6話 賢者の森にて その1
賢者の森……その場所はシュレン遺跡と呼ばれる遺跡があることでも有名な森林地帯となっている。それほど広大な森というわけではないが、数年前に「ガーディアン」と呼ばれる冒険者パーティに遺跡が発見されてからは、モンスターの徘徊する危険地帯と化した。しかし信義の花と呼ばれる希少な花が咲くことでも知られ、シュレン遺跡とは別に探索をされることも珍しくない。
「森自体はそれほど広大でもないし、迷うこともないと思うけどね」
「シュレン遺跡も探索は完了してるんだろ?」
「オルランド遺跡に比べたら大した遺跡ではなかったわ。そっちはいいんだけど、花の探索は面倒かも」
春人は頭に疑問符が浮かんだ。それほど広くない森であれば、しらみつぶしに探索をすれば、いずれは見つかるはず。
「花は2週間周期で咲くのよ。咲いた後は、すぐに摘まないと消えてしまうから……最悪は2週間、この森に滞在しないといけなくなる」
春人はアメリアの言葉に納得した。2週間もの間森に入っている必要がある場合、並みの者達では対応しきれなくなる。おまけにレベル30程度のモンスターまで出てくるのだ。
「とにかく中へ入ってどこかでキャンプをしましょう」
「そうだな」
春人はアメリアの提案に頷き、見えてきた賢者の森に視線を向けた。深い森ではないと聞いていたが、それはアマゾンを思わせるように鬱蒼と生い茂っており、容易に人の感覚を狂わせることを想像させた。
「花自体の発見は簡単よ、強烈な光を放つし。適当な場所で野宿しながら様子を見れば、発見自体は容易なはず」
「問題はモンスターか」
春人の心配にアメリアも頷いた。
「まあね。30程度のモンスターが来るくらいなら余裕だけど」
「ん? 最高でそのくらいなんだろ?」
賢者の森に入ってしばらく歩いた所に、火を起こした後を見つけた二人はそこでキャンプをすることにした。話しをしながらキャンプの用意を開始している。
「噂ではさらに上のレベルのモンスターも出てきたとか聞いたからね。ほら、春人がいきなり亡霊剣士に遭遇したみたいに、偶にレベルが違うモンスターも出現するようになってるのかもしれないわ」
「ああいうイレギュラーはごめんだな。じゃあ、いつも以上に警戒していた方がいいか」
「そうね、念の為、全力でいつでも戦えるようにしておいた方がいいかも」
春人とアメリアはお互いに顔を見合わせ頷いた。お互いが背中を任せるに値する実力者とわかっているからこその信頼がそこには現れていた。
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そして、1日目は何事もなく夜を迎えることになってしまった。実際は2回ほどモンスターに襲われていたが、二人からすれば何事もなかったのと同義だ。
真ん中に火を灯し、お互いに火を挟んで眠っていた。といっても春人は目を覚ましている状態だったが。
「ホント、変な感じだな。森で野宿してるとか。しかもそれを苦に感じないとか……」
こういった一人の時は、まだ日本に居たころを思い出す時が多かった。日陰者の高校生が全くの異世界に転生されてきた……そこまでは理解できるとしても、最初こそ慣れない仕事にバーモンドに怒られはしたが、驚くほどの早さで慣れて行った。
「一番怖いのが……亡霊剣士倒したことか」
冒険者になった初日に亡霊剣士と死闘を繰り広げた。死を覚悟していたが、驚くことに相手の動きは目で捉えることができ、こちらの攻撃も確実に通っていた。
さらに、臨戦態勢時の春人は亡霊剣士の攻撃を弾くほどの防御力を誇っていたのだ。自分の信じられない動きに感動する間も無く、駆け寄ってきたのはアメリアだ。非常に驚いた表情で、疲れ果てていた春人を遺跡の外まで運んだのだ。
自分の身体はどうなってしまったのか……それからしばらくの間、春人は悪夢のように自問自答していた。だが、答えは当然出ることはなく、才能が開花したということで理解することになってしまった。おそらくそれ以外は何もない単純な答えだったのだろう。
「……それで、アメリアと組んで冒険者をすることになったか」
年頃の少年でもある春人。隣で眠るアメリアに視線を向けた。彼女と遺跡を巡ることになったのは、驚きもあり嬉しくもあることなのだ。
