを推奨された。本来ならば、リザード討伐を先に済ませる手筈ではあったが、アメリアの胸騒ぎが原因で先延ばしになり、春人は剣術道場に通ったのだ。
アルマークや悟も通っている道場で、春人も初めて訪れたわけではないが、最近は来れていなかった。
「それで? なにか技とか学んだ?」
アメリアは意外にも興味津々の様子だ。春人の底の知れない強さ……パートナーとして気になるというのは至極当然のことかもしれない。
「ああ、一応は」
「なら、見せてよ。ちょっと、オルランド遺跡に行ってみましょ」
春人はアメリアの提案を快く承諾した。胸騒ぎにより、多少落ち着かないアメリアの気分転換にもなると、彼は踏んだからだ。二人は立ち上がり、影状態になったサキアを引きつれて、オルランド遺跡へと向かった。
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アーカーシャから数キロ地点に存在するオルランド遺跡の入り口……
もはや何度目になるかわからないその場所に、春人とアメリアはいつも通りやってきた……。いつもと変わらない光景……そのはずが、明らかに雰囲気は変わっている。
「驚異的な気配が移動したような……そんな感じね」
「うん、さすがになんとなくわかるよ」
春人とアメリアはオルランド遺跡の入り口から1階層に侵入し、早くも内部の異常に気付いた。特に破壊痕があるわけではないのだが、遺跡を覆っていた強大な気配が消えていることに疑問が浮かんだのだ。
「ミルドレアが向かったと思われるけど……8階層でなにかあったのかしら?」
ミルドレア・スタンアークがアテナとの勝負に敗北してから、5日程が経過している。本日は最深部に向かう予定はない彼らではあるが、ミルドレアがギルドに報告に来ていないことも疑問ではあった。
「まあ、アーカーシャに今の所被害はないし、これ以上の心配は余計だと思うけど」
「うん……アメリア」
「来たわね……亡霊剣士か……1階層で出てくるなんて、めずらしいわね」
亡霊剣士……オルランド遺跡の5階層前後に現れる敵ではあるが、今回は1階層からの出現だ。冒険の初め、春人と死闘を繰り広げた相手ではあるが、今は春人の試し切りの標的でしかない。10体出てきているが、全く無問題である。
「サキア、少し離れてて」
「はい、マスター。ご武運を」
サキアはそう言いながら、春人の頬にキスをした。そのままアメリアの近くまで移動する。アメリアは少し顔が引きつっていた。
「なんでわざわざキスするわけ?」
「いえ、マスターも少し私を意識していただいているようですし」
サキアは人間形態で少し顔を赤らめながら言う。そんな姿に、アメリアの冷たい視線は春人に向かっていた。
「春人、色々人としてもモラルは守るようにね?」
「え? な、なんのこと……?」
アメリアからの曖昧ながらも確かな強烈な期待……。彼は選択を見誤れば生きていられない可能性が出てきた。そんな雰囲気の中でも、亡霊剣士は空気を読まずに突進を開始する。通常の冒険者であれば、反応できないほどに恐ろしいスピードを誇っていた。
「行くぞ……」
春人は水流のように静寂さを取り戻し、スタイルはカウンター形式を取った。相手の剣撃を華麗に受け流し……剣術を披露する。
しかし、それは剣術ではなく……今までと同じ振りだ。比較的不器用な春人にとって、剣術の習得自体は難しいものだった。力任せに振るう姿勢に変化はない。だが、剣を振るう速度、攻撃力の増加は目覚ましく上達していた。
そして、通常攻撃のさまざまな角度からの入り込み。これも踏み込みの技法とフェイントなどの技術を学んだからこその変幻の技になっていた。
「……すごいわね……! 厳密には剣術ではないけど、単純なパワーアップ。春人の戦闘スタイルには最も適しているのかも……!」
「剣術の習得というよりも、闘気の収束術の上達、基本的な剣の扱いの向上と言った方が適切でしょうか。マスターのレベルがさらに加速度的に上昇しています……おそろしい……」
サキアはマスターである春人の、短期間での上達を喜びながらも内心では不安が広がっていた。そんな表情を彼女は浮かべている。
「なんか不安そうね、どうしたの?」
「……過去に、デスシャドーが仕えたことがある方の中で……私ほどのレベルに到達したデスシャドーは……おそらく1体だけです」
サキアは不安の要因と思われる内容を話し始めた。過去のデスシャドー……記憶が蘇ったということだろうか。アメリアは彼女に伺う。
「記憶が戻ったの?」
「いえ……眠っている時代の記憶の断片が、夢のようにフラッシュバックしているだけです」
「ふ~ん、その過去最強のデスシャドーってさ……」
「我らの創造主の影、「アビス」です」
アビス……ジェシカ・フィアゼスをマスターとするデスシャドーである。アメリアも敢えて口にはしなかったが、サキアは彼女が理解していると判断し、続けた。
「マスターはどんどんと強くなっています。私はそれがとても嬉しい……デスシャドーとしての力も上昇していき、マスターのお役に立てることが広がる。しかし……強すぎる力は……何時の時代も排除される運命にあります……」
サキアの言葉……とても道具が話しているとは思えない。ほとんど人間と同じような感情を持っている、アメリアの目にもそのように映っていた。サキアは思い出した記憶により、現代の春人と過去のジェシカを重ねているのかもしれない。
「……その「アビス」って、レベルはどのくらいなの?」
「……今の私より上です。数値は……聞かない方がいいかと」
「………」
サキアのレベルも不変であり、今も上昇をしている。アメリアとしても測りにくい現状だ。そんなサキアが「アビス」のレベルを語らなかった。それがなにを意味するのか……春人もいずれ、その異常数値に到達するかもしれないと踏んでのことか。
アメリアとサキアがそんな語らいを行っている間も、春人は次々とモンスターを狩っていた。
ユニバースソードから放たれる一撃は、いままでの一撃とは比べ物にならない……亡霊剣士など、もはやガードすら無意味にその身体を両断されていた。異常な能力を春人も手に入れつつあったのだ。
そんな彼を、サキアとアメリアの二人はいつまでも眺めていた。