「美人だよな……スタイルもいいし」
「ありがと」
突然目を開けてこちらに視線を合わせてきたアメリア。春人は言葉にならずにその場から飛び起きた。
「あ、アメリア……! 起きてたのか!?」
「あはははははっ、春人驚き過ぎだって」
飛び起きた春人に対して、アメリアは大笑いをしていた。自分の独り言を聞かれていた春人からすれば、とてつもなく恥ずかしい状態だ。
「そ~う? 私って美人?」
「く……ま、まあ……可愛いと思う」
「面と向かって言われると照れるわね」
春人は顔を真っ赤にしていたが、言われたアメリアも顔を紅潮させていた。金髪の髪を弄りながら少し顔を逸らしている。
「全部聞いてたのか? あんまりいい趣味じゃないぞ」
「元々、春人が勝手に話してたんでしょ。この距離で聞くなって方が無理ね」
まさに正論。春人はそれ以上言い返せなくなった。
「でも、春人って色々悩んでるのね。前の世界では一般人だったんだ」
「日陰者でいじめられっ子だった」
「そこまで言わなくてもいい気がするけど……信じられないわね」
この世界で才能が開花したからか、見た目の肉体も筋肉質になっている。今の春人からは、見た目だけでも日陰者という印象は少ない。顔は決して二枚目とは言えないが、余裕を感じさせる表情と強さが、それを補って余りあると言えるだろう。
「俺だって驚いてるさ。ほんの2か月前は学校に通ってたのに」
「原因は不明だけど、こっちに飛ばされてきて、元々秘めていた才能が開花した。まさにそんな所でしょうね」
アメリアは平然と言ってのけた。彼女としても転生されてきた者など、前例を見たわけではなく、文献ですら見たことがない。状況を整理し、飲みこめる度量も彼女は持ち合わせていただけだ。それは冒険者として最強と呼ばれる所以の1つにすらなっているのかもしれない。
「なんだかアメリアと話してると、一人で悩んでるのがバカらしくなってくるよ」
「まあ、考えても仕方ないってことよ。それともなに? やっぱり元の世界には未練とかあるの? まあ、ご両親は健在なんだろうけど」
春人は静かに首を振る。両親との関係も良好ではなかった彼にとって、再び会いたいという気持ちは生まれて来ない。
「別に両親に会いたいわけじゃない。まあ、それはいいとして、これは根拠のない実感だけど、もう俺は向こうの世界には戻れない。いや、死亡しているんじゃないかって思う」
「へえ、じゃあここは死後の世界ってこと?」
「いや、そういうことではなくて……」
春人はそれ以上は彼女に言うことはなかったが、死後の世界というより、宇宙空間に無数に存在している世界のどこかに、死後に転生したのではと考えていた。地球でも死後の世界は死んでみないとわからないと言われており、存在がないとは言い切れていない。
無数にある生命体の星のどこかに転生されても不思議ではない。過去に死んだ何十億という人々ももしかしたら様々な星に転生しているのかもしれない。しかし、この宇宙には兆という単位では到底収まらない程の星があるはず。宇宙自体がどこまで続いているのかわからないことも含めると、生命体の数はまさに無限に上る。
お互いすれ違うことなど絶対にない。ただ、それだけのこと……輪廻転生は存在している。春人は驚くほど非科学的な考えを纏めていたが、意外にも的を射ている実感は持っていた。それは自分の身に起こっていることが何よりの証明となっているからだろう。
「空を見上げれば地球となんら変わらない……この世界も球体の星であることは間違いなさそうだ」
春人は星空を見上げて言った。昼間に太陽が照らすことからも、地球に似た星であることは間違いないが、改めて再確認した形だ。
例えばここがアンドロメダ銀河の中にある星だとしても、地球からは200万光年以上離れている。永久にこちらに干渉できない距離だろう。宇宙全体で人間レベルの生命体が存在する星は何億あるか分からない。そのうちの1つがこの世界だ。春人はそこで考えることをやめた。
「寝るか、明日も早いし」
「なんかスッキリしたの? まあいいけど、じゃあね」
そして二人は、それぞれの寝床についた。春人はすぐに睡魔に襲われた。